文/中国大陸の大法弟子
【明慧日本2017年11月9日】皆さんが知っているように、明慧ネットは私たち大法弟子が比べて学び、比べて修することができる交流のプラットフォームです。多くの場合、一部の大陸の同修は突然やって来た事に直面したとき、一時的に師父や大法を思い出すことができず、邪悪に詰問される際、「これらの資料は拾ってきたものだ。商店街で人から渡されたものだ」と答えたり、あるいは明慧ネットにあった、連行されても迫害に遭わなかった同修のやり方を真似たりしています。結果的に私心に動かされて旧勢力に隙を乗じられ、法に従わずに人に従い、最後は迫害を受けることになるしかありませんでした。
私もその一例でした。2012年のある日、商店街で大法の真相資料を配っていた私は人に悪意に通報されました。真夜中、当地の「610弁公室」の連中らは戸籍調査の名目で私の家に押し入りました。目が覚めた時、私は師父と大法のことを全く思い出すことができず、ただ私と似たような状況に遭遇した同修のことを明慧ネットで読んだのを思い出して、その同修の難を乗り越えたやり方を真似て対応しました。結局、私は無実の罪をなすりつけられて3年半の不当判決を受けました。実際、その同修は法理を悟り、自分を修めたから迫害を免れただけであって、真似してできるものではありませんでした。自分の修煉の道は自分で考えて歩むしかありません。
1999年に迫害が始まったばかりの時、私は法を実証するために数人の同修と一緒に北京に行きました。当時、邪悪は気が狂うほどに迫害を行なっていて、警官らが大法弟子を見るや否や、有無を言わさずしてすぐに殴り始めました。多くの同修は頭や鼻から血が流れ出るほど警官らに殴られていました。ある大法弟子が「法輪大法は素晴らしい!」と一回叫んだだけで、警官はすぐに彼を殴ろうとする手を止めました。私と同行して来たある同修もその大法弟子を真似て、「法輪大法は素晴らしい!」と叫びましたが、警官にもっと殴られる羽目になってしまいました。その後、出獄した彼に、私が「当時、どんな考えを起こして『法輪大法は素晴らしい!』と叫んだの?」と聞くと、彼は「当時、すごく怖くて、ある同修が『法輪大法は素晴らしい!』と叫んでから殴られるのを逃れたのを見て、私も叫んで見た」と答えました。ご覧の通り、前者は真心から叫んだのに対して、後者は殴られることから自分を守ろうとしか考えていなかったのです。当時の私も同じく、法に則って悟ることができず、法理に対する認識が曖昧で、完全に人間の観念を持って問題を考えていたため、ひどく迫害されていました。
もし大法弟子全員がどんな時も師父と大法を思い出すことができ、全面的に迫害を否定することができれば、師父は必ず物事を決定して下さります。
同じく2012年、私が通報される前のある日、私は各会社を回って『九評』と真相資料を配っていました。ある会社の政治部に入ったとき、邪党の某党委書記が法輪功と聞くとすぐに受話器を取って通報しようとしました。当時、私は心が少しも動揺しておらず、鎮静を保っていました。何をすべきか分からなかったそのとき、一瞬、私は師父を思い出して、心の中で師父に助けを求めました。私はゆっくりと彼に近づき、こう言いました。「私は悪い人ではありません。もし、あなたのこの一通の電話によって私に何らかの不祥事が起きれば、あなたは一生、心が安らかにならないでしょう」。私の話を聞いた彼はすぐに受話器を戻し、「行って下さい」と言いました。こうして私はその一難を逃れました。厳しい環境にいる私たちは常に冷静さを保ち、時々刻々に師父と大法を思い出して初めて徹底的に邪悪を取り除き、旧勢力の按排を否定することができます。
今の私は日常生活の中で、真相を伝えに行くとき、または衆生を救うほかのプロジェクトを行うとき、事を行なっている自分の思想を部外者になって観察するようにしています。毎日、私は暗記できた師父の説法を暗唱し、暗唱できないときは「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と唱え、思想が容易に他人や事に妨害されないようにしています。そのような時、正念がすごく強く感じ、それが着実な修煉の意義だと理解しています。
以上は私の体験です。大法修煉に対する理解がまだ浅く、妥当でない部分があれば、同修の慈悲なるご指摘をお願いします。