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14年の修煉の道(一)


文/中国の大法弟子

(明慧日本)私は1996年から法輪大法の修煉を始めました。師父と大法に対して動揺したり疑いを持ったりしたことは一度もなく、大法弟子として行うべきことを行い、師父が按排してくださった修煉の道で歩んできました。

 一、慈悲なる師父は私を救ってくださる

  私は、家庭がボロボロの状況の下で大法の修煉を始めました。修煉を始めて、心身ともに健康を取り戻し、長年患っていた心臓病なども、快方に向かいました。大法を修煉して2カ月のころ、2〜3メートルの高さの所から、車もろともに畑に落ちました。「ポキ!」という音がして骨が折れ、心臓も破裂したかのような痛みを感じました。その当時、法をよく勉強しておらず、悟性が低かったため、なぜ、このような事故が起きたのか困惑しました。慈悲なる師父はその真相を見せてくださいました。慈悲なる師父が私を救ってくださらなかったら、私はとっくに死んでしまっていたでしょう。私は言葉で表現できないほど師父への感謝の気持ちでいっぱいでした。

  家に帰った後、私は身内の人に病院に行くように言われました。私は師父と大法を信じ、病院に行く考えは全然ありませんでした。師父は「物事の善し悪しは人間の一念による」(『転法輪』)とおっしゃいました。6日後、怪我をしたところが完治し、身内は大法の不思議な力を目の当たりにしました。私はみんなに「大法の師父が私を救ってくださった」と言いました。

 二、心を修め 法の中で心性を高める

  大法を修煉して2年たつと、何かに妨害されていると感じ、法を勉強しても頭に入らず、心性を高めないまま精進することも知らず、ただ皆と一緒に煉功するだけで、法理をあまり理解していませんでした。

 1999年7.20、私と同修は一緒に省政府に大法の真相を伝えに行きました。その日以来、私は突然、法理が明晰に分かるようになり、法が頭に入るようになりました。そして、法を勉強すればするほど、大法が好きになり、もっと勉強する時間がほしいと思うようになりました。それで、牛を放牧しながら、法を勉強しました。

  最初、人に見られないように、人がいないときだけ法を勉強しました。当時、まだ恐怖心が残っており、人に密告されることが怖かったのです。学法と法の暗唱をすることで、法理がますます明晰になり、「私はなぜ、こんなによい法を正々堂々と学べないのか? 何を恐れているのか? 私は大法を一番に置くことができないのか?」と自分に問いました。私はよく考えて、「法があり、師父がいらっしゃるから、何も恐れることはない。法を正々堂々と学ぼう」と決心しました。それから私は、牛を放牧しながら、正々堂々と法を勉強してきました。

 私たちの煉功拠点は、いわゆる「敏感日」(7月20日)になると「自然」に解散するのです。そして、一部の同修は、私の家に来て、一緒に学法と煉功をしました。最初、みんなが私の家で学法と煉功すると、密告されるのではないかと不安を抱いていましたが、徐々によく法を学ぶにつれて、恐怖心を取り除きました。私の家は煉功拠点ではありませんが、同修たちは私の家で学法と煉功をよく行いました。

  協調人はある事情で、私の家で学法と煉功を行う同修に、1999年以前の煉功拠点で行うようにと呼びかけました。しかし、みんなは行く気がありませんでした。その理由は、以前、私たちが煉功拠点に行くと、その煉功拠点の同修に3回も追い出されたからです。「私たちを追い出したのに、なぜ行く必要があるのか?」と、私たちは皆闘争心を持っていたので、皆が同じことを考えました。どうすべきかについて、私たち4人は学法をして交流しました。

  師父は内に向って探すことは、修煉の「宝」であると教えてくださいました。そこで私たちは師父がおっしゃった通りに内に向かって探し、たくさんの常人の心を見つけ、発正念をしてそれらの常人の心を取り除きました。「私たちは大法によって作られた生命であり、法の一粒子なので、師父が私たちに与えてくださった修煉環境を守るべきだ。無条件で大法弟子が一体となり、やるべきことをやり遂げなければならない」と、最後に全員が認識できました。

 (続く)

  2010年3月8日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/2/28/218980.html

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