心を込めて世間の人を救い済度する
■ 印刷版
 

文╱中国の大法弟子

 【明慧日本2017年10月30日】私は1998年7月に大法修煉を始めました。修煉する前、私は全身至る所に病気があって、利益心、色欲心、闘争心もとても強かったのです。修煉をしてから、大法の中で鍛えられながら、失敗を重ね、師父の啓発のもと、私は多くの人心を正して来ました。修煉によって、そして、慈悲で偉大な師に見守られながら、私はよちよち歩きの赤ん坊から、今日のような心からいつも喜びを感じ、性格が明るく、意志が強い人にまで成長してきました。

 師は「わたしはいつも言いますが、もし一人の人がまったく自分の如何なる観念を持たず、自分の利益の立場に立たず、それを出発点とせず、本心から他人のため、相手に彼の足りないところを話し、あるいは相手に正しいことを教えるならば、相手はきっと感動し涙を流します」[1]とおっしゃいました。この法は、私にとても大きな衝撃を与えました。私は「すべての縁のある人を大切にし、心から彼らのために考え、その責任を果たさなければならない」と思いました。この2年ほど、人を救い済度する中で、とても忘れ難いことが多くありました。ここではその幾つかを師にご報告し、同修の皆さんと交流したいと思います。

 心から相手のために考えれば、彼女は大声で「法輪大法は素晴らしい」と言った

 昨年の夏のある日の2時頃、真相を伝えに行く途中、道端で30才ぐらいの女性に出会いました。彼女はとても焦ている様子で、あちこちを眺めていました。私は前に出て、「どなたかと待ち合わせですか?」と聞くと、彼女は「いいえ、私は内モンゴルからここの自動車教習所に運転の勉強に来ました。以前も何度も来ましたが、いつもこの近くの旅館に泊まっていました。しかし、その旅館がなくなったようで、他の旅館はここから遠いので不便で、今日、泊まるところに困っています」。「案内しますから、心配しないでください、案内しますから」と私は言いました。

 私達は東風路から四合路まで歩いて行きました。歩きながら、私は彼女に大法の素晴らしさ、どうして三退をして平安を守るかを話しました。彼女はまったく聞き入れず、「脱退したくありません。そんなこと信じません」と拒んでいました。彼女が宿泊先を急いて探しているところなので、今その話をしても聞いてくれないだろうと思い、そこで、私は善意を持って彼女のために旅館を探しました。

 四合路の東側に一軒の旅館がありました。入って見ると、ちょっと清潔感が足らないため、私達は出て来て、引き継いて他の旅館を探すことにしました。ここは地元なので、私を知っている人が多く、こんなに暑い中、2人が汗をびっしょりかいているのを見て、皆は「お宅の親戚ですか」と聞いてきました。「いいえ、彼女の泊まる旅館を探しています」。「心が優しい人ですね」。「法輪功を習っている人は皆そうですよ。いつでもどこでも他人のために考えていますから」

 東風路まで行ったら、そこの卸売市場の右側に「旅館」の二文字が見えました。彼女は嬉しそうに「やっと見つかりました。お姉さん、ありがとうございました」と礼を言いました。「感謝するなら、私達の師父に感謝してください」と言うと、彼女は「法輪功の師父に感謝します」と言ました。「『法輪大法は素晴らしい』、『真・善・忍は素晴らしい』といつも念じ、中国共産党のあらゆる組織から脱退しなければなりませんよ」と言うと、彼女は嬉しそうに「退きます。退きます。退きます。法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と言いました。彼女はとても大きな声で言いながら旅館に入りました。そして、「内モンゴルに来たら、是非遊びに来てください」と言ってくれました。別れを告げた私は心から嬉しく思いました。少し疲れましたが、しかし、1人の大切な命が救われました。慈悲深い師父は私に縁のある人を救わせてくださったのです。

 雨の中、出遇ったお爺さん

 今年7月のある日、小雨が降っていて、私はオート三輪車を運転して親戚の家に行きました。帰りに、植木鉢を持っているお爺さんが道端に立っているのを見ました。お爺さんはタクシーを拾おうとしましたが、しかし、何台ものタクシーが前を通過しても、誰も止まってくれませんでした。道端で労働保護用品を売っている女性が、「このお爺さは30分もここで待っているのに、誰も乗せてくれないのよ」と言いました。私は「今の世の中は道徳水準が低下し、誰でも面倒なことに巻き込まれたくないから、お年寄りを乗せたくないのですね」と言いました。「自分は大法弟子だから、この光景を見たのは決して偶然ではない。きっと師父がこのお爺さんを救うように按排されている、お爺さんはきっと縁のある人で、助けなければならない」と思いました。

 小雨の中で、お爺さんが風邪を引いたら困ると思って、「お爺さん、どこに行きたいのですか」と聞くと、お爺さんは「家に帰ります。太平溝に行きたいのです」。「お爺さんは何歳ですか」。「86才です。息子の嫁が出かけちゃだめだと言ったが、わしは友達の車に便乗して出て来ました。車は他の用事で行ってしまい、わしは花が好きなので花を買いました。タクシーの運転手はわしが年寄りだと見て、誰も乗せてくれません」。お爺さんの心配そうな表情を見て、「お爺さん、心配しないで、私の車に乗って下さい。川東駅まで送ってあげましょう。そこにタクシーもいれば、シクロ( 自転車タクシー)もいるから、それに乗って家に帰ってください」

 お爺さんがオート三輪車に乗ると、私は運転しながら大法の素晴らしさを話し、中国共産党と江沢民がいかに法輪功を迫害し、いかに天安門焼身自殺をでっち上げて世間の人を騙したかを話しました。お爺さんは「以前、法輪功のことを聞いたことがあるが、迫害されていることは知らなかった」。それはそうだと思いました。誰も80幾つもの年寄りにこの事を詳しく話してくれないでしょう。大法と縁のあるお爺さんは大法の真相を知ることによって、救われました。そして、「『法輪大法は素晴らしい』と念じれば、福報がある」と聞くと、お爺さんは乗っている間中念じていました。そして、「お嬢さん、ありがとう」とお礼を言いました。「私ではなく、私達の偉大な師父に感謝してください」。すると、お爺さんは「大法の師父に感謝します! 大法の師父に感謝します!」と繰り返して言いました。

 東川駅に着き、私は降りてタクシーの運転手に、「お爺さんは太平溝に行きますが、送ってくれますか? お金は持っています、着いたらちゃんと払います。お年だけど、とても元気です。送ってくれますか? あなた達だってお爺さんやお婆さんがいるでしょう」と言いました。しかし、どの運転手も送ってくれませんでした。「あなた達が送らなければ、私が送ります。私は法輪功の学習者ですから、師父は何事も他人のために考えなければいけないとおっしゃっていますから」と言うと、1人の運転手が「大法を習っているなら、あなたが送ってあげればいい」と言いました。「お爺さん、車に乗ってください。やはり私が送りましょう」。お爺さんは「今日は良い人に出会ってよかった。法輪大法は本当に素晴らしい。あなたに会えたのはわしの福徳だ。さもなければ、わしは家に帰れなかったわい」

 太平溝は家から5キロほど離れていて、それに小雨も降っており、私は心の中で「師父よ、この雨はこれ以上、降らないようにしてください。私はかまわないですが、お爺さんはお年だから、風邪を引いたら大変です」と師父にお願いしました。すると、雨が止みました。私は心から師父に感謝しました。

 私は運転しながら、お爺さんに「法輪大法はすでに100以上の国と地域に広がりました。皆は『法輪大法は素晴らしい』ことを知っています。中国共産党だけが法輪功を禁じて、しかも、法輪功修煉者を迫害しています」。「わしはあなた達を支持します。わしに何か出来ることがありますか」。「お爺さんはもうお年ですから、『法輪大法は素晴らしい』、『真・善・忍は素晴らしい』といつも念じていればいいですよ」。それを聞いたお爺さんはとても嬉しそうに、繰り返して念じていました。

 お爺さんの家に到着すると、お爺さんはどうしてもお金を払おうとしました。「お金は入りません。お爺さんが無事に帰れて、私も安心しました」。お爺さんは「家に入ってください」と誘ってくれましたが、私は「もうお邪魔しません。ここで失礼します」。農村の庭は広くて、私が振り返って見るとお爺さんは中へ歩きながら、振り返って私に手を振っていました。そして、大声で「法輪大法は本当に素晴らしいですね」と言いました。

 このような出来事はたくさんあり、ここではもうこれ以上お話しません。私は今まで様々な人に出会いました。中には、泊まる所が見つからない出稼ぎの人、トイレの見つからない人、荷物を持てなくて私の車に乗る人、コピーしたくてもコピー機が見つからない人がいましたが、私はその人達を助け、そして真相を話し、三退をさせました。

 私にはまだまだ修めていないところがあります。これから、必ずしっかり法を師として、内に向けて探し、もっと多くの縁のある人を救い、法の中で自らを正し、精進に精進を重ね、同修達と協調して協力しあい、 皆と肩を並べ、手をつないで師父について美しくて幸せな郷里に帰ります! 
 師父に感謝致します!                      
 合掌

 注:
 [1] 李洪志師父の著作: 『シンガポール法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/10/20/355696.html)
 
関連文章