明慧法会|人を救うことが第一である(一)
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文/中国遼寧省の大法弟子

 【明慧日本2021年11月30日】

 尊敬する師父、こんにちは!
 同修の皆さん、こんにちは!

 私はもうすぐ60歳になる農村の大法弟子です。22年修煉しており、仕事は主に内装工事をしています。どの家の仕事をしても、私は「真・善・忍」の法理に基づいて行動し、すべての事において他人のことを第一に考えるようにしています。内装工事では、できるだけ材料の節約をしています。

 師父が按排してくださった縁のある人たちに大法の真相、大法の素晴らしさ、大法が受けている迫害の実態を伝えています。仕事がないときはアルバイトに出かけ、時間を見つけて真相を伝える定期刊行物を配り、ステッカーを貼り、横断幕を掛けました。

 これぐらいの苦しみは何でもない

 師父は、「法を正す時期の大法弟子にとって、個人の解脱は修煉の目的ではありません。衆生を救い済度することこそ、皆さんがやって来た時の大きな願いであり、法が正される中で歴史が皆さんに賦与した責任と使命です。ですから、大量の衆生は皆さんが救い済度する対象になります」[1]とおっしゃいました。

 疫病が爆発し、真相を伝えることが急務となり、私は真相作り拠点から真相資料を100枚、200枚、300枚と持ち帰り、自分で製本や袋詰めをしました。ときには当地の同修に分け与え、残りは真冬の寒さの中で同修の妻と一緒に一軒一軒配りました。

 肌を刺すような寒さで、口と鼻が凍りつき、指先の激痛は心まで痛みます。一部の資料を配り終えると、ときにはハードルを下げたくなり、続けるべきか? それとも止めるべきか? と考えてしまいます。しかし、師父は私を苦難から救い出し、私のために、あまりにも多くのことを引き受けてくださいました。これぐらいの苦しみは何でもなく、真相を伝えて世人を救うことが、私の責任であり使命なので、人を救うことを止めてはいけません。

 真相の定期刊行物を配る

 正月あけ、息子夫婦は街に帰り、妻も仕事のために街に行き、家は私一人になりました。毎朝、煉功したあと6時の正念を発し、『轉法輪』を一講読んでいます。午後は師父の各地での説法を学ぶか、『洪吟』を読みます。残りの時間は食事を作ったり、オンドルを温めたり、暖炉を焚いたり、毎日忙しくしています。私は心の中で人を救わばければならないと考え、市に行って真相の定期刊行物を配ることにしました。

 真相の定期刊行物を配ることを話したついでに、言わなければならない出来事があります。この前、市に真相の定期刊行物を配りに行き、『天賜洪福(天から賜った大きな福)』をある自転車のかごに入れました。私は歩きながら振り向いてその自転車を見ていると、ある人が自転車に向かって歩いていき、定期刊行物を手に取り、ちょっと読んで自転車のかごに戻しました。この人は同じ村の劉おじさんではありませんか? 私は村に戻り、定期刊行物を劉おじさんの自転車かごに入れたことを妻に話しました。数日後、妻は劉さんの家に遊びに行きました。オンドルの上に『天賜洪福』が置かれているのを見た妻は、「おばさん、真相の小冊子を読んでいたのですか?」と聞くと、劉さんの奥さんは、「おじさん(劉さんの主人)が市でものを売っていたら、誰かがその冊子を自転車のかごに入れたのです。おじさんはこの冊子を読んだ後、私と一緒に話したり笑ったりするようになりました。以前は毎日、うなだれてものも言わず、私と敵のように接していましたが、今は別人のようになり、この法輪功の冊子はすごい、素晴らしい!  私も読まなければならない」と言いました。妻は「そのとおりです! 読む人が恩恵を受けるのです」と言ったそうです。帰って来た妻はこのことを私に話し、私もとても嬉しくなりました。 師父はこの出来事を通して、もっと真相を伝え多くの世人を済度するようにと、弟子を励ましておられるのだと思いました。

 人を救うことが第一である

 2020年1月11日、私は充実した一日を過ごしました。この日の朝早く、私は自転車に乗り寒風の中を市まで行きました。正月明けということもあり、風は冷たく、市に行く人はあまりいなかったのです。 私は38部の小冊子といくつかのQRコード入りのカードを持っていきましたが、この場所で配るには小冊子だけで十分足りると思い、QRコード入りのカードをジャケットのポケットに入れ、発正念をしながら小冊子を配りました。 師父のご加持とお守りのもと、無事に配り終えることができました。

 QRコードのカードを配るには、携帯電話でコードを読み取ることのできる人を探さなければなりません。 というのも、田舎にはお年寄りが多いので、私がこの市にくるには、車で市に来る人を探して乗せてもらわなければならなかったのです。ジャケットのポケットから真相のカードを取り出しながら、終わったらランタンフェスティバルのために何か買って帰ろうと思いました。ポケットを触ってみるとお金が入っていなかったので、買い物をするどころではありませんでした。 確かに 、大晦日の前に400元をポケットに入れていたことを思い出しました。 私の記憶は間違いがなく、もしかすると カードを取り出すときにお金を落としたのではないでしょうか? 私はカードを見たのですが、お金は見つかりませんでした。

 そこで私は師父がおっしゃられたことを思い出しました「天が落ちても、修煉者の正念は動じない、これこそ修煉であり、素晴らしいのです。(拍手) 修煉者は世の中のいかなることにも執着してはいません」[2]。このとき人を救う心がさらに揺るぎないものとなり、カードを取り出して乗用車に置き始めました。

 カードを配る最中に奇跡が現れました。400元のお金が磁石のように2枚のカードに挟まれ、100元4枚がカードの下にぶら下がっていました。 この日は風が強く、それまでにカードを調べましたが、お金は見つけることができませんでした。 本当に奇跡です。師父は人を救うことを第一に考えるように啓示してくださったのです。

 法輪大法を修煉する前の私であれば、このようには思わなかったことでしょう。400元は農村の人にとっては少ない金額ではなく、穀物を売っても、何キロの穀物を売れば400元になるでしょうか?  法輪大法を修煉しているいま、師父が決めて下さるので、私は自分がすべきことを行うだけなのです。

 今年もランタンフェスティバルを迎え、街に住む人の多くが田舎に帰って祝日を過ごしています。1月14日の夜、私は1人で自転車に乗り往復50キロの場所へ、「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」の横断幕を掛けに行きました。真相の横断幕が月光に照らされて輝き、山道を越えて汗だくになった私は、暑さと寒さが交錯して、霜が降りたように髪の毛が白くなっていました。。

 (続く)

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨三』「人心を放下し、世の人々を救い済度する」
 [2] 李洪志師父の経文:『アジア太平洋地区学習者会議での説法』

 (明慧ネット第18回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/11/18/433266.html)
 
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