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黒竜江省の法輪功修煉者 拷問の末に死亡(写真)
黒竜江省チチハル市に在住の法輪功修煉者・慈海さんは、1994年に法輪功の修煉を始めてから、心身ともに恩恵を受けた。1999年7.20以降、法輪功が中共(中国共産党)政府に弾圧されて以来、慈さんは中共当局により、一連の残酷な迫害を加えられ続けた。最初の迫害は、慈さんが2000年に北京へ陳情に行った時で、慈さんは法輪功迫害の真相を人々に伝えたという理由で、2年の労働教養を不当に宣告された。2度目は2002年で、労動教養所から出所後、再び人々に法輪功迫害の真相を伝えたという理由で、慈さんは連行されて拘禁された。2006年、慈さんは懲役4年の不当判決を宣告された。3度目は2007年で、慈さんは20数人の法輪功修煉者と共に泰来刑務所に移送された。中共が法輪功への迫害を開始して以来12年間、慈さんは収容施設で拷問され、肉体的にも精神的にもひどく傷つけられた。その結果、慈さんは2011年8月23日に死亡した。享年わずか39歳だった。
生前の慈海さん
慈海さんの遺影
以下は、慈海さんが生前に受けた迫害状況の一部である。
2001年10月21日、慈さんは20数人の修煉者と共に富裕労働教養所に拘禁されたが、入所初日から、60数人に集団暴行を加えられた。
拷問の実演:吊るし上げる
2002年4月20日、慈さんは施設内で数人の修煉者と共に監視員らの迫害に抗議した。施設側はそれを理由に、修煉者たちを毎日15時間以上にわたって、手錠をかけて高さ2メートルの高さに吊るし上げ、人格を侮辱する汚い言葉で罵った。
拷問の実演:鞭打ち
2003年2月9日、刑期を満了した慈さんは、出所を許されるどころか、かえって鞭打ちによる拷問を受け、頭部や全身が血だらけになり、ボロボロになるまで虐待された。
泰来刑務所は、2007年1月~4月にかけて転向率を上げることを目的に、修煉者への迫害を強化した。慈さんは独房に監禁されて4人の監視員に監視され、毎日暴行を受けた。また、慈さんはわずかな食料しか与えられず、水さえも与えられなかった。そのため、慈さんはのどが乾くたびに、便器の水をすくって飲まざるを得なかった。
釈放後、慈さんは施設内で受けた拷問の影響により重病を患い、仕事をすることができず苦しい生活を強いられていた。生活の中での圧力により、慈さんは重度のプレッシャーを感じ、心身ともに限界に達してしまった。慈さんは、骨と皮になるまで痩せこけ、肉体的、精神的にひどく疲弊し、無実を晴らせないまま病にかかり死亡した。
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