死後再び蘇った修煉の物語
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2017年10月28日】同修のみなさん、こんにちは。私は67歳の男性の大法弟子です。1997年2月から法輪大法の修煉を始めました。以前、私にはリュウマチ等いろんな病気がありました。腰の痛みで自分の生活の面倒をみることができませんでしたが、修煉を始めて半月ですべてよくなりました。私は学法や、法の宣伝に参加し、我が家はグループ学法の場所になり、修煉者の数はますます多くなりました。1999年に法輪大法に対する迫害が始まってから、2002年の初めまで、私はまだ正念を持っていましたが、我が家に対する警官の妨害がエスカレートして、修煉はますますゆるくなり、本当に師父の慈悲なる済度に申し訳なく思っています。私はここで自ら体験した一つの過程を述べたいと思います。自分に対する反省と、精進しない同修に警鐘をならしたいと思います。

 2017年4月16日の夜、私と連れ合いは12時近くまで学法しました。連れ合いは「一緒に『論語』を暗唱しましょう」と言いました。私は自分が暗記できていないから、一緒に通読しようと言い出し、一緒に『論語』を読みあげ、2回目に読む時、私は突然息苦しく感じて先に寝ました。ベッドに倒れましたが、胸が息苦しくなりました。連れ合いは発正念をしてから休みました。私は苦しくて息が詰まり、大声で叫びました。連れ合いは目を覚ましました。1時くらいになると、誰かが私のみぞおちになにかを置くのを覚え、私は死んでしまいました。

 私の元神は身体を離れていき、ベッドに横たわっている自分の身体がみえました。私は2人の使者の後ろについて行きました。2人は私をつれて空を飛びました。私には2人の顔が見えませんでしたが、1人は背が高く、もう1人は背が低かったのです。彼らは私をつれて、荘厳華麗な殿堂の前に着きました。大きな殿堂の中も外も飛び回る法輪でいっぱいで、色鮮やかなめでたい光を放っていました。大きな入り口で、3人目の弟に会いましたが、私をひと目見てから去って行き、私に声をかけてくれませんでした。入り口から入ると庭がありました。南側の殿堂では4人目の弟が書籍を装丁し製本していましたが、同じく私を相手にしてくれませんでした。(3人目の弟と4人目の弟は私とほとんど同時に修煉を始め、いまも修煉を続けている)。2人の使者は私をつれて、北側の殿堂に入りました。私は自分がしっかり行なっておらず、間違っており、師父に申し訳ないことを知っているので、殿堂に入ると、すぐ跪いて頭をあげる勇気がありませんでした。

 その時、私(元神)は人間世界での私の身体が見え、混乱している世間の家族が見えました。私の2人の娘や、弟、妹がみなやってきていました。娘は救急車を呼んできて、5人が私を担架に載せようとしていました。ほかの空間で私の元神からみると、人間世界の担架は腐ったゴミの穴であり、そのなかにはどんな汚いものもありました。血や、膿や、臭い便など、汚くて極まりないものでした。その穴のなかには多くの人が遊んでいて、またものすごく楽しんでいるような様子でした。私はそこが汚いから嫌で、入りたくありませんでした。その結果5人が私の肉体を運ぶことができず、むりやり私を担架に載せると、私が少し動くとすぐ落ちました。彼らが私の肉体を回転させると、殿堂で跪いている私も気持ちがそわそわしてきました。使者は私にこちらで字を書くことを許してくれました。そして、私は左手で空中に字を書きました。まずは「私は間違いました」と書きました。ペンとノートがほしいと言うと、家族がペンをくれました。そして、私はそちらで仕事をしながら、こちらで字を書きました。前後して、「師父、私は間違いました」、「私は行きません」、「私は忙しいです」と書きました。

 しばらくすると、使者は私を立たせてくれました。テーブルの前まで歩いて行き、私はそこに立ちました。テーブルの上には鏡が1枚ありました。そのとなりには紙がたくさんありましたが、私が自分をみていることに気付いた紙は自動的に翻りはじめました。1ページ、1ページずつ非常に速く翻りました。まるで銀行のキャッシュを数えるマシンがキャッシュを数えるように速かったのです。ページ毎にその内容が鏡に現れました。写真もあれば、文字もあり、すべて私自身の歴史でした。それはほかでもなく、天上での私に対する記録でした。ものすごくはやく翻っていましたが、私には非常にはっきりとその内容を見ることができました。

 私に対する記録は三つの段階に分かれていました。

 第一段階に現れたのは私が師父と誓約を結び、降りてくる過程でした。私はあきらかに師父と誓約を結び、世に下りて法を正す時期の大法弟子になり、この土地の人々をしっかり導くと言いました。

 第二段階に記録してあったのは1999年の迫害が始まる前でした。学法、煉功、法を広める過程で、我が家は学法場所であり、学法と法の宣伝などに参加し、非常に精進していて、誓約を果たしました。私の功柱は非常に高く、太く、大きかったのです。私の身体は非常に高大でした。

 第三段階は迫害後でした。2002年前は、私はまだ正念を保ち、私の身体と功柱は以前と同じく高大でしたが、2003年後から少しずつ細くなりはじめ、2014、15年、16年になると非常に細くなりました。

 これらの紙には私が師父と誓約を結び降りてから現在まで体験したこと、大小の異なる良いこと、悪いことすべてが記録されていました。使者は私に、「まだ整理し終えておらず、まだ装丁して製本していない」と教えてくれました。

 天上での私に対する記録をみて、私は恥ずかしくてしかたありませんでした。私はあまりにも情けないものでした。私は師父に申し訳なく、同修に申し訳なく、世の人々にも申し訳なく、法を正す時期の大法弟子の資格がありませんでした。私は慌てて跪き、誠心誠意に師父に再び私に機会を与えてくださるよう求めました。私は必ず精進し、着実に修め、三つのことをしっかり行い、これまでの間違いを補いたいと思いました。

 意思表明した後、私は飛んで家に帰りました。私の身体が見え、連れ合い、子供たち、兄弟、甥などが私を囲んで発正念をしているのが見えました。元神が人間世界の身体に入ると私は直ちに起き上がって、座りました。みな非常に喜びました。私は自分が体験したことをみなに伝えました。みな非常に心を打たれ、本当にしっかり修煉すべきだと言いました。

 私達家族全員は心より師父に感謝致します。私の生命は師父が延長してくださったものです。私はただ私のすべてを費やして、三つのことをしっかり行い、誓約を果たして、師父のご恩に応えることしかありません。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2017/6/14/349532.html)
 
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