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着実に人を救う


文/中国河北省の大法弟子・平静

(明慧日本)尊敬する師父、こんにちは。同修の皆さん、こんにちは。

 私は1998年に法輪大法の修煉を始めました。当時、私は10種類の病気を患っており、全身が病気だらけでした。入院中に大法の修煉を始めました。煉功して20日も経たないうちに、全身の病気がすべて治りました。私は身体が調整され、法輪が回転していると感じました。一人で日常生活が送れなかった私は、その時から活力に満ちた健康な身体になり、私と家族はこの上なく師父に感謝しています。友達も大法の神秘さを目の当りにして、17人の友人が次々と大法の修煉を始めました。

 師父は『衆生からのご挨拶に感謝』の中で「大法弟子は各地域、各民族の衆生が救われる唯一の希望です」とおっしゃっています。師父はまた私達を次のように励ましてくださいました。「大法弟子よ、皆さんは濁世に輝く金の光であり、世の人々の希望であり、師に手伝う大法徒であり、未来の法王なのです」(『祝辞』) 私の命を含むすべては大法が与えてくれたものだと常に思っています。歴史は私達にこんなに重大な責任を与えています。私のすべては大法を実証し、衆生を救い済度するために存在しています。修煉を始めてから私は師父の教えに従って、純粋で、慈悲の心を衆生に捧げ、大法の素晴らしさを、私が出会ったすべての人に伝えました。私は真相を伝え、「三退」を勧める機会を一度も見逃しませんでした。また、真相を伝えられない通りすがりの人達には、微笑み、正念を与えました。真相を伝える時間がない人達にはお守りや真相資料を与えましたが、その効果はとても良いものでした。

 2000年の夏、同修に裏切られて留置場に連行され、3年の労働教養を科されました。留置場で、鎮の幹部らが来て私を「転向」させようとしました。私は、「公民には信仰の自由があり、これは憲法に規定されていることで、間違っているのはあなた達です。真・善・忍に従うことの、どこが間違っていますか? あなた達幹部は庶民が良い人になるのを望まないのですか?」そう言うと、彼らは頭を下げて去って行きました。その中の何人かの心はすでに変わっていました。彼らは私の家財を没収する際、10冊の『転法輪』(「7.20」以降、修煉をやめた人から買い取った)、師父の写真、録音テープなどを大きい袋で2袋探し出しました。彼らは「南河に持って行って焼却する」と言いましたが、それは上司を騙すためで、没収したものは全部残しました。私が帰って来たら保管しておいたものをそのまま返してくれました。その日、無事でなんともなかった法輪功の書籍を持って家に帰ったら、涙がぼろぼろと流れました。私は心の底から師父に感謝し、真相を理解している世の人々に感謝しました。そして、幹部らの家を訪ねて三退を勧めました。

 2001年、私は不法に開平労動教養所に拘禁されました。あるクラスの大法弟子と迫害に加担する受刑者の間の摩擦が大きいのでした。この受刑者はよく人を罵り、人を殴り、いつも隊長に告げ口し、大法弟子を迫害しました。大法弟子は彼女を扉の外に追い出し、部屋に入れませんでした。隊長は私をこのクラスに異動させ、この受刑者の隣部屋に住むようにしました。師父は『二〇〇九年ワシントンDC国際法会での説法』の中で「実は慈悲は巨大なエネルギーであり、正神のエネルギーなのです。慈悲であればあるほどエネルギーが強く、どんな良くないものも解体されます」とおっしゃいました。私は体を持って感じました。私は異動した後、彼女に根気良く法輪大法の良さを説明し、生活上では彼女に関わり、同修との関係をうまく処理するように手伝いました。彼女に『洪吟』を暗記するように教え、彼女も少しずつ変わりました。以前なら夜当番するとき、彼女の騒ぎで私達は眠れませんでしたが、今は事に遇うと他人を考えるようになり、夜当番のときは私達の邪魔になることを恐れ、ご飯さえも食べませんでした。彼女は大法を認め、別のところに異動されました。それから、彼女は経文があれば職務の便利さを利用して各クラスに配り、早めに釈放されました。

 2003年の正月、夫は交通事故を起こし、重い脳外傷を負いました。病院側は病院に入院させず、北京から来た専門家ももうだめだと言って、家族は死後の準備をするように言われました。家族は、お金を払って私を高陽労動教養所から早めに出所させました。労動教養所にいた2年間余り、非人道的な苦難と夫の出来事は、私を絶望の境地まで突き落としました。私は女一人でどうしたらよいのでしょうか。

 「百(よろず)の苦一斉に降る 其の如何に活くかを看る 世上の苦に耐え得れば 世を出づれば是佛陀」(『洪吟・その心志を苦しめる』)、 「大覚は苦を畏れず 意思は金剛より鋳られる 生死に執着無く 坦坦たり正法の路」(『洪吟二・正念正行』)。師父の説法は私を励まし、私に困難を乗り越える勇気を与えてくださいました。私は子供達を引き続き学校へ行かせ、師父に夫を生き返らせてほしいとお願いしました。私は師父を信じ、法を信じ、毎日夫に師父の説法と大法の音楽を聞かせ、数年間この習慣をずっと続けてきました。今、夫は徐々に回復しており、地元の脳外傷症例の神話になり、体に奇跡が現れました。

 夫の世話をすると同時、私は三つのことをすることを忘れませんでした。夫が呼吸困難で、命を救うために気管切開をしたとき、私は医者・看護婦・入院しているルームメイト達に「天安門焼身自殺」の真相を伝えました。あるお医者さんは「あの女の子が気管を切開しても歌を歌えることは、他人をだましても私達医者はだますことができません。彼らはまったくでたらめを言っています」と言いました。彼らは真相を知ってから、定刻の発正念をする時、私達の部屋には来ませんでした。夫が退院する日、主治医は「あなたのご主人が生きていることは、私達の思いもよらぬことです。これらは科学でも説明できません。あなたがご主人に注意深く配慮するのを見て、私達も法輪大法のすばらしさを感じました」と言いました。私は「もし、私が大法の修煉をしなかったら、私もこんなことはできません。法輪大法のすばらしさ、真・善・忍は良いということをしっかり覚えておいてください」と話しました。

 夫が退院した後、私は部屋を借りて小さい店を開き、夫の面倒を見ながら、商売をしました。まさにこの小さい店が、さらに多くの人と出会う機会を私に与えてくれ、三つのことをする舞台を与えてくれました。私の店はとても繁盛しました。それはこの店で、多くの世の人々を救い済度したおかげだと私は知っています。この数年間、仕入先のオーナー及び配達に来る人々は皆「三退」をしました。

 2008年1月、私の父が亡くなりました。私は病業を乗り越えるよう助けられなかったと後悔しました。故人のことは故人のこととして、生きている人をどう大淘汰の中から救うかが、最も重要です。そこで葬儀の当日、私はこの機会に三つのことをしっかりと行えるように師父に加持をお願いしました。弔問したあと私は「三退」をしてない親戚を探して彼らに真相を伝えました。その中で従兄は、かなり頑固で、自分の官職が守れないことを恐れていました。私は、彼に「あなたは命が大事ですか? それとも官職が大事ですか?」と聞きました。彼はそれ以上強弁ができなくなって、「脱退します、脱退します」と言いました。その日は、一晩で9人に脱退を勧めることができました。

   娘の結婚式上で、私は司会者に家族を代表して式辞を述べるよう言われました。私は、「人の集まりは縁で、夫婦のむつまじい仲は善縁です。共に白髪になるまで縁を大切に」と言いました。また双方の両親を代表して次のように言いました。「あなた達の今後の人生で、どんな時も真・善・忍に従って自分に要求し、新宇宙が要求する良い人、もっと良い人になるように願います。親戚と友達の皆さんには『法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい』としっかり覚えて、美しい未来があるよう望みます」この時、そばに座っていた夫が一言いいました。「脱党して自らの平安を守りましょう」 たちまち各テーブルで拍手が響き、会場は穏やかな雰囲気に満ちました。私は、これは皆大法が私に与えてくれた知恵と勇気だと実感しました。

 10年間の修煉で、私は師父にお話したいことがたくさんあり、良くできていないところは同修と切磋琢磨したいのですが、ただ時間が限られています。私は時間を切り詰めて、それらのよくない執着を捨て去り、多く法を学び、より多く三つのことをして、もっと多くの生命を救い済度します。

 不適切なところがあれば、師父の慈悲なるご叱正を願います。

 合掌!

 (明慧ネット第6回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 2009年11月19日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/11/16/212234.html

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