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修煉において原則を守らなければならない


文/中国の大法弟子

(明慧日本)最近ある出来事に出会って、私は修煉に対してどういう態度をとるべきかについて悟りました。
 
  同修のAさんは、修煉に対して厳粛に、真剣になれず、名誉や利益、情がとても重く、毎回彼女と会うたびに彼女は私に常人の話をしてきます。何度もその問題点を教えましたが彼女は聞きません。その後、師父が悟りを開かせてくださったおかげでこれは一種の妨害であることに気づき、彼女とのかかわりを減らしました。彼女が私の家に来て、私と話したいと言ってうちに泊まろうとしたのを、何度か私は遠まわしに断りましたので、彼女はとても怒っていました。今日も彼女はまた、うちに何か落としものをしたので取りに来ると言うので、私はうなずき、彼女が来ました。しかし、彼女はとても不機嫌で、話の中から情が入っているのを私は感じ取りました。彼女が不機嫌なのを恐れ、怒らせたくなく、和やかな雰囲気を保ちたくて、メンツを重視し、彼女を喜ばせたくなり、彼女の話に沿って常人の話をして、しまいには彼女を家に泊めてもっと話をしようとも考えました。彼女がこういう常人のやり取りが好きなのを私は知っているからでした。
 
  しかし、近頃自分の内に向けて厳粛に見つめなおすことができるようになり、そのとき頭の中がハッキリしていて、過去にあった観念がなくなり、師父の言葉を思い出しました。「それなら、私たちは自分を良く修め、間違ったら改めればよいのです。間違っていなければ堅持すべきです。常人の心のある学習者に動かされないでください。(『米国西部国際法会での説法』) 私はたちまち頭がハッキリしました。後天の観念に揺らぐことなく、人の機嫌を取り、自分に好意を持たせ、良い人になるなどの執着心が出てきたときは、発正念をしてこのような頑固な思想を消すのです。この時、心が軽くなったと感じました。
 
  私が思うに、同修と常人との付き合いでは、自分の原則を保つことが大切です。その場に応じて事を運ぶのではなく、師父がおっしゃったとおりに成し遂げることが重要です。たとえば、同修のBさんは真相をよく伝えることができましたが、同修からの妨げも受けていました。ある時、彼女は同修のCさんと一緒に真相を伝えに行って、車の中である常人に真相を伝え、そして「脱退」も勧めました。Cさんは怖いのか、Bさんが安全に注意しないと非難しました。
 
  Bさんは何も言わず、自分がしているのは正しいと思ったのです。結局、CさんはBさんを非難した後、家で1週間も「病」に冒されていたのです。Bさんはまた行く先々でかまわず真相を伝えていたために、他の同修にも非難されました。あまりにも不注意で、極端すぎる、どこでも真相を伝えてはいけない、言った後に誰かに尾行されていないかを確認すべきだなどと、さまざまに言われました。当然、Bさんはいつもしっかりしていて、始終彼女は真相を伝えることは最も正しいと判断し、自分は間違っておらず、これからもやり続けようと思いました。2005年から今まで、真相を伝える面でいつも落ち着いていて、数え切れない人々を救ってきました。
 
  もし、Bさんが自分の原則を保つことができず、周りの怖さや嫉妬心に自らの心を動かされていたら、衆生を救うことに損失をもたらしていたでしょう。もちろん、Bさんの正念と正しい行動は、他の同修の正しくない考え方を変え、たくさんの同修も観念を変えて、堂々と真相を伝え脱退を勧めることと向き合えました。Bさんの始終一貫した態度に私は心から嬉しく思い、同時に師父の言葉を思い出したのです。「本当にしっかり修めている大法弟子は妨害されることがなく、少しも妨害されません。しかも、正念が強く、ほかの人をも助けており、本当に師に手伝って法を正しています。(『2010年ニューヨーク法会での説法』)
 
  問題に出会ったら私たちは真っ先に自分を見つめなおすべきであり、もし、同修に非難されたら、自分が法に合っているかどうか、法を正すことに悪い影響をもたらすかどうか、そして、同修に非難されたとき心を動かされたかどうかを探します。もし、自分の問題であるならば、自分自身の問題を探してなくし、同時に自分の原則を保ち、他人に動かされないことです。そして、発正念をして同修からの妨害をなくすことです。
 
  私たちは大法弟子であり、常人のいわゆるお人よしに執着してはいけません。法を師とし、修煉の道をしっかり歩むべきです。
 
  個人の体験であり、不十分な所があればご指摘をお願いします。

2010年12月26日


(English:http://www.clearwisdom.net/html/articles/2010/12/21/122043.html
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