明慧法会|86歳の年配の教授 人生の激変の中で使命を忘れず(一)
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文/中国の大法弟子

明慧日本2021年12月22日】

 師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 私は1996年に修煉を始めた弟子で、今年86歳です。退職する前、某大学(学院)の学部主任を務め、准教授でした。ここでこの2年間の修煉体験と体得を師父に報告し、同修のみなさんと交流したいと思います。

 魔難のなか師と法を信じ、自分の使命を忘れず

 この2年間は、私にとってただならぬ2年でした。妻が亡くなり、パンデミックが続き、社会情勢や家庭環境などにも非常に大きな変化が発生し、私の生活や真相を伝える方法が変わりました。しかし、大法を固く信じ修めることと、師を助けて法を正し、人を救うことには影響されませんでした。苦しみと孤独の中、真・善・忍を以って自分の言動を律し、師父の加護の下、しっかりと乗り越え、自分の心身もさらに浄化され、向上しました。

 私の妻は大法を修煉していませんでしたが、『轉法輪』を読んだことがあり、ずっと私の修煉を支持し、師を助けて法を正すことを多く手伝ってくれました。13年前、妻は乳がんを患い、手術を受け、放射線、化学療法を受け、大変な苦しみを舐めつくしました。10年前には、48歳の娘がリンパ腫で亡くなりました。娘を先に送った私たち夫婦はこの世で最も大きな苦しみを舐めました。2年前、妻は食道がんを患い、様々な治療を受けましたが、1年前に亡くなりました。これは私にとって青天の霹靂のようなものでした。私たちは恋をし、結婚してから62年間も共にしてきましたが、今暖かい家庭が突然崩壊し、孤独、寂しさ、悲しみ、思念だけが続きました。妻の姿、声や笑顔、影が形に添うようになり、なかなか手放すことができず、毎日涙を流していました。

 悲しみの魔難の中で、大法は私に正しい信念と力を与えて下さいました。私は法を正す時期の大法弟子であり、使命があることをしっかり覚えていました。妻が危篤状態で入院していた2カ月間も、私は責任を尽くして全力で説法を聞き、法を暗唱し、煉功し、発正念をし、真相を伝えました。妻は一人部屋にいたので、条件が良く、私の修煉にはあまり影響がありませんでした。毎晩12時に看護師さんが妻の様子を確認し、交替していましたが、私が発正念し、五式の功法を煉っているのをみて、いつも私にうなずいて褒めてくれました。私は同じ病棟の患者さんやご家族、介護者や清掃員の方々にも、常に慈悲で穏やかな心で真相を伝え、7人に三退を勧めることができました。

 私と妻は、いつも礼儀正しく、丁寧で親切な態度で医師や看護師に接しました。担当医は何度も「あなたたちはなぜこんなに優秀なんですか」と言っていました。妻が亡くなった時、医師は私の背中を何度も軽く叩き、弔いの言葉を述べ、大事にするように慰めてくれました。病棟の主任は妻に花輪を贈ってくれました。

 師父は次のように説かれました。「とにかく人類社会のすべてのことが情から出ています。この情を断ち切らなければ、修煉することはできません」[1]、「法は一切の執着を打破することができ、一切の邪悪を打破することができ、一切の虚言を排除することができ、法は正念を固めることができるのです」[2]

 内に向けて探すと、私は妻への情があまりにも強すぎて、生活の中で妻に依頼しすぎていたことがわかりました。以前は、人間関係、衣食住、日常生活の必需品、買い物、お金の管理など、すべてのことを妻が担当していました。妻のお陰で私は洗濯、料理、介護などの手伝いをする以外は、ほとんどの時間を大法弟子として行なうべき三つのことに費やすことができました。しかし、魔難がこれほど早く私の身に起こり、妻がいなくなり、生活環境や修煉方法が根本的に変わってしまうとは思いませんでした。師父は次のように説かれました。「大法を修めたから、これらの魔難が前倒しでやってきました。受けた圧力が強く、心性に対する試練をなかなか乗り越えにくく、時に大きな関に遭いますが、なんと言ってもこれらの魔難は必ず去っていくのです。全部清算され、勘定されるのです。(みな笑って) これはとても良いことではありませんか? ですから、良いことにあっても、悪いことに遭っても、大法さえ修めていれば、全ては良いことです。これは揺るぎのないことです」[3]

 しばらくして、私は徐々に魔難から解放されるようになりました。魔難を突破する中、私は改めて大法の力と偉大さを実感しました。

 精進して着実に修め 心性を向上させる

 妻が去った後、私は一人暮らしをして、毎日息子の家にお昼を食べに行っていました(お手伝いさんがいて、食材を買って食事を作ってくれています)。朝ごはんと夕飯は自分で解決しましたが、気にかけることなく、何でもよく、お腹がいっぱいになればよかったのです。こうして、自分の時間がさらに多くなり、さらに自由になり、心配することもなくなり、妨害もなく、やりたいことができ、一日中、大法弟子の行うべき三つのことを行うようになりました。基本的に毎日、朝は法を暗記し、動功と発正念をし、午前中は真相を伝えに外に出かけ、その後発正念をし、午後にはインターネットに繋いで明慧ネットの文章を読み、夕方6時に発正念し、夜には学法と坐禅をし、夜12時の発正念後、休みます。

 私は以前から金銭や利益を心性を向上させる試練と見なし軽く見て、放下できていました。

 10年以上前から、うちで法輪功の資料作成をはじめていて、6~7人の大法弟子に、師父の新しい経文や明慧の資料を提供しています。彼らは皆、年配者でパソコンの使い方を知らず、明慧ネットの文章を直接読むことができません。これらの資料は同修らが法を正す形勢にしっかりついていき、精進し、着実に修めることに重要な作用を働きます。この資料拠点を維持するために、私と妻は心と力を尽くしていました。今まで、4台のコンピューター、3台のプリンター、そしてすべての消耗品を自費で購入し、同修からは1円ももらっていません。妻が亡くなった後、すべてを自分一人でやるしかなかったのですが、私は、やるべきことをタイムリーにこなすことができました。

 ある同修も家庭資料拠点を維持していましたが、彼が作る大法の真相資料や、お守り、真相の入ったUSBメモリー、大法の書籍はきれいで、実用性と品質が高かったため、同修はみな気に入っていましたが、かかる費用も高かったのです。しかし、その同修はほかの同修に金銭的な援助を求めたことはありません。私は彼のことをよく知っています。3カ月前、彼が経済的に困難な状況に陥ったことを知り、問題解決のためにすぐに4000元を渡しました。彼は受け取ろうとしませんでしたが、私が何度も説明して、やっと受け取ってくれました。また「このお金は大法の資料作成だけに使います。使う度に帳簿に書き、絶対に自分のためには使いません」と言いました。彼の言動は、大法弟子としての高尚な品性を現し、私は深く感動しました。

 妻の死去から半年が経過したある日、偶々妻の銀行カードに給与が支払われていることに気付きました。給与や葬儀費用の支払いに関する具体的なルールがよくわからなかったのですが、誤って支払われている可能性があるのではないかと思いました。もし過払い金であれば、返金しなければなりません。大法弟子にとって、これはごく普通なことであり、正しく対処しなければなりません。そこで、確認のため年金サービスセンターに行きました。対応してくれたのは若い男性で、資料を確認した後、「半年間、合計4万元以上の過払い金が発生しています」と言いました。

 彼はすぐに妻の勤め先に電話して確認しましたが、面白いことに、彼女の勤め先の担当者は、「本人に来るように伝えてください!」と答えたのです。その若者はすぐに「その人はもう亡くなったのに、どうやってそちらにいけますか! なぜタイムリーに報告しなかったのですか?」と叫びました。電話に出た人は、ようやく状況が理解できました。しばらく話をした後、若者は「彼女の家族がここにいますから、私が彼と相談します」と言い、私に「本当に申し訳ございません。我々が間違って振り込みました。申し訳ございませんが、銀行に行き、私たちに返金して頂けますか」と言い、社会保険センターが指定した指定銀行口座と口座番号を取り出して、私に渡してくれました。

 私は爽やかに「今日ここに来たのは、事情を確認し返金するためです。今から携帯電話で銀行から振り込みます」と言いました。そして、彼が指定した銀行口座に4万元以上を振り込みました。彼が予想していなかったのは、普段なら非常に難しいと思われる問題がすぐに解決され、しかも私が自らやったことでした。会話中、私の身分を知り、驚いた彼は、感謝の言葉を何度も述べ、「あなたはやっぱり教授ですね! 高い素質を持っておられますね! ありがとうございます」と言ってくれました。

 身の安全のため、普段私は自分が大法弟子であることを明らかにしませんが、その時、少し考えた後、これは法を実証し、衆生を救う良い機会だと思い、その若者に誠意を持って次のように伝えました。「これは教授とは何の関係もありません。現在、多くの教授が道徳的に堕落しており、腐敗し、乱れたことをやっています。本当のことを言いますと、私は法輪功の修煉者です。今は法輪功だけが浄土であり、法輪功を修煉する人はみなこう対応します」

 その時、その若者の上司と思われる若い女性がやってきました。若者が彼女にしばらく、軽い声で耳打ちした後、その女性は私に「法輪功の人はとても素質が高いですね! 本当にありがとうございました! 道理をわきまえない人に出会ってしまったら大変なことになります。その場合、勤務先にお金を回収するよう依頼するしかなく、大変なことになります」と言いました。周りのスタッフもみな、その一部始終を見ていましたので、皆、笑顔で尊敬する目つきで私を見ていました。

 知恵を以って真相をはっきり伝え 慈悲を以って世の人々を救う

 私は42年間教職に就いていました。大学と中学校で教鞭をとったことがあり、たくさんの学生に教えました。毎年多くの学生との集まりに参加し、また学校では毎年定年退職者を対象とした様々な活動を行っていますが、これらは私に真相を伝える良い機会を与えてくれ、私にとっては衆生を救うための主な場所になっていました。毎回少なくとも3、5人、普段は十数人、一番多い場合は42人に共産党の関連組織から脱退してもらいました。この2年間、武漢ウイルスによる大災害の影響で、これらの集まりはすべてなくなってしまい、私も真相を伝えるための主な場所を失ってしまいました。

 師父は私たちに「真相を伝え、衆生を救い、これはすなわちあなたが行うべきことです。これ以外に、あなたが行うべきことはなく、この世界であなたが行うべきことはありません」[4]と説かれました。

 このようにして、私は真相を伝える方法を変えなければなりませんでした。私は自分の実際の状況に合わせて、真相を伝え、世の人々を救うために、公園や湖畔に行くことを選びました。そこには退職した人が多く、椅子やベンチがあって、座って人々と長い間話し合うことができ、大法の真相を徹底的に、十分に伝えることができるので、人々が着実に真相を理解し、救われることができるからです。

 1年以上前から、雨が降り、風が吹くなど特別な事情がない限り、私は毎朝バスに乗って出かけます。普段は1人と1時間以上話すことができます。伝える人数は少ないのですが、基本的には毎日1人か2人、或いは3人か5人の人に真相を伝えて、本当に真相を理解して三退できるようにしています。

 同修のみなさんも体験があるだろうと思いますが、真相を伝える過程も自分の心性を向上させる過程です。真相を伝える中、私は師父の教えである「理智をもって法を実証し、智慧をもって真相をはっきりと伝え、慈悲をもって法を広めて世人を救い済度する」[5]に従い、多くの収穫がありました。次に例を挙げます。

 例1:学校の責任者が脱党する

 学校の指導者はみな、省や庁レベルの幹部です。長い間、学生たちに党文化を教え込むことに従事してきたため、必然的に彼ら自身も党文化に深く害され、彼らの形成された観念もすぐには変え難いのです。しかし、彼らは皆、知識人であり、そのほとんどが、生活態度が立派で、勤勉で、不正を働かず公務に専念する人です。校長のAさんもそのような人で、先生や学生から敬愛されていました。しかし、彼の健康状態は極めて悪かったのです。

 私は一心に彼を救いたいと思っていましたが、どうすればいいのでしょうか?  彼とは個人的には親しい関係でしたが、脱党を直接申し出ることはできなかったのです。そうすれば、彼も絶対受け入れにくいはずです。ある同修が以前彼に真相を伝えましたが、彼は「あなたは自分で信じればよい! 我々共産党員はそんな物を信じない」と言って断りました。

 定年退職して家にいてもやることがなかった彼は、パソコンでニュースを読むことが好きだったので、私が自らネット封鎖を突破するソフト「自由の扉」をインストールして、彼に真実のニュースを見られるようにしてあげたところ、喜んでくれました。2年前、彼は重病を患って入院し、心肺機能が非常に低下して医師も手に負えなくなりました。子供たちはみなアメリカにいて、妻は70代になっていたので、栄養のある食べ物を調理するのも追いつかなくなっていました。それを知った私と妻はすぐに行動を起こし、1日おきにチキンスープ、鳩のスープ、魚のスープを作って送りました。同時に、心からの九文字を唱えて命が救われ、病気が治った例や、法輪功の資料を彼のために印刷して渡すと、彼は喜んで受け入れ、とても感謝しました。その時、私は機が熟したと感じ、脱党するよう勧めたところ、彼は快く承諾してくれました。ついに私の願いが叶い、彼は救われ、病状も日々安定してきて、さらに2年ほど延命しました。彼の死後、功能のある人に、彼がとても良い場所に行ったことが見えました。

 また、7・20以降法輪功への迫害を担当した党委員会の副書記のBさんがいます。この人も正直で誠実、清廉で勤勉、親切で無私の人でした。当時、わが校も市内で有名な法輪功の煉功点であり、多い時には100人以上が煉功に参加し、20人以上の教職員と学生が修煉していました。Bさんの保護の下、学校の大法弟子たちは多くの迫害から免れました。例えば、私は市の法輪功輔導站の副輔導員で、市610弁公室の監視・迫害する重点対象でしたが、Bさんは多くの迫害から私を全力で守ってくれました。

 例えば、法輪功への迫害が最も厳しかった2001年、私は「心筋梗塞」の症状で入院しました。(実際は師父が私を守るための症状でした)その間、610弁公室の人たちが私を追跡調査し、迫害しようとしましたが、Bさんに厳しく拒否されました。「彼は今入院して治療を受けている、彼の人柄を私たちははっきりわかっているので、いつもしつこくするのはやめてください。何かがあったら、退院するまで待っていてください」と言いました。Bさんは自ら病院に来て、私を慰めてくれました。また例えば、市の気功科学研究会はいわゆる「功績」を作ろうとして、私が法輪功を修煉していることを理由に、私の常務理事を除名するために市内の各機関に指令文書を発行しましたが、Bさんは学校党委員会の名義で電話して問い詰め、同研究会に新しい文書を発行させ、元の指令文書を取り消させました。

 法輪功修煉者を保護してくれたこのような正直で親切な書記に対して、私はずっと彼を救うために真相を伝えようと考えていました。彼の奥さんと私の妻はとても仲が良く、私は妻に彼の奥さんを説得して彼らに脱党してもらうよう頼みました。Bさんの奥さんは政治に関与しないということを理由に拒否しました。その後、私は彼に直接、共産党の腐敗や邪悪な事例を何度も伝え、邪党の本質をはっきり認識してもらいました。

 先日、Bさん夫妻が出席された小さなディナーパーティーで、同修のひとりが、自分が脳梗塞で突然麻痺して動けなくなった時、正念を以って2日足らずで健康を取り戻した話をしてくれ、その場にいた全員を深く感動させました。私はその場を借りて、Bさんが如何に学校の大法弟子を守ってくれたかを述べ、心から感謝を示しました。

 食事の後、Bさんを見送る途中、私は親切で誠実な気持ちで彼にこう言いました。「法輪功への極端で残酷な迫害の時代に、あなたは私を多くの迫害から守ってくれました。そうでなければ、私はとっくに迫害されて死んでいたかもしれません。私はあなたの恩に報いることはできません。今日私は心からあなたに脱党を勧めます。あなたは何の手続きをする必要もなく、ただ同意すればいいのです」。その時、私は人を救いたいという慈悲心を持っていたため、話す時、目に涙が浮かび、声を詰まらせずにはいられませんでした。彼は真に感動し、急いで私の片腕に手を回して、続けざまに「同意します! 同意します!」と言いました。こうして、一人の党書記が救われ、長い間の私の願いが適いました。

 (続く

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の著作:『精進要旨二』「妨害を排除せよ」
 [3] 李洪志師父の著作:『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』
 [4] 李洪志師父の経文:『二〇一五年ニューヨーク法会での説法』
 [5] 李洪志師父の著作:『精進要旨二』「理性」
 [6] 李洪志師父の経文:『台湾法会へ』
 [7] 李洪志師父の経文:『二〇一八年ワシントンD.C.での説法』

 (明慧ネット第18回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/11/18/433161.html)
 
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