念が正しければ、関門を乗り越えることは難しくない
(明慧日本)私に新たな生命を下さった師父に感謝します。
私は、1997年3月に法輪大法の修煉を始めました。修煉してから、患っていた病気が全快しました。2005年に義歯を入れると、以前患っていた気管支喘息が再発しました。しかし、「私は大法弟子だ。大丈夫だ!」と思い、煉功し続けました。三日後、病状が消えました。
修煉はとても厳しく厳粛なことで、曖昧な態度を取ってはいけません。
2007年2月のある日の朝、いつも通りに起きましたが、突然病業が襲ってきました。病状がひどく、毎日お粥しか食べれず、一週間で取った睡眠時間は合計で一時間足らずでした。しかも、ぜんぜん横になることもできませんでした。病状がだんだんひどくなり、発正念もし、この難を無くすよう師父に助けも求めたのですが、効果がありませんでした。8日目の夜中、座ることも、立つこともできなくなり、全身の力が抜けて、限界に来ました。
それでも、私は大法に対する信念が全く動揺せず、もし、死んだとしても後悔はしないと思いました。しかし突然、自分が法輪功を修煉していることは地元の多くの人に知られているので、このように死んだら大法にどれほどの悪影響を及ぼすだろうと心配しました。このことを思った途端に、全身の神経が突然緩み、病状が和らぎました。2、3日経って身体がほぼ回復しました。
身近な親戚がこの二回の出来事を見て、私の修煉をより支持してくれました。振り返ってみると、普段は自分をしっかりと修めず、厳しく律していなかったため、多くの執着心が取り残していました。絶えずに精進し、三つのことをしっかりと行うように努力していくことで、師父へのご恩返しになり、正法時期の大法弟子の称号を恥じることもできないです。
間違ったところがあれば慈悲なる指摘をお願いします。
2010年2月8日
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2010/1/23/216764.html)
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