明慧法会|風雨を伴い進む(四)
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―12年の修煉過程の一部

文/中国の大法弟子

 【明慧日本2012年12月13日】

十、労働教養所での迫害への抗議と真相伝えにより、警察はみな私の友達になった

 1、一歩詩

 2000年3月18日、私は3年の労働教養処分を科せられました。警察は江沢民派が法輪功学習者を侮辱する詩を私に聞かせました。私は微笑んで「法輪功学習者の両目は天を見て、手はモンタギューの鞄を持ち、1日千万里を歩き、正念で大妖魔を滅します」と答えました。

 その後、警察はこの詩を遠いところまで広く伝えました。数年後、私は西部のある市に行き、多くの友人が集まって食事中に、ある省の検察院の副検察長がこの詩について言及しました。

 2、禁足室で警察は商売を教えてほしいと頼んだ

 2000年4月、労働教養所に83人の大法弟子が拘禁されました。中共邪党は私たちを囚人として扱い、毎日18時間の労働をさせました。私たちは真・善・忍を修めているだけで、何の罪もなく、迫害に抗議すべきだと考えました。ある朝集合したとき、私は囚人服を脱ぎ、自分のスーツを着て大声で「大法の同修たちよ、私たちは罪を認めに来たのではありません。私たちは師が法を正すことを助けに来たのですよ。私たちは毎日全体で学法煉功をすべきです。チーム長、私たちにテープレコーダーをください。私たちと一緒に煉功しましょう。法輪大法は素晴らしい!」と叫びました。集合場所は大騒ぎになりました。囚人たちは大法弟子に狂気のように駆けより、同修たちは私を保護するために走ってきました。しばらくして、私は禁足室に入れられました。この部屋は普段は警察が囚人を暴行するところで、甲高い泣き声がよく聞こえる場所です。私はさきほどの激しい場面から1万年離れたように感じ、とてもリラックスして平然としていました。さきほどの叫びで法を実証したから、死んでも悔いはないと思い、微笑みながら穏やかな口調で2人の警察官に「始めてもいいよ」と言いました。不思議なのはこの2人の警察官は古い友達のように「こんにちは。私たちに商売を教えてください」と言いました。

 3、警察は「あなたは労働しなくても、私たちはあなたを崇敬する」と言った

 強制的に着せられた囚人服を脱いだため、一部の同修は暴行され、肋骨が折れ、脊髄が折れ、全身傷だらけになりました。私は迫害に反対して、強制労働を拒否し、囚人服を脱ぎ、警察に一通の手紙を出し、法輪大法と真・善・忍の素晴らしさを説明し、これから私は囚人服の着用と、労働を拒否し、あなたたちのご飯を食べず、水も飲まないと訴えました。結局、警察官はみな私に会うと笑い、「あなたは労働しなくても、私たちはあなたを尊敬します」と言いました。

 4、大法弟子から見た取り調べ

 正と邪の勝負の中で、多くの警察官に善の念が現れ、密かに大法の修煉を始めました。ある日、2人の警察官は私を呼び、「取り調べ」をしました。彼らは私を台の上に座らせ、自分は台の下に座り、完全に私の考えに従い、「取り調べ」を終えました。最後に、私に「取り調べってなんだと思いますか」と質問しました。私は「取り調べとは、大法弟子があなたたちの仕事を審査し、合格であればサインし、合格でなければ、サインしないことです」というと、この2人の警察官は大笑いをし、楽しかったようでした。

 5、政法委員会の人は「法輪大法はあまりに不思議だ」と言った

 私は非常に幸運な人間で、大法に入った最初の日から、大法の恩を受け、師父の苦心の加護を受けました。そのため、法務系の人はみな「彼女を動揺させることはまったく不可能です。大法の多くの不思議を見たからです」と言いました。私は大法の不思議を見たから動揺しなかったのではなく、なにかに遭うとき大法を堅く信じたから不思議が現れたのです。

 2001年3月1日から4月7日まで、労働教養所にいる9人の大法弟子はハンガー・ストライキをしました。37日目の深夜に、警察は私と2人の同修を密かにどこかへ移送しました。長い暗い道で私が見たのは花輪と経帷子でした。私たち大法弟子はみな署名して江沢民を訴えたので、当局は私を郊外に送り、密かに処刑しようとしたのでしょう。しかし、私はまったく恐れず、大法を実証するために死ぬことは無比な誇りだと思いました。しかし、師父の加護の下で、救急車は私たちを市の病院に送ったのです。私に見えた花輪と経帷子は私の元の寿命が尽きたことで、それからの命は修煉のために延長されたのでした。

 11本目の点滴を受けるとき、私はやっとトイレに行けるようになりました。廊下で私たちを見送った政法委の人は「法輪功はあまりに不思議です。煉功しない人だったら、7日で亡くなります。しかし、彼女は食べず、飲まず、38日経っても、歩くときはモデルのようでした」と言いました。当時、私は真っ白のブランドの運動服を着ていましたが、同修は天目できらきら光る金色の龍が私の身体を守っていたのを見ました。全宇宙の最も偉大な師父は私を護ってくださったのです。38日目に私は同修の2人と一緒に家に戻りました。

 実際、ハンガー・ストライキをしていた27日目の深夜、私は「命を用いて、大法を守ることは最も幸せな事です。私たちは成熟の中で法を正すことが必ず成功するという偉大な目標に向かって歩いています」と書いた後、天目で見たのは、天上から9センチの管が天井の穴を通して、私の身体に液体を注いでいました。師父は高エネルギー物質を私の身体に注ぎ込まれたのです。その後また見えたのは、私は青島の労山の頂で水桶から一杯のおいしい水を飲み、最初ストローで吸いましたが、もの足りないと感じ、古代の木ひしゃくでいっぱい飲みました。人間のところで、38日のハンガー・ストライキを通して、私はご飯を食べることを忘れたようでしたが、労働教養所を出ると、なにごともなかったように 大盛りラーメンを上手に食べました。大法の加護の下で、私はまた元気になりました。師父のご恩に感謝申し上げます。私は神への道の中で神の風格を深く味わいました。

 6、私は警察に手錠を掛けた

 2002年1月18日、邪悪は私が気息奄々な状態からつやつや顔で、いきいきした私を見て、ある警察官はひそかに私を連行しました。その警察官は公安局の大門の前で顔が真っ青になり、下車のとき苦痛な表情で私の左側から倒れてしまいました。別の警察官が来て、私を労働教養所に送ろうとして、車に乗ると、その警察官は「お姉さん、呪文を唱えないでね。私はあなたに従い、師父の法を勉強してもいいでしょうか?」と言いました。私は『洪吟』を教えました。途中、高速道路の料金所で、私は手錠に掛けられた両手を挙げ、係員にあいさつし、真相を伝え、「法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしいと覚えたら、必ず天が幸福をくださるよ」と言いました。料金所の係員は料金を取りませんでした。警察官が言うには、「お姉さん、帰るとき、私に手錠を掛けましょう。手錠をかけると、料金所はお金を取りませんから」と、彼は私の手錠を開けて、ほんとうに自分の手を手錠に入れました。私は手錠を閉め、彼に「私は大法弟子で良い人ですから、料金所の人に真相を伝え、彼たちを救い済度しましたから、彼たちは料金をとらなかったのです。あなたが手錠を掛けることは同じ性質ではありませんよ」話しました。

 7、あなたたちの党は、あまりにごろつきすぎる

 私は女子労働教養所のリーダーに警察の問題について話した後、警察官は大法弟子に手を出さなくなりました。しかし、彼らは囚人を利用し、法輪功学習者をさらに陰険で悪辣に迫害し、迫害に最も力を入れた囚人に刑期を減らしました。利益の誘惑の下で、救いようがないそれらの生命は本当にやりたい放題の悪いことをやりました。ある女性の囚人は両手を腰にあて、中共邪党の幹部のようにある大法弟子に指差しながら「共産党を代表し、あなたを死ぬまで弾圧する!」と叫びました。その後、省の公安庁から話し達者な女性警官を派遣して、私に話をするように言いました。私は彼女に「人間のかす」について言及し、「その囚人はあなたたちの共産党を代表できるでしょうか?」と聞きました。その警官が答えるには、「そのかすは党を代表できないですが、彼女の行為は共産党を代表出来ます」と言いました。私はその女性警官に「あのかすの罪は売春ですよ。彼女の売春行為はあなたたちの党を代表するでしょうか? あなたたちの党はあまりにごろつきすぎると思いませんか?」というと、その女性警官は赤面して慌てて離れていきました。

 談笑の間、どれほどの邪悪が灰と煙のように飛ばされて消えたでしょうか。このすべての智慧は大法から由来しました。すべての邪悪を圧倒する気勢は大法から賜わったのです。

 (続く)

 (第8回明慧ネット中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/11/18/249228.html)
(English: http://www.clearwisdom.net/html/articles/2011/12/12/130052.html)
 
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