日本明慧
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貴重な記憶:永遠の見証(二)
二、1993年3月、武漢にて
1993年、私は再び、師父の武漢での伝授クラスに参加することが出来ました。クラスに参加する前、師父は気功協会の担当者と、伝授クラスの参加費は1人40元、古い修煉者は20元で、伝授クラスの後に行われる報告会議では1人2元にすれば、伝授クラスの会場費を賄うことができると話しました。法輪功は人を済度するためのものであり、お金儲けのためではないと、師父はおっしゃっていましたが、気功協会の担当者は、どうしてもお金を稼ぎたいと思い、伝授クラスの参加費を一人につき50元に上げなければならないと言いました。また気功の報告会議では、最低でも一人10元は徴収しなければならないと要求しました。協議の末、最終的には伝授クラスの収入の6割を気功協会に分配し、残りの4割が法輪功側に分配されることに決まりました。しかもこの4割は、会場費、宣伝費、資料費、交通費、宿泊費、食事代など、全ての経費を差し引くと、ほとんど残りませんでした。気功協会の関係者はとても不思議に思っていました。武漢で行われた全ての気功関係の伝授クラスの中で、法輪功の参加費が一番安かったのです。このようなことはめったに見られませんでした。彼らは、せっかくの金儲けのチャンスを棒に振るとは、と不思議に思っていたようでした。
その時、武漢の伝授クラスでは、新聞社やラジオ局などの記者も参加していました。彼らは情熱的に法輪功と師父について報道しました。彼らは、この気功が前代未聞の特殊な気功であり、本当に人を高い次元へ向けて導くものだと報道しました。
1993年3月15日、武昌中船総公司701研究所礼堂で伝授クラスが開かれました。気功を愛好する、ある警察関係者は、沢山の兵士を連れて師父の伝授クラスに参加しました。伝授クラスのなかで、兵士たちはひときわ力強く拍手を送りました。今思い出しても、その拍手は格別に響いていました。今でも思い出されます。
ある40代の男性は、非常に幼い頃から武術気功をやっていました。この男性によれば、李洪志先生は本当にすごいということです。彼は「先生が説法されるとき、礼堂全体が法に包まれて金色に輝き、しかもホールをはるかに飛び越えて、様々な少人物たちを全て取り除いている」と言いました。今思えば、彼が言っていた少人物とはおそらく低い次元の霊のことでしょう。
またある日、ある40代の背が高く痩身の男性が、伝授クラスの入場券を持っていないため、スタッフに止められていました。この男性は「私はこの人(師父のことを指している)と、法の力を比べに来ました。私の師父は、100歳を超えています。この人はこんなに若いのに」と言って沢山の罵り言葉を発していました。このことを師父が知った後、師父はこの男性を中に入れるように言いました。この男性は、入って師父の説法を聞いてから静かになりました。その後、彼はスタッフに恥ずかしそうに、「もうこれ以上邪魔はしません。この人こそが本当の先生です」と言いました。
1993年3月25日午後2時、師父は漢口市の政府礼堂で2時間にわたり、第2回目の報告会を行いました。
伝授クラスに参加した新聞記者は、法輪功が普通の気功でなく素晴らしいと感じたため、新聞やラジオ局などで報道しました。また、一部の人はラジオ局のホットラインを通して、師父に病気治療をして頂きました。これらの人たちにとって、師父はまさに生きた菩薩そのものでした。これ以上自分の気持ちを表すことが出来ません。また、ラジオ局で報告会の開催が伝えられたため、多くの人々が雨の中、市役所の礼堂まで駆けつけ、報告会に参加しました。報告会の当日は大雨が降っていましたが、礼堂は満席でした。
報告会がまもなく始まるとき、いまだに外は大雨が降っていました。しかし礼堂の入り口には多くの人々が立っており、去ろうとしませんでした。会場に座席がないため、主催者である武漢市気功協会は、多くの立ち席を増やして入場券を販売しました。入場券は直ちに売り切れました。それでも多くの人が雨の中で待っていました。
気功協会の責任者の挨拶の後、ある年配の女性がステージに上がり、ステージの上を3回歩きまわった後、自己紹介を始めました。なんとこの女性は、半身不随になってから3年が過ぎ、まったく一人で生活ができない状態だったそうです。昨日、ラジオ局のホットラインを通して、師父がおっしゃったとおりに病気治療をしてみたところ、直ちに効果が見らたそうです。今、会場の皆さんが目にしたのは、彼女がステージの上で軽やかに走る様子でした。決して誰も、この女性が三年間床に伏して動くことができなかったとは思えませんでした。このような経験を持っている人々は皆、師父は凡人にあらず、と思い、雨の中で報告会に参加しました。
報告会の中で師父は、参加者たちに法輪を授けました。師父は参加者に手のひらを上に向けて開いてくださいとおっしゃいました。ある人はただちに、手のひらの上でカラフルな法輪が回っているのが見えました。また、ボールのように感じる人もいれば、手のひらが熱くなっている人もいました。また、手のひらが痺れているように感じる人もいました。さらに、法輪が礼堂全体の至る所で回転しているのが見えた人もいました。法輪は参加者の手の上、お腹の上、頭の上など、至る所にありました。会場は、感激の声に包まれました。
報告会の会場は、あたかも巨大なエネルギー場の中に包まれていたかのようでした。あらゆる良くないものが取り除かれ、悪い考えを持つ人は誰一人としていませんでした。この報告会の後、参加者たちはただ1つだけの願いを持ちました。それは、師父の説法をもっと聞きたいということです。これほど素晴らしい法を逃してしまったら、それは生涯の悔いになるに違いありません。
(続く)
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