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いままで歩んだ道を大事にしよう(二)


文/ドイツの大法弟子

(明慧日本)ドイツに戻った後、新唐人中国語グループがベルリンで放送局を作ると聞き、ほっと息をしました。今度は私が自ら動かなくてもよい理由を探したからです。しかし私は常にそれらは自分が背負うべき責任であると感じていました。しかしながら、私はずっと怖がる心を抱えていて、義務を担おうとせず、また敢えて背負う勇気がありませんでした。

 時間は毎日過ぎていきました。私と妻は当時ビデオカメラがなく、ニュースを撮影することができず、また英語ニュースとその他のプログラムをドイツ語で編集する条件もまだ出来ていませんでした。2008年になって、私たちはやっとビデオカメラを購入することができ、英語ニュースを製作しはじめ、本当に軌道にのりました。その前まで、私たちは神韻とそのための各プロジェクトの報道の仕事をしていました。今年は照明設備も購入し、すでに使用しています。

  今のところ、英語ニュース部はすでに多言語に発展していて、私たちもドイツ語ニュースグループを作りました。現在私は新唐人テレビ局のヨーロッパでの各言語の協調の仕事をしています。英語で他の国の同修と協力して仕事をし、交流、協調し、また決定を出しています。これは実際一つの放送局を建てることより作業量が多いのです。しかし、現在私は更に大法を信じるようになり、ますます自信がついて、敢えて更に大きな、更に多くの責任も担うようになりました。

 現在妻と私は人選問題、メンバーのトレーニング、設備を購入する資金集め、あるいは常人とニュースやプログラムについて議論し、またこれらの接触を通じて、ますますプロのようになり、私のどもる癖もすでにほとんどなくなり、怖がる心やどもりは、すでに私の考えと行動に影響することはありません。私にいま新たに放送局を作るようにと言われても、恐れなくなり、執着の支配も受けなくなりました。

  数週前に私はやっと私が歩んできたこの数年間を師父が非常に順序よく按排してくださったと悟りました。師父はすでに説かれました。「大切にすべきです。必ず歩んできた道を大切にしてください。自分が歩んできた道を大切にしてはじめて、皆さんはこれからの道を正しく歩むことができます。残った道は長くありませんが、更に良く行い、正しく行ってください」(『各地での説法六』「2004年復活祭ニューヨーク法会での説法」)。

 以前私は長い間、この法理についての理解がとても浅かったのですが、今私はますます師父の私に対する導きを信じるようになり、自分が義務を果たすべきときに、師父は私に準備をさせてくださると信じるようになりました。師父は一歩一歩私が把握すべきものを教えてくださいました。自分がどもり、また恐怖心を抱えていたとき、師父は私によく知らない国に行かせてこれらの問題を解決してくださいました。放送局を建てるべきときに、責任を背負うことを恐れていたとき、師父はまた私に、その基礎を作ってくださいました。

 数年前、もしだれかが、私が将来ドイツの新唐人ドイツ局を建て、或いはヨーロッパの新唐人の協調の仕事をすると言ったら、私はその人の想像力があまりに大きすぎると思ったはずです。現在私はまだしっかり自分の役割を演じることができません。学習者が私のところを訪れ、いろんな問題を提出し、私が一部のことについて決めることを望んでいますが、私は更に私たちの立場を変えて、人から私に彼らの決定を通知してほしいと思っています。私は後ろで黙々とする仕事をしたいのですが、だからと言って、仕事を恐れる心はなくなっています。

 新唐人の仕事を通じて、私たちの仕事の成果を目にすることはできませんでしたが、すでに、私たちが背負っているのはどんなに巨大な責任であるかを認識しています。私たちは新唐人を常人の企業と同じように運営し、ますます専門化して、社会に立脚しないといけません。画面編集、或いはその他の仕事をするとき、私たちは常に一刻も休まず、昼夜連続して作業をすることによって、時間通りに仕事を完成させています。私たちは毎日ただ目の前のパソコンだけしか見えませんが、私たちの出発点は衆生を救い済度することです。たまに私たちはあまりに仕事に集中して、この趣旨を忘れています。私たちがこの交流会にきた目的は、新たに私たちが何のためにここにきたかを認識するためです。私たちは衆生を救うためにやってきたのです。

 最後に師父の一段落の法をもって私の発言を終わらせたいと思います。この法は私の心の謎を解いてくださいました。「修煉はつまりこういうことで、設けられた関が小さければ、少ししか進歩できませんが、設けられた関が大きければ、飛躍的に進歩するのです」(『マンハッタン説法』)

 (2009年ドイツ交流会)

 (完)

  2010年1月19日

(中国語:http://minghui.org/mh/articles/2010/1/7/215845.html

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