黒竜江省ジャムス市の康愛芬さんが迫害死(二)
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 明慧日本2021年12月11日】(前号より続く

 七、江沢民告訴 警官からの嫌がらせ

 康さんは2015年、法輪功迫害を引き起こした江沢民を実名で告訴した。

'法轮功学员康爱芬早期照片'

康愛芬さん

 2015年7月31日朝6時15分、ジャムス市前進公安分局中山派出所の警官4人は、康さんの自宅へ行き、嫌がらせをした。

 八、派出所の警官にドアを叩かれる

 2017年9月、中山派出所の警官は再び康さんの家に行き、ドアを叩いた。しかし返事はなかった。

 九、警官に家宅捜索され 放浪生活せざるを得なかった

 2019年7月25日以降、ジャムス市の警官は学習者に対して大規模な連行・家宅捜索、嫌がらせを行った。

 同年7月29日、中山派出所の警官8〜9人が康さんの家に行き、留守にもかかわらずドアをこじ開けて侵入し、家宅捜索した。警官らは法輪功書籍50数冊、法輪功創始者の写真、『共産主義の最終目的』30数冊、法輪功の真実が書かれている年画、パソコン、プリンター2台、印刷用紙6箱、現金1万8000元、身分証明証、WiFiインターネット用ルーターなどの私物を押収した。康さんの夫が他の地方から帰宅したところ、持っていた自宅の鍵ではドアを開けられなかった。仕方なくドアを壊して入ったが、家財は散らかっていた。家から離れた康さんは、ネットで手配された。

 十、7回目の連行 迫害により死亡

 2021年6月17日の朝、前進公安分局の国保の警官は康さんの家に行き、康さんを連行した。

 当日朝8時過ぎ、康さんの夫は孫を学校へ送った後、家に入ろうとしたところ、上の階段から降りてきた私服警官6、7人が警官だと名乗り身分証明を提示した。

 警官らは強行的に康さんの家に入った。警官2人は康さんを身動きができないようにし、他の警官は家宅捜索を始めた。法輪功書籍40冊、法輪功の真実が書かれた紙幣2000元、携帯電話などの私物を押収した。ある警官は康さんに「あなたが帽子を被って出かけても、俺らはあなたのことがわかるぞ」と言った。

 夫は警官に康さんを連行する理由を聞いたが、警官は「上からの命令だ」と答えた。

 康さんは連行に抵抗したが、警官に前進公安分局の国保まで連行された。尋問後、警官は康さんをジャムス市センター病院に連れて行き、身体検査をさせた。一日中歩きまわされた康さんは血圧が220mm Hgまで上昇し、歩行困難になった。にもかかわらず警官は康さんを同市の留置場に送った。留置場側は康さんの様子を見て入所を拒否したが、警官らは無理矢理に康さんを留置場に入れた。

 留置場で康さんは昏睡状態になり、「食事をしていなかったためだ」と留置場の警官が勝手に考え、康さんに強制的に灌食を行った。それによって康さんは心臓病を引き起こし、失明状態になった。このような状態を持続して5〜6日後、留置場側が康さんに内容不明な薬物を点滴し始めた。7日間連続して点滴を受けた康さんは病状が悪化した。

 その後、両腕が腫れ、点滴しても薬が入らなかったため、康さんは飲み薬を強要された。点滴で康さんは全身が腫れ、呼吸困難で横になれず、目が見えない状態だった。さらに不眠症になり、血圧が220mm Hgの状態が2カ月ほど続いた。

 生命の危機状態になった康さんは2021年8月17日、「居住監視」の条件で帰宅した。

 2021年10月14日、前進公安分局は康さんの案件を前進区検察庁に移した。

 2021年10月22日、康さんの案件が再度、前進区検察庁から向陽区検察庁に転送された。

 帰宅した康さんの健康状態はよくならず、食べ物を見ると気持ちが悪くなり嘔吐した。ある日、多くの黒いものを吐き出した。両足の腫れでとても苦しかった。

 しかし、国保の警官とコミニュニティの職員が2週間に1度康さんの家に来て、騒がした。10数人が来る日もあった。彼らが来るたび、康さんは心身ともにダメージを受けた。

 2021年10月28日午前、国保の警官3人は康さんの家に行き、康さんを支えて強制的にパトカーに乗せ、向陽区裁判所へ向かった。康さんは連れて行かれる目的を教えてもらえなかった。裁判所に着いた警官は、裁判所員と話すうちに口論になっていた。その後、康さんは警官に家に送られた。

 11月8日、向陽区検察庁の検察官3人は康さんの家に行き、康さんに「起訴書」を渡した。

 11月10日、国保の警官3人とコミュ二ティの職員1人は医者1人を連れて康さんの家に行き、康さんに病院へ行くように勧めた。

 11月15日午前、向陽区検察庁の2人と国保の警官1人は康さんの家へ行き、「被疑者の訴訟権利に関する通知」を康さんに渡しサインを要求したが、康さんは拒否した。そして、康さんの夫にもサインを求めたが拒まれた。

 繰り返し嫌がらせを受けた康さんは耐えられなくなり、2021年11月17日に徐々に回復していた視力は再び失明状態になった。

'康爱芬含冤离世'

亡くなった康愛芬さん

 そして、2021年11月18日朝5時40分、康さんは無念を晴らせないままこの世を去った。享年64歳。

(完)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/12/5/434385.html)
 
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