文/遼寧省の大法弟子
【明慧日本2019年3月27日】私は2006年に大法を修煉し始めました。修煉する前に私は病気がちの弱い身体で、よくトラブルを巻き起こし、勉強もできない子供でした。小学校の時、勉強がよく出来なかったため、担任の先生は私がクラスの成績に影響するという理由で、受け入れてくれませんでした。そして私は留年しなければなりませんでした。
大法を修煉してからは中学校の1年生から3年生までの間、私の成績はずっとトップでした。中学校の時、学校が家から遠く、私は自転車で通学していましたが、現地の学生にいじめられて宿題を代わりにさせられたり、他の人よりも多くの時間労働させられたり、自分の新しい自転車を人に貸せと言われたりしました。
当時、私はこれらのように不公平に扱われた時、師父の詩「圓満となって佛果を得る」[1] をよく思い出しました。
圓満となって佛果を得る
苦を嘗めるをもって楽とす
身を労するを苦と算せず
心を修するは最も過ぎ難し
関という関は全て闖えるべし
いたる処すべて是れ魔
百の苦一斉に降る
其の如何に活くかを看る
世上の苦に堪え得れば
世を出ずれば是れ佛陀
そして、相手を憎まず、平然とこれらのことに対処しました。
高校の時、学校の寮に泊まっていました。私は自分に「修煉が最も大切である、その次が勉強だ」といつもこう言い聞かせていました。高校の授業はタイトな(きつい)スケジュールでした。それでも私は時間を作って、大法を実証する仕事をしました。毎週土曜や日曜日になると、私はクレヨンとチョークを持って、学校の周辺に行き、「法輪大法はすばらしい、法輪大法は正法だ」等の真相スローガンを書き、縁のある人に会うと直接、法輪功迫害の真相を伝え、三退しない人に会っても気落ちしなくなりました。
真相のスローガンを書く時、最初は怖かったのですが、恐怖も一つの執着心であるから、それを修めるべきで、要らないものであることに気づきました。迫害の真相スローガンを書く回数が多くなるにつれて、怖がる物質も少しずつなくなりました。一度、廊下でスローガンを書き終わったばかりの時、眼の前のドアが開き、人が外へ出て来る気配がしました。その時、私は師父の法「わたしは根を宇宙に下ろしているので、あなたを動かせる人がいれば、このわたしをも動かすことができることになり、はっきり言って、その人はこの宇宙を動かすことができることになります」[2]を思い出しました。そしてその人に私が見えないようにと願い、あせらずに非常に落ち着いた気持ちで、上の階へ上がりました。その人はまるで私が見えなかったようで、ドアを締めてから下の階へ降りて行きました。実際にこのようなことに何回も遭遇しました。いずれも、師父の慈悲なるご加持の下で、毎度、何度も危険な状況を好転させることが出来ました。弟子のために心配して見守ってくださった師父に感謝いたします!
一緒に寮に住んでいる人の中には怠けている人や、衛生上よくない人がいます。毎日交替で掃除していますが、彼らはいい加減に掃除を済ませました。この現象に遭遇したのは偶然ではない、修煉の道には小さなことがない、私は修煉者だ、私がやろう、と思いました。そして私は毎日掃除をし、毎回数十分かかって掃除をし、疲れて汗まみれになりましたが、心は清々しく、嬉しくも思いました。これは私の向上のために按排されたことだと思いました。そして、私達のきれいに整った部屋は何回も文明部屋賞をもらいました。
また、クラスメートは授業から逃れて、ネットバーに行ったり、バスケットをやったり、恋愛したりしていました。でも、私は自分に厳しく要求しました。私は大法弟子であり、これらはすべて試練であり、なるべく小さいことも漏れがないようにしようと思い、冬休みと夏休みを利用して『洪吟』、『洪吟二』、『洪吟三』を暗唱しました。そして時々刻々、法を心に刻んで行こうと思いました。
大学の時も学校の寮に住んでいました。私は自分に対してさらに厳しく要求しました。大学では勉強しているかどうか、成績がどうかなど気にする人がいません。他の学生は時間があれば、パソコンでゲームをして遊んでいましたが、私は大法を実証することと学習時間をバランスよく按排してから、この目標を実現するために努力しました。私はみんなに信用度が高く、勉強もよくできていたため、学生会の主席に選ばれ、国家と省、大学、および学部、クラスから合わせて1万元以上の奨学金や20枚以上の賞状、証書をもらいました。国家からの奨学金は大学で3人だけが定員でしたが、私は成績が学部トップでかつ品行が正しく、道徳が高尚だったので、この賞を獲得できました。また大法を修煉してからは、体調が非常によく、到る所で人のために考えていると知恵が開かれ、親孝行もしていたため、先生と同窓の仲間から一致して、好評を博していました。
もし私が大法を修煉していなかったら、私はこれらの栄誉を獲得することはできなかったはずです。今、私は安定した仕事を持っています。このすべては大法が私にくださったもので、師父は今までずっと私を守ってくださいました。師父に感謝いたします! 私はただ精進し続け、自分を厳しく律し、小さいことから自分を修めてまいります。そして、人を一人でも多く救い、法を正されている師父のお手伝いをしっかりして、自分に遺憾を残さないように一生懸命するしかありません。
以上となりますが、法に符合してない部分があれば、慈悲なるご指摘をお願いいたします。 合掌
注:
[1] 李洪志師父の詩:『洪吟』「その心志を苦しめる」
[2] 李洪志師父の著作:『轉法輪』