明慧法会|法を暗唱して修煉状態を徹底的に変える
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文/黒竜江省の大法弟子

 【明慧日本2021年9月18日】

 師父、こんにちは!

 全世界の大法弟子の皆さん、こんにちは!

 2007年春、私は労働教養所から出てきて、家に帰った後、気分がまったく良くありませんでした。なぜなら直面したのが長年整備していない家と、別居して冷戦中だった妻、さらに48歳だった私が仕事を探さなければいけないという大変さでした。しかし父親と弟たちと娘は親切で、私が落ち着くのを手伝ってくれました。その後、娘は地方に行って大学に進学し、妻は以前から何度も離婚訴訟に失敗したために別居し、睨みつけられたり無視されたりして、最終的には私と話をしなくなりました。

 その時の私は憂鬱で、中共の二度にわたる労働教養による迫害で、私はいわゆる「転向」はしませんでしたが、この時の魔難は私を落ち込ませました。私の表情がいつも悲しげだと同修たちは言いました。

 尽きることのない法の内涵を本当に体験する

 私は学法グループへ行って法を学び始め、改めて1式の大法書籍を持ち帰りました。私は毎日、自分で『轉法輪』を2、3講学びました。同時に毎週雇用サービス機関に行って仕事を探しましたが、1、2カ月の間、連続して何度も面接試験で落ち、すべて採用されませんでした。当時(訳注:2007年)10年以上の知り合いの同修が私にアドバイスし「大法弟子の仕事は師父が按排してくださり、あなたが仕事を探しに行かなくても、仕事の方があなたのところに来るはずです」と言いました。私はすぐに目を覚まし、仕事探しを急ぐ執着を放下し、心を静めて法を学び、煉功し、以前の損失を補いました。

 このようにして、私は心を静めて合計5カ月間法を学び、やはり毎日『轉法輪』を2、3講学び、仕事のことはあまり考えませんでした。5カ月後のある日、私の父親が突然「本当にダメだ、私たちの職場に来い、社長に聞いてみよう」と言いました。私が機械を学んでいるのを見て、社長は本当に私を雇ってくれました。仕事はこのようにして師父によって按排されました。

 私は5カ月間法を学びましたが、いつも表面上のことでしかないかのように感じ、一貫して心から学んでいないようで、本当に頭の中に刻まれてはいないかのようでした。法を学び煉功する時は考えが静かではなく、いつもさまざまな念が蒸し返してきて、ある時は十年粟と八年ぬか(訳注:宿怨)が次々と出てきて、なぜ出てきたのかわかりませんでした。実際、中共による大法と大法弟子に対する迫害が始まってからこのような状況が常に出現し、本当に心を静めて法を学ぶ時間が少なくなりました。労働教養による迫害に二度遭ったことと相まって、その数年間は本当に心の中で考えることはみな中共に迫害されたことばかりでした。不当に労働教養に科された期間も『洪吟』『洪吟二』『精進要旨』の中の一部の経文など、また『轉法輪』第一講の一部分を暗唱しましたが、やり通すことができませんでした。系統的に法を学ぶことができませんでした。そこで私は同修のアドバイスを受け入れ『轉法輪』を暗記し始めました。さらに私はずっと暗記していこうと決めました。

 このようにして私は2008年から『轉法輪』を暗記し始めました。はじめは進度が遅く、毎日1、2ページしか暗記できず、頭の中のさまざまな念が妨害しに来ました。思想業も妨害し、さらに狂ったかのようでした。思想業は私の考えの中に「遅すぎる! 毎日3講読めばどれだけ楽しいか、学ぶものもさらに多くなる」と反応しました。さらに「時間を無駄にしすぎている、後ろの方を覚えたら、前の方はみんな忘れてしまうぞ!」と反応しました。

 私は同修と互いに励ましあいながらしばらく続けた後、法を暗唱する効果を本当に実感し、正念を発する時の雑念が少なくなりました。8カ月という時間が経過し、私は『轉法輪』を1回暗唱し終わりました。その時とてもうれしかったのですが「地元のある同修は1999年以前から法を暗唱し、すでに数百回も暗唱し、私は他の人にはまだまだ及ばない」と思いました。私は再び引き続き落ち着いて2回目を暗記し、2回目はだいたい6カ月くらいかけて暗記しました。その後は学法グループで通読するのを除いて、基本的に家で法を暗唱しました。現時点(訳注:2018年11月)でちょうど16回暗唱しました。今(訳注:2018年11月)は通読と暗唱を合わせ、通読も心を静め、基本的に心を静めようと思えば心を静めることができ、学法に集中できず頭が静かにならない妨害を徹底的に取り除きました。法の中の尽きることのない内涵と、師父の洪大な慈悲を本当に体験しました。

 師父の前3冊の『洪吟』を、私は完全に暗唱することができ、すべて目次の順序でしっかりと記憶し『洪吟四』はすでに半分覚えました。『洪吟』を暗唱する過程で、今の人々の貴重さ、大法弟子の責任がとても重いこと、本来の誓いを果たすことの神聖さ、師父が無量の慈悲を以って繰り返された教えを感じました。

 昔からの誓約をかなえる

 私は2008年から法を暗唱し始め、はじめは人を救うことを多く行い、建物の中で真相定期刊行物を配りました。しかし当時(訳注:2008年)制作された定期刊行物は少なく、みんなが配るには不足していました。その後に真相シールを貼るといういい方法を見て、通路で貼り、多くの人が見て、さらに長時間保持し続けることができました。

 始めたばかりの時、勝手がわからないために、私は少量の真相シールだけを持って通路で貼りました。内容はすべて「法輪大法は素晴らしい」「真・善・忍は素晴らしい」「世界は真・善・忍を必要とする」などでした。その後にどのようによりよく行うかという方法について同修と交流し、人々の考えを啓発し真相を伝える多くの短語を明慧ネットで選びました。たとえば「憲法の規定では、国民は信仰の自由を有し、法輪功は中国で合法である」「法輪大法を修煉することは違法ではなく、中共が司法部門に法の番人が法を犯すよう指図している」「中共は法の施行を破った主犯である」「大法弟子がチラシを配り真相を伝えるのは思想と言論の自由であり、信仰の自由を守り、維持するためのものです」でした。さらに「天は中共を滅ぼし脱党すれば平安が保たれる」「大法に優しくする一念で、平安と幸せがもたらされる」でした。赤い字、青い字、金色の文字が、通路で目もさめるばかりにまぶしく光っていました。

 その他にさらにある問題に気付き、通路のさまざまなパイプや電気ボックス、窓ガラスの上、壁にずっと積みあがった一層のほこりは、貼っても長い時間かからずに糊付けした部分がはがれ、角がめくれ上がってしまいました。私が解決した方法は2枚のぼろきれを持ってきて、貼らなければならない場所をぼろきれできれいに拭き、それからきちんと大法の福音を貼り、手で全面を滑らかにし、強く押して、しっかりと貼り付ける、というものでした。このように貼ると多くがみな剥がれず、あるシールは2年後に2回目を貼りに行った時にまだそのまま残っているのを見ました。さらに、ガラス窓は思いのままに貼ることはできず、他の人に嫌がられました。しかし小さいサイズのものは窓のサッシに貼るか、あるいは縦型のシールを貼りました。

 熟練した後は、私は毎日午後に100か百数十枚貼ることができ、すべてのマンションで上から下まで普通は4、5枚貼ることができ、電気ボックスの上には大きめのものを貼りました。だいたい二十数カ所のマンションに行くことができました。このようにして数時間歩き、もし師父のご加持と大法のご加護がなければ、歩けなくなっていました。夏は本当に雨のように汗をかき、冬は厚手の服を着ながらで、中は下着が汗で濡れ、外は寒風が顔に吹き付け、それでも心の中は爽やかで喜びに満ち、なぜなら昔の誓約を叶えているからでした。

 毎晩大法書籍を持って法を暗唱する時、いつも師父のすべての法にみな新たな見解がありました。時間が経ちすぎたので、すでにその時に悟ったことは覚えていませんが、そのような法の内涵を見た時の感覚はまだ覚えています。そのような喜びは今でも記憶に残っています。

 私の職場はフレックスタイム制(従業員が日々の始業・終業時刻を自身で決定して働くことができる制度)なので、仕事量が多くないときはいつも半日で、午後はみな自分の時間でした。毎週私はほとんど4日間午後に真相資料を貼りに行き、時には週5日でした。この過程で、私は少しずつ静かな状態に入り、通路を行ったり来たりする時は周囲に誰もいないかのようでした。周りがいつも静かで、多くの場合は自分がどこにいるのかさえ忘れました。

 私は地元の地区で貼り終わった後、隣の地区に貼りに行き、やはり一筋の道も残さずに行いました。約1年以上経った後、周りの二つの地区は基本的にみな貼り終えました。それから再びいつも重複してもう一度行い、なぜなら多くが剥がされているからでした。このようにして約3年という時間、この時間に私は大きく向上しました。

 正念は邪悪が姿を隠すことを妨害する

 私も何度も間一髪で助かったことがありました。最大のものは2011年の春、大学のキャンパスの家族居住区域で真相シールを貼るためにカバンを背負っていた時でした。あるマンションの5階から下に降りて行い、4階の電気ボックスをちょうど貼り終わり、階下から30代の背の高い若者が駆け寄ってきて、私のえりをつかみました。「あなたは何を貼っているのですか? 行きましょう! 私と警察署に行きましょう!」と叫びました。この突然の襲撃に、私は頭の中が真っ白になり、それから「終わった! 警察に会った」という念が出現しました。続いて頭の中に自動的に労働教養所の一幕一幕の映像が反映されましたが、私は体を沈め、じっとして動きませんでした。その若者は私を動かせず、数回殴り、そして膝を私の股間に上げ、私が体を横にするとその若者は私の太ももを突き上げ、痛みがありました。その若者は今度は手を伸ばしてかばんを奪い「中身は何だ!」と大声をあげました。私はカバンを後ろに引いて、その若者の手を押しのけ、若者がまた奪い、私がまた若者を押しのけました。このようなことを何度も繰り返し、その時に時間が停滞したように私は感じ、しばらくすると、その若者は疲れてしまったようでしたが、にもかかわらず私の襟をつかんで離しませんでした。

 私も落ち着いて「ちょっと聞いてください…」とその若者に言いました。その若者は私の話を聞かず、さらに階下に向かって私を引っ張りました。私は大声で「こんなことをして、あなたにとってのメリットは何ですか?」と言いました。その若者は私を引っ張るのをやめて「私を脅さないでください!」と言いました。この時に私の正念はすでに出てきており「あなたはこのようによい人を扱ってはいけません!」と大きな声ではっきりと言いました。この一言で、思いもかけないことが発生し、その若者は私の襟をつかんでいた両手を「サーッ」とすぐに緩め、その後に数回息をつき・・・。するとその若者の娘が階下でその若者を呼び、その若者は下へ降りていきました。私もその若者の後ろを追いかけ、距離はたった2、3メートルしか離れていませんでした。さっきまではまだ荒れ狂う風雨のようだったのが、瞬く間にすでに何事もなく平穏になりました。

 私たち2人は抜きつ抜かれつしながら下に降りてマンションの門を出て、私は突然その若者に話があるということを思いつき「ご幸運をお祈りします」と言いました。その若者ははっきりと聞いていませんでした。私は再び大声で「ご幸運をお祈りします」と言いました。その若者は少し感動したかのように、少し思案し、優しく「もうここに来てはいけません」と言いました。私は足を引きずりながら帰りました。足はその若者に痛めつけられ、半月以上痛みが続きました。

この出来事は「もし困難の前で、念が非常に正しければ、邪悪の迫害や妨害を前にするとき、あなたが言った、正念の強い一言は邪悪を直ちに解体することができ(拍手)邪悪に利用された人はすぐに逃げてしまい、邪悪のあなたに対する迫害はすぐに消え、邪悪のあなたに対する妨害を即刻になくすことができます。正しい信念というこの一念だけですが、この正念を守りきることができる人は、最後まで歩むことができ、大法によって造られた偉大な神になるのです」 [1]という師父の説法を実証していました。この法を学ぶたびに、私は間一髪で助かったこの出来事を思い出します。

 正念を発して同修を救う

 2009年以前、私は正念を発してもいつも心を静めることができませんでした。頭の中で「滅」という字をできるかぎり残しておくだけで、深く入っていくことはありませんでした。その数年間、明慧ネットではいつも長時間正念を発して悪を取り除く文章があり、私はそれらの文章を見た後「私も長時間正念を発するべきだ」と思い、その時の正念を発する状態を変えるべきだと思いました。周りの同修も賛同し、私たちは毎週日曜日の午前中に法を学び始め、午後に2時間正念を発して地元の邪悪要素を取り除きました。実際にやってみてはじめてその難しさを実感しました。もともといつも10分間しか正念を発せず、考えが静まらないうちに時間が来ていたので、効果は推して知るべしでした。長時間正念を発し始めたばかりの時、30分間に一度手印を変え、合わせて2時間正念を発しました。みんな立掌して手首が痛み、背中も痛み、足も痛みましたが、時間までやり通しました。約1カ月後、私の手は痛くなくなり、腰と足もずっと良くなりました。1時間正念を発した後、雑念が少なくなりました。法を暗唱する進展に従い、真相を伝えるにつれて、正念を発する時の威力と、全身がエネルギーの中に座っているという感覚を私は感じました。

 私たちからそう遠くないある街で、十数人の年配の同修が毎日一緒に法を学んでいました。その年のある日ちょうど法を学んでいた時、警官に思いがけなく見つかり留置場まで連行されました。私たちの周りの同修は協力して救助するために正念を発し始めました。私の職場は早く仕事が終わるので、私は毎日午後に地元の610弁公室、国保大隊(法輪功迫害の実行機関。以下、国保)、警察署に対して2時間正念を発し、警官を操り大法弟子を迫害する邪悪を除去しました。周りの同修も同時に2、3人で一緒に正念を発しました。結果は15日経っても同修はまだ戻ってきませんでした。

 みんなは交流した後、いつ解放されるのかということをもう考えずに、正念を発して邪悪を取り除き、さらに同修は家族と協力して同修の解放を要求し、さらに引き続きやり続けました。私が約20日間正念を発した時、私はある種の疲労を感じ、骨の髄まで疲れを感じ、煉功をしてやっとよくなりました。しかしやはり引き続き長時間堅持して邪悪を取り除き続けました。約35日後、私は沈黙の中で突然「彼らが帰ってきた」という一念が頭に現れました。翌日に聞きに行くと、十数人の年配の同修はすべて戻ってきました。今回の迫害停止の呼びかけを通して、みんなは正念の威力と集団で協力する重要性を本当に経験しました。

 私は、法を暗唱することで修煉状態を徹底的に変えた

 2008年以降、だいたい3年という時間の中で、私は法を暗唱し、しっかりと真相短語を貼り付け、毎週1回長時間正念を発し、私は修煉状態を徹底的に変え、学法に集中できず煉功と発正念で心が静かにならない状態から逃れました。常人の中で仕事を行うのも落ち着きを取り戻し、毎日ばらばらの時間で師父の『洪吟』から『洪吟四』までを暗唱し、常人の考えがだんだん少なくなりました。思い出してみると、その数年間は私の修煉の道での転換点で、本当に着実に修めることへの始まりでした。

 現在(訳注:2018年11月)振り返ってみると私は法を実証しに北京に行ったその年に、不当に二度労働教養を科される中で中共によるいわゆる「転向」はせず、師父が私のその心を大切にしてくださり私を保護してくださったのでした。ここまで書いて広大な師父の恩を感じれば感じるほど、報いることができない自分が恥ずかしくなりました。大法弟子のすべてはみな師父が与えてくださったものです。

 以上が私の修煉過程の一部の記録であり、法に符合していないところがあれば同修のご指摘をお願い致します。

 師父に感謝申し上げます!

 同修の皆さんに感謝申し上げます!

 合掌

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法七』「米国西部国際法会での説法」

 (明慧ネット第15回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/11/7/376574.html)
 
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