最初からやり直し 時間を切り詰めて衆生を救う
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文╱中国の大法弟子

 【明慧日本2019年4月19日】私は時には元神が体を離れ他の空間に行くことができ、いろんな光景を見ることができます。

 ある時、私はある空間に行きました。そこにまだ近づいていないにもかかわらず、大勢の邪悪が私に攻めかかって来ました。私が「法輪に向って、早く私を守ってください」と思うと、その瞬間に、私の体の周辺にいくつかの法輪が顕れ、邪悪を吸い込みそれらを滅しました。私はさらにその先の空間にドンドン進み、その空間を一掃しました。その時、一部の生命が蘇(よみがえ)ってきたのを見ました。

 私は多くの執着心を取り除かず、過ちを犯したため、私の天体の一部が滅びそうになっていました。その部分の天体には数えきれないほどの生命体がおり、その一部が変形してしまい、死に瀕していました。その惨状を目の当たりにした私は、とても悲しくて大泣きしました。

  またある時、別の所に行きました。そこの衆生も滅びそうな状態で、彼らはとても絶望的でした。私は「この空間の邪悪を一掃しよう」と思いましたが、その空間場に入ると体が重たくなり、全く飛び上がることすら出来ず、どうすることも出来ませんでした。また、他の空間では多くの衆生が死んでしまい、ある空間の衆生は怪獣に傷つけられ、死傷者を多く出していました。しかし、私はどうすることも出来ませんでした。

 私はあまり精進していませんでした。特に近年、心性を修めることを知らず、多くの執着心を取り除かず、わがままで怠けもので学法煉功を疎(おろそ)かにし、発正念もきちんとせず、真相伝えも気分次第で行ない、しっかり出来ていませんでした。

 私が行ける空間はきっと私と関係のある場所で、私が担当し責任を持つ場所に違いないと思いました。師父が私にこれらの光景を見せてくださったのは、「修煉をいい加減にしてはいけない。そうすれば、あなたの衆生は大変な被害を受け、大変な目に遇うのだ。しかし、彼らは皆大切な生命なのだ」と警告してくださったと私は理解しました。その時、私の気持ちは本当に言葉では表現し切れないほど、沈痛な思いでした。

 師父は詩の中で「萬の悪を除き尽して、萬の衆生が生ず」[1] と書かれました。本当にその通りです。そこの邪悪を除き尽くせば、衆生は救われます。その後、私は自分が救済するべき世間の人々、そして、私が担当する空間場の衆生に対して、集中的に発正念をし、彼らが救われるのを妨害しているすべての邪悪な生命と要素を一掃しました。同時に師父にご加持もお願いしました。私は頭が非常にはっきりとし、エネルギーを強く感じました。このように発正念をしていると、いつもなぜだか、涙がいっぱいあふれ出てきます。

 今まで自分がしっかり行なってこなかったために、多くの衆生を危険な状態に陥れました。それに対し、私には逃れられない責任がありますが、中には旧勢力の迫害の要素もあるので、それを私は決して認めてはいけないのです。

 これから私は必ず、もっともっと精進しなければならないと思いました。そして、全ての執着心を取り除き、最初からやり直して旧勢力の按排を打破し、衆生を救い済度したいと強く思いました。もちろん、その前提は私がしっかりと修め、三つのことをしっかり行なうことです。

 これらの体験を書き出したのは、同修達に私のことを戒めとしていただきたい、それと同時に私と同じように、あまり精進してこなかった同修達にも元気を出していただきたいからです。そして時間をもっと大切にして、怠けず諦めないでいただきたいと強く思ったからです。法を正すことが終わらない限り、それは衆生を救うよい機会なのです。

 注:
 [1] 李洪志師父の詩:『洪吟二』「留意」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/3/30/384518.html)
 
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