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内に向けて探し、心の隔たりを取り除く

(明慧日本)ある日の午後、同修から交流会の知らせを受け、そこに着いてから分かったことは、地域の主要協調人のAさんは難関に遭い、協調の仕事もせず、学法にも参加しなくなったということです。このため、他の地域から二人の同修を招き、一緒に交流することになりました。
 
 他の地域から来た同修は、ここにいる全員が無条件で内に向けて探してほしい、と言いました。これに対して、最初は少し抵抗感がありました。Aさんはどうして来なくなったのか? そして、どのように自分の内に向けて探すのかが分かりませんでした。続々と同修たちは発言しました。Aさんは行動よりも口ばかりなので不満があると言う人もいますし、彼女の話し方が好きではないと言う人もいました。話が盛り上がっていくうちに、皆だんだん冷静になっていったようでした。町内や田舎の同修ほぼ全員が、Aさんに不満や排斥する気持ちがあったことに気付きました。あなたも私も皆で排斥していることこそ、心の隔たりではありませんか? 皆が排斥しているからこそ、彼女と皆の距離が開き、全体から離されてしまうのではないでしょうか? これこそ邪悪の迫害の理由になるのではないでしょうか?
 
 Aさんが参加しないことは、私たちの彼女に対する良くない観念から起きたと思います。この良くない観念こそ心の隔たりとなり、邪悪に迫害の口実を設けることになります。このことを通して、もう一度、無条件で内に向けて探すことの奥深さを体験し、とても大事だと思いました。ある同修はこのように言いました。「このことで我々は法の中で昇華したし、同修に良くない観念と排斥の気持ちを持つことが心の隔たりにつながることが分かった」
 
 私は、もう一人の同修と何度も協力し合ったことがあります。彼女とはいつも息が合って、法に対する理解も一致していたので、心の隔たりはないだろうと思いましたが、あるとき、私は彼女にものすごく怒ったことがありました。全く修煉者とは思えないぐらいでした。後で私も自分の失態に驚き、深く隠れている名誉を重んじる心が見つかり、それがあったからこそ心性を守ることできなかったのです。またもう一つは、以前彼女が人のことをよくああだ、こうだと言うので、その印象が深くありました。今度は私のことにまで口を出すと思い、すぐに冷静さを失い、一気に爆発してしまいました。その固定観念によって私はこのような態度になり、理性を失ってしまいました。今回のことでよく分かったのは、わずかな悪い印象でもあれば、もう心の隔たりはそこに存在しています。
 
 私がもっと理性的に認識したのは、心の隔たりは人間の観念から生じ、良くない印象から生じるということです。師尊は『論語』で次のようにおっしゃいました。「この領域を切り開くには、常人の観念を根底から変えなければなりません。さもなければ、宇宙の真相は人類にとって永遠に神話のままであり、常人は己の愚かな所見に限定された枠の中で永遠に這い回るしかありません」 私がこの中から悟ったのは、同修の間の心の隔たりを取り除くには、常人の観念を根底から変え、法の下で同修を見ない限り、とても難しいということです。
 
 私は発正念の時、同修に対する常人の観念や悪い印象を取り除き、本性で同修を見て、法に合う一面を見つけるように試みました。それこそ私の本当の同修です。私はまず同修Bさんに対する常人の観念や悪い印象を探し出して、取り除きます。徐々にBさんの純粋さと善良、そして逆境での不動心が見えてきて、大いなる善、大いなる忍の覚者が目の前に現れました。彼女との距離はすぐ縮まり、法を証実することで、いつでも協力し合い、以前のような協調しにくい圧力も一気になくなりました。本当に気持ちが軽くなり、まるで天地が広くなったように嬉しかったです!
 
 私は同じ方法で一人ひとりの同修に対する常人の観念や悪い印象を取り除き、できるだけ彼らの法に合う一面を発見し、常に新たな観念が生じないように自分に注意を促します。これで心と心が近づきました。私は和やかになり、心身ともに軽く、明るくなりました。初めて慈悲が感じられました。それは人情的なものも、自分の思いも一切含まれず、相手の悲しみや苦しみを感じられるものです。本心から相手のことを心配して、助けてあげたい、全く文句や叱責、軽蔑などがありません。こうしているうちに、私はまた気が付いたのは、他の何人かの同修にいつも常人的な認識で、熱心だとか、まとめる力があるとか、まじめだ等々、これも自分が彼女たちに対して抱いている常人的なもので、しかも固くなっていたということです。これも、これから内に向けて探し出して取り除くべきです。今の私は彼女たちの長所しか見ていません。
 
 師尊は『二〇〇三年旧正月十五日の説法』で我々に教えてくださいました。「大法弟子はどんなことに対しても真正面から取り組むべきです。相手の良くないところを見るのではなく、いつもその人の良いところを見るべきです」
 
 彼女たちは法を実証することを今日まで頑張ってきて、今でも衆生を済度している、これこそが素晴らしいことです。それでもきっと、自身の中に深く隠れている観念や他の問題があるのです。常人の観念や自身の問題をすべて取り除き、真に本性で問題を見る、同修を見る、徹底的に同修の間の心の隔たりを取り除くまで、それらを探し出します。 
 
2011年01月04日

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