基点の問題
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2020年8月24日】現在の天体現象を見て、私は自分自身に問いかけました。自分は一体何者なのか本当に理解しているか、宇宙全体に歴史的な変化が起きているのを信じているか、そして、どこまで信じているか、大法弟子としてすべきことをしているか、常人から抜け出したかなど、宇宙が劇的な変化を遂げている今、衆生だけが選択を迫られているのではありません。私たち大法弟子も最終的な選択をしなければならないのです!

 つまり、一つ一つの出来事や問題に直面している時、何を選択したのかが肝心です。言動や思考、修煉でさえも、大法弟子の本質に基づいているのです。

 師父は、「四千あまりの人がここに座っていますが、どれだけの人が修めて成就できるのか、将来どれだけの人が道を得られるのか、私はまだ楽観しておらず、皆さんが如何に修めるかにかかっているのです」[1]、「一体、どのくらいの人が乗り越えることができ、どのくらいの人が本当に大法弟子が円満成就する基準に達することができるのでしょうか?  師父は時には本当に楽観視していません。法を正すことは必ず成功します。これは間違いのないことです。大法弟子が修煉して円満成就することも間違いのないことですが、何人が円満成就できるのでしょうか?  私は今、本当にあまり楽観視していません」[2] と説かれました。

 師父はある心性の関を通じて、私に大法弟子とは何か、大法弟子の基準と使命とは何かを分からせてくださいました。

 2020年の旧正月前の出来事でした。それはいつも注意しながら修めている問題であり、そして、その問題において、自分は精進していると思っていました。しかし、同修の言葉により、心の中がまるで爆発したかのように激しく動揺しました。「自分を修めていない。党文化が強すぎる。仕事そのものに対する執着心や、他の人を見下している心理がある」と同修に言われたのです。

 修煉者としては、まず内に向けて自分を探さなければなりません。しかし、すぐに嫌がる気持ちが出てきました。旧勢力は私たちのチームを妨害し、同修との間に隔たりを作らせ、拘束したり、病にかかったりなど、個別に次々と迫害してきました。しかし、酷い時期からすでに十数年も過ぎたのに、未だに妨害されているのは、きっと私たち全員に問題があるからに違いありません! 皆さん、気を付けるべきだと、目線を他人に向けました。けれど、一旦、外に向けて探し始めると、なかなか止められず、党文化や嫉妬心、怨恨の心、そして、様々な執着心が拡大され、魔の道に走りました。自分の心より魔が生じると、旧勢力を認めてしまったり、思想業力を抑えられなくなったりなど、どんどん悪化していき、しまいには、煉功している最中でも頭の中で言い訳をしたり、弁論したりして、夜眠ることもできません。鏡に映っている自分を見て、その醜い顔に驚きました。まさに心の変化が表に現れたのです!

 その瞬間、ハッと目が覚めました! 自分は法を正す時期の大法弟子であり、大法に同化し、実証しなければならず、そして、師を助け、衆生を救わなければならないと、正念を強めました。旧勢力の按排はいりませんし、認めません。他の者が少しでも手を加えたら、それは重罪なのです。直ちに消滅させなければならないと、発正念をしました。そして、常に自分の思考を大法と照らし合わせ、主意識をはっきりさせることで、腐敗した物質が弱まっていきました。しばらくの間、このような正と邪の戦いが続きましたが、法に合わない思考を排除し、絶えず正念を強めていくことで、ようやく落ち着きました。黒い物質が段々と薄まっていき、やっとこれまでの出来事は悪いことではないことに気づいたのです。ずっと見守ってくださった師父に感謝いたします!

 『各地での説法十一』とその他の各地での説法を勉強したくなり、まずは『大法弟子とは何か』を勉強し始めました。再び法を勉強して、前の悟りと比べてみると、本質的な区別がありました。師父が常にそばにいてくださっているとしみじみ感じ、「大法弟子」とは何か、大法弟子に対する要求や、大法弟子になれる基準、そして、果たすべき使命など、大法を通じて理解しました。師父は私の大法弟子としての本性を呼び覚ましてくださったのです。

 この時、ようやく「この使命を果たせるかどうかが肝心で、自分自身を成就させるのは問題ではありません。以前すでにその威徳を樹立したから、大法弟子になる資格があるのです」[3] の意味が理解できました。これは修煉の道において、とても重要なことなのです。師父に感謝いたします!

 自分が大法弟子であるとはっきり認識してからは、慈悲の心も生じ、「三つのこと」も積極的に行ない、常に衆生を救うことを考えるようになりました。

 2002年の『北米第一回法会での説法』を勉強して、私たちの前には二つの道があることが分かりました。一つは旧勢力が按排した私利私欲で、破滅へと続く道、もう一つは師父が按排された大法を守り、他人を優先にし、使命を果たさなければならない道です。私は大法弟子なので、師父が按排してくださった道を歩みます。旧勢力は認めません! 正念が強まると、旧勢力が按排した道が瞬時に崩壊したのを感じました。

 これからの修煉において、常に正念を持たなければなりません! 旧勢力を否定すると同時に、大法弟子の基準で自分を律することこそ、真に旧勢力を否定することができ、妨害や迫害をされずに、師父が按排してくださった道を歩み、衆生を救うことができるのです。自分を修めなければ旧勢力が按排した道を歩むことになります。直ちに目を覚まし、自分を正すべきです。私たちは大法弟子であり、使命を果たさなければならないのです!

 「病業」によって妨害されたり、迫害されたりしたときは、修煉し始めてからの出来事を修煉者の基準から詳しく探してみる必要があると思います。大きな関については、自分がその時どう思ったのか、理性をもって「三つのこと」を行なっているかどうか、心の底から衆生を救いたいと思っているのかどうか、大法を守っているのか、それとも、自分自身を守っているのかなど、何のために修煉しているのかを明白にすべきです。そうすることで、一体どこが旧勢力によって付け入られたか分かってくると思います。私たちのすべての言動は見られているのです。間もなくやってくる大審判は公平かつ、正確なものです。師父は大法のすべてを私たちに下さいました。残りは大法弟子たちがどのように修煉していくのか、どのように選択していくのかが重要になってくるのです。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『法輪大法義解』「長春法輪大法輔導員のための説法」
 [2] 李洪志師父の経文:『二〇一五年米国西部法会での説法』
 [3] 李洪志師父の著作:『各地での説法十一』「二〇一〇年ニューヨーク法会での説法」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2020/8/7/410088.html)
 
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