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6年間刑務所で迫害された漫画家が死亡

(明慧日本)河北省の衡水師範学校の講師で漫画家の張之泉さんは2001年3月19日夜、衡水深州市の警官・賈双万と尚運航により深州市西陽台村で連行され、当年の秋に7年の判決を言い渡された。それから河北省第四刑務所で数年間迫害されて危篤状態になり、家族の強い要求により、2007年3月に保証を立てて一時出所したが、現地の「610弁公室」・公安・国保大隊らに嫌がらせされ、2010年5月1日に67歳で死亡した。

 張之泉さんは中央美術学院の卒業生で、文化大革命の時に不当判決により刑務所で迫害された経歴がある。定年後、法輪功修煉を始め、1994年に李洪志先生の山東省済南講義に参加したこともある。心身に大きく受益した。拘束される前の4年間は非常に健康で、70代の高齢ながら心電図が40代と似ていることで刑務所の医師も感嘆した。張之泉さんを管轄する警官は自分の名利の為、受刑者2人を指名して張之泉さんを迫害した。張之泉さんに対して、全ての活動を禁止した。勝手気ままに殴打し、顔に唾を吐き、寝るとベッドを叩いて寝かせない。そして審問、体罰、脅迫するなどで虐待した。これらの卑劣な行為の目的は、張之泉さんに師父を中傷させる為であり、かわりに張之泉さんを虐待した受刑者は減刑された。警官たちの指示を受けた受刑者たちは非常に高慢になって、張之泉さんに「俺が殺したいと思えば、生きて出所なんぞできない」と言い触らした。張之泉さんは、その受刑者に厳しく叱責した。腹が立った受刑者は汚い言葉で張之泉さんを罵り、顔を殴り、全面的に迫害を始めた。それから2年間の迫害により張之泉さんの健康は完全に崩れてしまい、70キロを超えていた体重は34キロまで痩せこけ、身体の様子がすっかり変わった。家族が迎えに行った時は、昏迷状態になっていた為、持ち上げられて出所された。

 帰宅後の張之泉さんは、常に現地の「610弁公室」・公安・国保大隊により正常な生活をかく乱された。年金の支給も停止されるなど精神的ストレスにより、身体は快復できず2010年5月1日に死亡した。

 2010年6月5日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/6/1/224714.html
(English:http://www.clearwisdom.net/html/articles/2010/6/3/117596.html

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