【明慧日本2021年3月20日】湖南省平江県の法輪功学習者・湯個梅さん(66歳女性)は2019年、孫の世話をするため、広東省の息子の家へ行った。息子の家の近くで湯さんは法輪功の資料を配布していた時、警官に連行された。その後、懲役3年6カ月の実刑判決を受けた湯さんは広東省女子刑務所に収容され、迫害により、心臓病、高血圧症、頸動脈硬化などの病状が現れた。
2019年、湯さんは孫の世話のため広東省順徳市の息子の家に行った。同年5月16日、湯さんは人々に法輪功迫害についての資料を配る際、当局の法輪功への誹謗中傷の宣伝を信じた人に通報され、派出所の警官に尾行された。その後、警官は湯さんを連行し、湯さんの息子の家を家宅捜索した。その後、順徳市容桂留置場に拘禁された湯さんは、迫害により健康状態が悪化し、順徳市中医医院(漢方病院)に送られ、7カ月間入院した。
その後、湯さんはオンラインで不当に開廷された。しかし、裁判を始めると、映像に映ったのは湯さん本人の顔ではなかった。そのため、湯さんの息子はすぐ、「どうしてお母さんの顔じゃないのですか」と聞くと、病床で横たわっている湯さんの顔が映るようになった。いわゆる「公開裁判」は、こんなに無責任なものだった。
そして、湯さんは懲役3年6カ月と罰金5000元の判決を言い渡された。
2020年5月10日、広東省女子刑務所に送り込まれ、四監区に拘禁された湯さんはひどい迫害を受けた。2020年12月、広東省女子刑務所から家族に「湯個梅は冠動脈アテローム硬化の心疾患、高血圧症、頸動脈硬化などと診断された」という内容が書かれた告知書を送られた。
2年近く拘禁された湯さんは、家族との面会を許されなかった。湯さんの家族はいろいろな努力をして、面会を求めた。そして、やっと、湯さんは順徳中医医院に入院しているとき、面会できたが、オンラインの面会しか許されなかった。
湯さんの健康状態を知った家族は、湯さんのことを非常に心配し、治療のための仮釈放を求めたが、十万元の大金の保証金を要求された。
湯さんは平江県水力発電会社を退職した職員である。1997年10月に法輪功を学び始めた湯さんは心身ともに健康になった。しかし、中国共産党当局が法輪功迫害を開始してから、湯さんは、人々が法輪功への誹謗中傷の宣伝に騙されないように、人々に法輪功迫害の事実を伝えてきた。そのため、繰り返し迫害を加えられ、2007年に長沙女子刑務所に3年間拘禁され、迫害により体に大きなダメージを受けた。
2001年10月、勤め先の上司が部下に法輪功を誹謗中傷する文言を書かせていた時、湯さんが前に出て、その行為を止め、「法輪功は佛法です。誹謗中傷すると悪報に遭います。みんなは江沢民グループの嘘に騙されています」と言いました。しかし、上司は湯さんの話を聞かず、県の国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関。以下、国保)の警官を呼んできた。そして、警官は湯さんを拘束し、湯さんの家を家宅捜索した。平江県留置場に拘禁された湯さんは、法輪功の功法を行ったため、手錠をかけられ、独房に3日間入れられ、冷たい水を3回かけられた。その後、湯さんの親戚が1000元の罰金と400元の食事代を払って、37日間拘禁された湯さんは解放された。
2002年8月、湯さんは再度連行され、家宅捜索され、家のドアも破壊された。湯さんは国保で4日間尋問を受け、睡眠をはく奪され、座ることも許されず、立って跪くことを強要されたが、それに従わなかった湯さんは、警官に棒で叩かれた。警官は棒で湯さんの首を押さえつけながら、「跪かないのか?」と怒鳴ったが、湯さんは「私は罪を犯していません。なぜ、跪く必要があるのですか? 私は法輪功の師父にしか跪きません」と言いました。それを聞いて、警官はもっと大きな棒を持ってきて、湯さんを猛打した。
拷問のイメージ図:棒で叩かれ、足を蹴ったり踏みつけたりされる |
湯さんは7カ月間拘禁され、食事代1000元を払って、2003年2月27日に解放された。
2003年11月4日夜、国保、南江派出所の警官と南江鎮政府の職員は湯さんの自宅へ行き、家宅捜索して、湯さんを県の留置場に連行し、30日間拘禁した、留置場で湯さんは手枷足枷をつけられた。
2006年12月、湯さんは岳陽県610弁公室、国保の警官に連行され、同県留置場に拘禁された。そして、2007年5月、懲役3年の実刑を受けた湯さんは長沙市女子刑務所に収容され、迫害を受けたという。