日本明慧
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時間を見つけて青少年の大法弟子に関心を寄せよう

(日本明慧)あの苦難に満ちた歳月、集団学法は私たちに堅固な基礎を築かせ、後の歳月を迷わず進むことができました。今までの間、同修たちが巨大な圧力を押しのけて、青少年の弟子に平和な集団学法の環境を作って下さった事に感謝します。

  10代の時のことでした。同修が休暇中の私に、こども弟子の集団学法グループを作りたい、グループの年齢層は私と同年輩でちょっと年下の子もいると知らせてくれました。私は喜んで参加しました。迫害が始まってから、こども弟子には集団学法の環境はほとんどありませんでした。しかも、この企画を実行する直前に、こども弟子の学法グル—プが邪悪に見つかり、協調に携わった同修が逮捕されました。この状況の下で、同修は私たちのために学法の環境を整えてくださいました。全力を尽くして、正念を持って加持して下さったことに敬服します。

 1日目の学法は、同い年の同修が数人と、古い同修が私たちを率いて学法しました。その間、同修たちは誰もが相手の事を気遣い、その場は光り輝き、瑞祥な雰囲気に満ち溢れていました。学法する同修が増えるにつれ、同修のいろいろな修煉状態も現れてきました。ある同修は法に対し、非常に丁重で恭しく、ビデオの鑑賞にしても、読書にしても、結跏趺坐を組み通し、現代の若者の軽率な振る舞いが少しも見られません。こどもの同修の朗読は声高らかで、厖大なエネルギーが彼女の読み上げた法の中から湧き出ていることがわかりました。

  ある同修は座禅する時、足が太いため、足を縄で締め付け、大汗をかきましたが、ビクともしませんでした。また、ある同修は勇気を持って、自分の過ちを打ち明け、前非を悔い改め、もう二度と師父と家族を失望させない事を誓いました。そして、まだ修煉していない母親に法の素晴らしさを伝えると、大法の本を読み始めたと言います。ある受験生の同修も時間を見つけて学法に参加し、空き時間を利用し同級生たちに真相を伝えました。真相を伝えた事を私たちに話してくれ、私たちも真相を聞いて目覚めた人々の事を嬉しく思うと同時に同修の「真に法を修し、唯此れだけを大と為す」(『洪吟』「法を得る」)の境地に感動しました。

  この集団学法の場で、師父の法は私たちを浄化し、常人社会に染められた悪習を少しずつ溶かしてくださいます。同修同士、学法や修煉だけではなく日常生活の面においても、互いに気にかけあい、話し合いました。間違いがあれば、まず、内に向かって自らを探し、平常心を保ち、同修に自分の意見を言います。お互いに学び、修し、共に精進します。期間中、大人の同修と意見の不一致がありましたが、年の差は気にせず、心を打ち明け、法の上で交流しました。大人の同修は、苦労を私たちに見せてくれ、実際の行動で私たちに本当の大法弟子とは何かを教えてくれました。

 法を学び、心を修め、毎時に正念を発し、問題に遭遇すれば、直ぐ内に向かって探し、同修との間に溝が出来てしまえば、迫害を否定して誠意をもって交流し、常人の状態に合わせることを心がけ、理性をもってこの場の正念を加持することを通じて、十数日間の法の勉強会を無事に終えることが出来ました。魂が入れ替わったように、全身が正念に満たされていました。

  以来、それからの学校生活において、いくら勉強が差し迫っていても、私の心の中に大法はすでに深く根を下ろしていました。最も辛い時期に、尊敬する師父の法があったからこそ、ここまで平穏に歩んでこられたのだと思います。この俗世間で修煉しているため旧勢力とその要素は虎視眈眈と、私たちの執着心と数多くの様々な要因を利用し、あらゆる手段を用いて、私たちを陥れようとします。一時期、常人の道徳規準は極めて速いスピードで堕ちていることを知り、自分は常人よりましだと思い込みました。さらにある時は、いけないと知りながら、過ちを犯してしまいました。法からどんどん遠ざかっていき、魂を奪われ、まるで抜け殻のようになり、彷徨ったこともあります。

 ここで、全ての大人の同修に呼びかけたいと思います。もし、お子さんが以前あなたと一緒に学法をしたことがあるなら、是非とも取り残さないでください。あなたはこう言うかもしれません。「大きくなっちゃって、もう昔の何でも言うことを聞くかわいい子じゃなくなったから」と。けれど心の奥底で大法を渇望することは皆同じだと思います。当初、あなたの子供になったのもあなたが法を得ることを知ったからあなたのお子さんに生まれ変わったのだと思います。

 法を正す進展は飛躍的に速く、確かに、多くの衆生を救い済度するためにすることを行わなければなりません。もし、あなたのお子さが大法のもとに戻れば、そのお子さんと同年代の衆生も救われる可能性が高くなるのではありませんか。中国共産党文化の教育を受け育った若者たちは政治運動の体験はあまりありません。同年輩に真相を伝えれば、もっと広く交流する領域が開拓され、より多くの衆生を済度することが出来るでしょう。

 以上は個人的な発言です、「法を以って師とする」。不適切なところは同修の慈悲なるご叱正をお願いします。合掌。

  2010年5月3日

(中国語:http://minghui.org/mh/articles/2010/3/3/219161.html

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