遼寧省の劉吉治さんが当局に迫害された事実
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 【明慧日本2022年10月7日】遼寧省大連市在住の法輪功学習者・劉吉治さん(51歳男性)は、1997年に法輪功を学びはじめ、1999年7月20日、中国共産党が法輪功を迫害し始めた当日、当局に連行された。その後、2度強制労働を受け、複数回にわたって拘禁された。

 法輪功は世界の人々に親しまれる精神修養法であるが、1999年以来、中国共産党によって迫害されている。

 劉さんは1999年7月20日、大連市政府の前で連行された。劉さんは1日拘留された後、釈放された。

 2001年1月26日、劉さんは法輪功迫害の事実に関する資料を配布していた時、警官らに尾行され、騙されて営城子派出所に連行され、拷問で他の学習者の名前を聞き出すように尋問された。

 警官は劉さんの背中に手錠をかけた。手錠は非常にきつく、肉に食い込み、両手は腫れ上がった。また、警官らは劉さんの太ももにビール瓶をぶつけ、胸を殴り、タバコの煙を吹きかけた。その後、劉さんは南関嶺拘置所に連行され、30日余り拘禁された。

 2001年3月1日、劉さんは大連労働教養所に連行され、懲役1年の刑を科した。労働教養所の警官らは交互に劉さんを殴り続けた。その結果、劉さんは左耳の聴力を失った。2002年2月28日、劉さんは釈放された。

 2002年5月26日、劉さんは法輪功迫害の事実に関する資料を配布したとき、真相を知らない人に通報された。劉さんはまもなく連行され、旅順拘置所に連行され、そこで30日間拘禁された。同年6月25日に再び大連労働教養所に連行され、2年間の服役を命じられた。2003年10月12日に釈放された。

 2度目の強制労働の期間中、村長・劉万宏は全国人民代表大会代表の益泉泓とともに劉さんの土地の一部を占拠し、そこに食品加工工場を建設した。劉さんのもう一つの土地も押さえられ、大きなプールが建てられた。しかし、劉さんには何の補償もなかった。

 2004年、当時の公安部長の周永康が大連を訪れ、法輪功学習者の一斉連行を画策した。劉さんはなんとか逃げ出したものの、放浪生活を余儀なくされた。

 2008年7月13日、警察は劉さんの携帯電話を監視し、追跡して、連行した。警察は長嶺派出所に連行し、現地610弁公室の曹善松、焦建、毛亮らが劉さんを拷問した。雑誌を丸めて顔を殴り、マスタードオイルを顔に塗り、高電圧のスタンガンで電池が切れるまで電気ショックを与え、顔に唐辛子スプレーを吹き付けた。焦建と曹善松は拷問中に劉さんにこう言った。「お前を殺すのはアリを殺すようなものだ」

酷刑演示:电棍电击

拷問の実演:数本のスタンガンで電気ショックを与える

 その後、警官らは劉さんを南関嶺拘置所に連れて行き、そこで30日間拘禁した後、さらに撫順洗脳班に28日間拘禁された。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/9/8/448959.html)
 
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