文/中国の大法弟子
【明慧日本2020年7月27日】私は以前某市の政府機関の役人で、今年65歳になりました。1995年の夏、ある日の夜、私は法輪大法の書籍『法輪功(改訂版)』を読み、その後、朝の煉功場に行って煉功の動作を習いました。たった3日で、30年も私を苦しめた数々の病気が治りました。それから今まで25年間、私は病院に行ったことも、薬を飲んだこともなく、国のために数十万元の医療費を節約しました。今の私は健康で、「ますます若くなった」とよく言われます。私のことを通じて、家族や同僚、親友など私を知っている人はみな法輪大法の素晴らしさを目の当たりにしました。
1999年7.20、中国共産党(以下、中共)は法輪功に対する残酷な迫害を引き起こしました。私が法輪大法の修煉を放棄しない、それに大法の真相を伝えたため、2回に渡り不当に監禁されたほか免職されました。それだけではなく、給料を10分の1までにカットされ、つまり毎月130元しかもらえませんでした。職場のトップは自分の官職を守るため、市の要求に従って、役所で不法に刑務所を設け、嘘の証拠を集め、20日以上も私を24時間体制で不法に監禁しました。
前の夫は10年以上政府に勤務していた副局級の幹部でした。私を処分する全市局レベルの通報大会で、私への憎しみを起こさせるため、わざわざ夫を一番前の席に座らせ、クローズアップを取り、同時に私が派出所で不法に尋問される場面をテレビニュースで数日間繰り返して放送しました。
前の夫はメンツを重んじる人で、これほど大きな精神的な圧力を受け、そして私と家族に対する様々な方面の迫害に耐えられず、私に離婚をするよう追い詰めました。当時、一人っ子の息子は大学2年生でした。前の夫は養育費を一銭も出さず、私と息子を捨て、家を出て行きました。政治的な迫害、経済的な困窮、夫の裏切り、それに社会的な圧力…すべてが一気に押しかかってきました。
苦しみにつぶれそうになった日々、私は毎日師父の写真の前で跪いて泣き、「師父、私はどうすればいいですか? 教えてください」と心から師父に願いました。不眠の夜、私は坐禅と学法をしていました。ある日、私は師父の「忍び難は忍びうる。行ない難きも行ないうる」[1] の法を読み、「私には師父がいらっしゃり、大法があるので、乗り越えられない難関はありません」と悟りました。私は師父のお教えに従い、『真・善・忍』の法理で自分を修め、良い人よりもさらに良い人になるのだと思いました。
それ以降、私は朝早く出勤して夜遅く退社し、一生懸命に仕事をしました。それと同時に、同僚のもう1人の大法弟子と一緒に、毎日自ら職場の廊下やトイレをきれいに掃除しました。以前は各事務室が交替で掃除を担当しましたが、私たちが毎日しているので、担当も必要なくなりました。私たちは仕事以外の時間を利用して、各事務室に行って大法の真相を伝え、そして、帰宅の途中や休みの時に街で大法の真相資料を配りました。私は毎日師父の法を書き写したり、学法と煉功をしたり、大法に溶け込んだ充実感と素晴らしさを体験できました。
私が大法の真相を伝えたため、警察は私を連行しようとしたので、私はやむを得ず息子を連れて故郷を逃げました。十数年の間に、親子は各地を転々として常に居場所を変えたり、仕事を探したりして、困窮した生活が続きました。その間、前の夫は私が不在の状況で、私と息子が住んでいた古い家まで売ってしまいました。しかし、私は終始、『真・善・忍』に従い怨みを捨て、自分の利益や損失を考えず、善をもって夫を含む他人に対応し、続けて大法の真相を伝えました。こうして、私の道はますます広くなり、ますます平坦になりました。
現在、息子は大学を卒業して就職し、省都で家を買い結婚し、また深圳で家と車を買い、私には孫も出来ました。私は中共に差し押さえられて支払ってもらわなかった退職金と年金保険金も返してもらいました。私は物質的な利益に執着したり、追求したりしませんでしたが、師父は私のためにすべて按排してくださいました。師父はいつも私の側で私を悟らせ、そして私を守ってくださいます。私は「三つのこと」しか考えていません。つまり毎日学法と煉功して自分を修め、それに発正念をし、時間を大切にして大法の真相を伝え、人々を救うことです。
前の夫は長男です。離婚後、私は1人で息子を育て、それに70歳過ぎた前の夫の母親の世話もしました。前の夫の叔父や弟、妹とずっと交流があり、前の夫の母親が亡くなった後も、毎年の清明節にお金を送って供養しました。前の夫の家族や親戚は皆、私のことを孝道を重んじる良い人だと言いました。
私が前の夫と離婚して10年になったところでした。ある日の深夜、他の省で仕事をしていた息子から電話がかかってきて、叔母から父が重い病気で地元の病院に入院したと知らせがあったと言い、仕事で離れられないため、自分の代わりに私が見舞いに行って欲しいと頼まれました。
翌日、私は省都から地元へと出発しました。片道4時間の電車に乗っている時、昔のことが映像のように頭の中で浮かび上がってきました。当時、私が中共に迫害されていた時に、前の夫は愛人を作り、その人に家を買ってあげたりしましたが、自分の家には生活費も養育費も出さず、それだけではなく母親を扶養する義務さえ放棄しました。前の夫の兄弟やいとこたちは殴って暴力で解決しようとし、叔父も自分が法律の責任を負うと興奮して言いましたが、私がそれを止めました。
離婚したばかりの時、私が慰謝料も賠償も請求せず、15年間住んだ古いマンションのほかに、法律に定められた利益を何ももらえなかったのを見て、周囲の人はみな私が法輪功を修煉して、バカになったと思い、理解しませんでした。その古い家すら、私が迫害を逃れるために故郷を離れた間に、夫に秘かに売却されました。それでも私は、前の夫が放棄した母親の世話をしてあげました。昔のことを思い出すと、思わず悲しい涙が流れてきて、そして不当な扱いをされたことに憎しみと苦しみに心が痛くなりました。「あの人に会ったら思い切り罵ってやる!」と感情的になりました。
しかし、私はふと気が付きました。「今何を考えているの? 自分を常人と見なしているのではないか?」その時、私は師父の法を思い出しました。「ですから、いかなる環境においても、いかなる情況においても、トラブルに遭った場合、善の心、慈悲の心をもって全てに対処すべきです。自分の敵を愛することができなければ、圓満成就することはできません」[2]
私は冷静になって、前の夫の立場で考えるようにしました。私が迫害されたことで、実は、前の夫も間接的な被害を受けました。社会で飛ばされるデマ、メンツが潰される、親戚や友人からも理解されず、精神的な圧力などもありました。前の夫は常人であり、修煉者ではないので、大きな難関は耐えがたいものです。それに道徳が堕落していく現代社会で、様々な誘惑の前で、前の夫も抵抗できなかったのかもしれません。離婚する当時、私は得るべき権利ももらえませんでしたが、争うことなく、1人で息子を連れて生活しながら、前の姑の世話もし、忍耐と寛容の態度で前の夫とその家族との関係を続けていきました。法輪大法を修煉しなかったら、また、師父の守りがなかったら、私はここまで出来るはずもありません!
この万古にも遇えない大法の広まる時代に、私と前の夫は22年間も夫婦になり、これは、どれほど大きな縁なのでしょうか! これを考えると、今の社会に汚染され、ますます下へと落ちていく前の夫は被害者であり、かわいそうでなりませんでした。
故郷に着いた夜、私は夢の中で前の夫が私に背を向けて、泥沼に向かって歩き、ゆっくりと深く沈んでいくのが見えました。私は大きな声で彼の名前を呼びましたが、振り返ってくれませんでした。目が覚めると、私の涙が止まりませんでした。
翌日、私は前の夫が入院した病院を訪ねて見舞いに行きました。彼は心筋梗塞を患い、病状がひどい時は、話すことも動くことも出来ません。前の夫の友人の話によると、前の夫は不倫して私と離婚した後、相手に通帳や給与を全部取られ、お小遣いもなく、相手のポケットから小銭を盗んで使っていたということです。不倫相手が新しいマンションを買って、内装をきれいにしましたが、全部前の夫の借金にしました。借金の返済が終わったら、相手に裏切られて捨てられたそうです。
病室で、前の夫は私を見て泣きながら「本当に申し訳なかった!」と言いました。また、自分で動けないし、側に世話する人もいないため、入院してから20日間近く身体を洗っていないと言いました。そんな彼を見て、私には怒りや怨みがなく、ただかわいそうだと思いました。
病院から出て、私は自転車で数キロ離れた前の夫の妹の家に行き、兄の状況を教えました。妹は自分の夫を病院に行かせて、兄の世話をし、身体を洗ってあげると言いました。
その後、私は息子に電話して、父親の介護する人を探すようにしました。それから私は弟の家でご飯と肉スープを作り、病院に持って行きました。
数年前、私は前の夫に大法の真相を伝え、中共から脱退させました。今回私は彼に因果関係の事を聞かせました。離婚して10年の間に、前の夫は全てを失いましたが、私と息子には何でもあります。私は彼に「私は法輪大法を修煉したお陰で、人生の真諦が分かり、善に向けて心を修め、怨みも憎しみもなくすことが出来ました。慈悲なる師父はすべてを与えてくださり、魔難を経験した私は幸せな生活を送ることができました」と話し、法輪大法を修煉することが本当の素晴らしい未来を手に入れることができると勧めました。
その日、私はプレーヤを買ってきて、大法師父の説法録音と『普度』、『済世』をダウンロードし、明慧ネットの世界法輪大法デーの募集文章をコピーして前の夫に渡しました。前の夫は字が見えないと言うと、私はすぐにメガネを買ってきて、そしてイヤホンと大法のお守りを一緒に渡しました。
3日目、私は前の夫の叔父を尋ね、彼が省都の大きい病院で心臓のバイパス手術を受けたいのですが、お金がないため受けられなかったことを教えました。叔父は前の夫の兄弟達5人に1週間以内で5万元を集めるよう呼びかけましたが、結局誰もお金を貸そうとしませんでした。仕方なく、私は自分の同級生たちに借りましたが、前の夫に貸したい人はいませんでした。私は息子に状況を言い、手元にあった2万元を出して、残りは息子が解決してくれることになりました。
4日目、病院に行き病室に入ると、前の夫は嬉しそうに「昨夜は久しぶりに良く寝たよ!説法録音を聴いてとても気持ちがいい!」と私に言いました。「あなたを救えるのは大法しかありません! 続けて聞いて学んで下さい」と言いました。
数日後、私は病院に行く途中の道で前の夫に会いました。彼は「病気が治って退院した。手術する必要がなくなった」と言いながら、私が貸してあげた2万元を返してくれました。私は彼に「大法の師父があなたを救ってくださったのよ! 常に『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』と念ずると、平安無事になり、良い未来があります」と伝えました。前の夫は「本当にありがとう!」と感謝してくれました。
「感謝するのは大法の師父に感謝して下さい。師父が私にこのようにするようを教えてくださったのです。大法を修煉しなかったら、私はここまで出来なかったし、あなたにも今日がなかったと思います」と言いました。
今まで、私は前の夫の家族の4世代17家族の33人を中共の党員、青年団、少年先鋒隊組織から脱退させました。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
[2] 李洪志師父の著作:『オーストラリア法会での説法』