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師と法を信じて 師父のおっしゃることに従う(一)


文/河北省の大法弟子

(明慧日本)明慧ネットの「第7回大陸大法弟子ネット法会の原稿募集」を読んで、今度こそ交流の機会を逃さないようにしようと思いました。以前、自分は年を取っており、レベルも低い(私は小学校3年までしか教育を受けていません)と思い込んでずっと体験談を書きませんでした。しかし、教養レベルが低い、文章力がないことは常人の観念です。師父の弟子である私は、今こそ機会を逃さず自分の体験を書き、皆さんと交流したいと思います。
 
 私は59歳です。1997年から法輪大法の修煉を始めました。当時は身体が弱くて、痛風や子宮筋腫、頭痛、不眠症、骨盤損傷などを患っており、本当に食事を作るほかは何もできませんでした。最初は病気治療のために大法の修煉を始めました。その当時は大法の本も少なく、私は5式の動作を習っただけで学法をしませんでした。それでも師父に身体を浄化して下さり、私はとても元気になりました。それから『転法輪』の本を買って、修煉のことを理解できるようになりました。
 
 1999年7.20、中共の迫害が始まり、テレビ、新聞、ラジオなどのメディアは一斉に師父と大法を誹謗中傷しました。師父が我々によい人になるように教えてくださったことは間違いがなく、大法は正しい、師父は正しい、中共の宣伝が嘘だと私は思いました。ある日、政府の人が我が家にやって来ました。その人は法輪功の悪口を言いました。私は相手の言うことを否定し、「師父は我々に真善忍に従うことを教え、悪いことをしてはいけないと教えて下さり、もともと病気の身体も元気になり数年来、薬を飲んでいません」と話しました。その人は、自分の近所の人が法輪功をしてから自殺したと言い出しました。それは『転法輪』の中で言われたことに従っておらず、師父は、修煉者は自殺をしてはいけないと教えてくださったと私は答えました。天安門の焼身自殺はでっち上げだと教えると、その人は黙って、まもなく帰りました。
 
 私が住んでいるところは山奥なので、めったに師父の新経文を読むことができません。明慧週刊や真相資料なども含めて、歩いて離れたところまで行かなければ読むことができません。ある日、明慧週刊に発表された文章『鋤からマウスへ』を読んでとても啓発されました。同修ができるならば私もできるはずです。そこで、私は人に依頼するより自分で資料を作ろうと思いました。しかし、家にはお金がなく、息子が大学に入っており、娘は仕事を始めたばかりで毎月の給料も数百元しかもらっていなかったため、パソコンやプリンタを購入する余裕がありませんでした。
 
 資料拠点を作ろうと思ってもできず、とても焦って、娘が給料をもっとたくさんもらえればよいのにと、思いました。「『修は己にありて、功は師にあり』なのですから、あなたにそういう願望があれば充分です。本当にこのことをやってくれるのは師で」と『転法輪』にあります。それから娘は本当によい仕事が見つかり、給料もたくさんもらえるようになりました。娘(修煉者)はパソコンやプリンタを買ってくれ、さらにインターネットのアクセスやダウンロード、プリントアウトを教えてくれました。初めて綺麗な真相資料を自分の手で作ったとき、とても嬉しくて心の中で師父に感謝しました。師父と大法がなければ、私は夢でも自分が資料を作ることはありませんでした。資料拠点の安全のため、私は家族の他に周りの同修に何も言わず、自分で費用を負担しました。家族はまだ修煉していませんが、私の行動を支持して、たまにシールを貼ったりして手伝ってくれます。普段の生活は節約して、安い野菜を買って、人から頂いた服を着たりして、めったに新しい服を買いませんでした。
 
 (続く)
 
2010年12月17日

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