中国法会|明慧ネットにアクセスする物語(一)
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年11月19日】

 尊敬なる師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 私は20年以上、法輪大法を修煉しています。 私の修煉の一歩一歩は、師父のお見守りと悟らせのもとで少しずつ進められてきました。

 最近、明慧ネットで技術同修に関する交流文章を読み、自分の修煉過程のことを思い出しました。中共が最も恐れるのは、ネット封鎖を突破することで、私たちが最もすべきことだと思います。そこで、私自身が明慧ネットにアクセスする体験や、その技術サポートをしているときの体験談を紹介したいと思います。

 一、明慧ネットにアクセスする方法をやっと身につけた

 邪悪な中共が法輪大法を迫害し始めたとき、2人の若い学生の同修が北京から真相の資料を持ってきました。彼らと交流する中で、明慧ネットの話に言及したため、私は、「どうしたら明慧ネットにアクセスできるのですか?」と尋ねました。同修は色々と説明してくれましたが、理解できませんでした。しかし、そのきっかけで、明慧ネットにアクセスしたいという気持ちを植え付けてくれました。

 かつてある時、私は1枚の真相資料をもらいました。当時は、1枚の真相資料を入手することも、容易ではありませんでした。この資料をこのまま配ってしまったら、1枚のままで終わります。この資料をパソコンに移して保存すれば、さらに印刷することができるようになると考えたので、パソコン屋さんのところに行き、1時間2元でパソコンをレンタルし、インターネットにも接続できるので、数回に亘ってパソコン屋さんに通い、やっと真相資料の内容を打ち出し、フロッピーディスクに保存しました。

 その真相資料には、明慧ネットへのアクセス方法が書かれていたのですが、使い方がわからなかったので、パソコン屋さんの店員に聞いてみましたが、その店員はネット封鎖というものがあることを知らず、「すべてのウェブサイトがアクセスできる」と言いました。「封鎖されているウェブサイトがある」と言ったら、店員が、「封鎖されるはずがない 」と言い返したのです。この真相資料を店員に見せ、店員は書かれている方法を何度も試したのですが、なかなかアクセスできませんでした。後日、再びこのパソコン屋さんに行ったところ、店に入ったとたん、オーナーの奥さんに罵られました。このオーナーの奥さんが店員に聞いて、私が店で何をしていたのか知ったからです。

 当時は、データをフロッピーディスクに保存しており、フロッピーディスクは今のUSBメモリーのような良質なものではありませんでした。私が使っていたフロッピーディスクは、その真相資料を保存するたびに確認すると、あるエラーが見つかり、またパソコン屋さんに行き、そのエラーを直さなければならないのです。元の店には行けなかったので、別の店に行きました。

 私は道の向こうに立ち、行き先の店を見ながら、少し心が不安になり、入るのを一瞬ためらったのです。フロッピー内のデータのエラーを修正することに専念していたため、道路を渡って店に入って、パソコンの前に座り、フロッピーを入れ、ファイルを開いて見てから、ディスクを取り出して店を出ました。前後数分間でした。

 その時、店内には私服の国家保安警察が監視しているのに、気づかなかったため、私はその後、警察に不法に家宅捜査されて連行されたのです。国家保安大隊長とその運転手はそれぞれ、私の手首を握り、腰にあざができるほど強くパトカーに押し込み、警察署の留置場に不法に収容されました。

 私は中共が大法を迫害し始めた当初から陳情していたため、中共のブラックリストに載せられてしまったのです。その後、不法に家宅捜索、連行や監禁を何度もされ、職場で懲戒され、身柄を拘束されました。夫は1歳の子供と2人きりで、収容所に不法に収監された私の面倒も見なければならなかったのです。夫はとても苦しんで、ものすごいプレッシャーを感じていたので、私に対して不満を抱えており、よく当たり散らしました。しかし、パソコン屋さんの件で私が警察署の留置場に不法に収容された時、夫は私に圧力をかけることなく、積極的に私を救い出すよう助けてくれたのです。夫の積極的な行動のおかげで、その日のうちに私は帰宅することができました。

 2004年、『明慧週刊』のある迫害事件報道で、「このリンクからこの迫害事件に関する海外の報道を読むことができる」というリンクを見ました。そして、このリンクを通して明慧ネットを開こうとしました。初めて明慧ネットにアクセスした時、師父が山中で世間を静観される写真を見ました! 明慧ネットの記事を見ることができました! 驚いて喜ぶと同時に恐怖を感じ、興奮で心臓がドキドキし、自分の心音まで聞こえてきました。今回は数秒見ただけで、恐れて電源を切りました。

 私はようやく明慧ネットにアクセスできるようになりました! それ以来、私は家を見つけ、世界中の大法弟子たちと繋がるようになったのです。

 二、ネットにアクセスするスキルを一つ一つ身につけた

 それらのリンク先をメモしておいて、うまくいかないときは別のリンク先に変えました。いくつかの真実の記事をダウンロードし、真実を伝えるためのチラシに編集し、印刷して原稿として同修に提供しました。これが、私たちの地元の最初の真相資料提供先になりました。その後、同修が立ち上げた技術フォーラムでさらに技術を学びましたが、よく理解できなかったので、一歩一歩試していきました。

 ある日、市街に行ったら、道端でCDを売っている屋台があったので、見に行ったところ、システムディスクを見つけて買いました。技術フォーラムで提供された方法に従い、パソコンシステムの初期化や更新などを学び、その技術を身につけました。その後、フォーラムの技術同修がすべてのシステムディスクがそのまま使えるわけではなく、チェックが必要だという投稿を見たため、そのチェック方法に従い、フォーラムに相談した結果、私の持っているシステムディスクは使えるという回答でした。当時は、何も知らずに買ったディスクが、たまたま使えるものが手に入っただけで、ラッキーとしか思っていませんでした。その後、これは自分がラッキーではなく、師父が常に弟子を見守ってくださっていると悟りました。師父の段取りがなければ、当時の私はシステムディスクのことさえ知らず、どうしてたまたま道端の屋台で使えるシステムディスクを買ったのでしょうか?

 ある時、一時期に心が不安定で、ネットの安全性に疑問を持ち、しばらくネットにアクセスしなくなったのです。1カ月ほど経って、明慧ネットがずっと見られないと、糸の切れた凧のようになり、辛くなったため、「だめだ! 明慧ネットにアクセスしないと」と思い、パソコンの前に座り、気を取り直してネットにアクセスし始めました。明慧ネットのホームページを開くと、ここ数日ネットに接続しなかった辛さが一気に吹き飛びました。

 ある時、大容量の音声ファイルをダウンロードしようとして、数日間ダウンロードしていましたが、通信が不安定で、なかなかダウンロードが終わらなかったのです。そして、パソコンの前の椅子に座り結跏趺坐をし、掌を立て発正念をしました。パソコンに表示されているダウンロードの進行状況を見ながら、すべて終わるまではずっと発正念を続けました。夫が部屋に入ってこれを見て、「その心意気なら、何でもできる!」と言いました。師父が夫の口を使って私を励ましてくださったと思いました。

 時々、しばらくの間、ネットの通信環境がよくなったため、ダウンロードしたファイルを何気なくパソコンに保存していたことがありました。ある日、夫が突然、「ファイルが暗号化されていないか?  また緩めたんだね!」と指摘してくれました。夫は修煉しておらず、パソコンのこともよく知らないので、師父が夫の口を借りて、私に気づかせてくださったのだと思いました。当時は、暗号化システムがあることを知りませんでした。当時の暗号化は、簡単なファイルの暗号化を行うだけでした。

 初めて自宅で真相資料を印刷した時、夫に見られるのが怖かったのです。しかし、その時、これらの真相資料が緊急に必要になったので、夫が寝静まった夜に印刷を開始することにしました。私は遮音性の低い古い建物に住んでいましたが、真相資料が緊急に必要だったため、気にせずに印刷してしまいました。翌朝夫が、「昨日はよく寝た」と言ったのです。夫は今までそんなことを言ったことはなかったので、これは師父が励ましてくださったのだとわかりました。印刷の音は家族の休息を妨げないだけでなく、安眠を与えてくれたのです。

 三、安全なネットにアクセスするためのインストール技術を学ぶ

 明慧ネットにアクセスする技術を同修に広めたいと思いましたが、同修の安全に責任を持たなければならないと思い、安全なパソコンシステムを導入するための技術を学ばなければいけません。毎日パソコンの前に座りフォーラムでその技術の勉強をしました。時には、ある問題を解決するために、何日も何度も何度も試行錯誤を繰り返したこともありました。時にはある技術を検証するために、徹夜でやったこともありました。

 勉強の過程では、ウイルス対策ソフトやファイアウォールというセキュリティ技術に関わっており、私はそれらをインストールすることができなかったのです。この時、都市部から帰ってきたA同修の14、15歳の息子が、都市部で同修からもらった数枚のCDをくれました。その中には、システムをインストールするためのディスクや、よく使うソフトのディスクも含まれていました。Aさんの息子の子供同修がこれらの問題を解決してくれました。この子供同修を段取りしてくださったのは師父だとわかりました。

 初めて暗号化システムのインストール方法を学ぶ時、分厚いマニュアルを見ても、分からない用語が多く、まるで神仙のお筆先を読んでいるような気分でした。一歩一歩進んで繰り返して試したことで、ようやく暗号システムをインストールする方法を身につけました。当時、明慧ネットにアクセスするのに、家族に完全に理解してもらっていない家庭環境が多い中、このような暗号化されたシステムであれば、家族の通常の利用に影響を与えることなく、あるいは家族に知られることなく、明慧ネットにアクセスできるので、同修への普及に適していると思ったのです。

 それ以来、明慧ネットにアクセスしたい同修のために、暗号化システムを導入しました。マニュアルの手順通りに間違えないように進めました。このような暗号化システムをインストールするのに、2〜3日かかったこともあります。システムをインストールする全過程において、OS、すべてのソフトウェア、設定のすべてのステップを、一歩一歩手作業で行う必要があります。

 特に、暗号化処理に時間がかかります。ソフトバージョンの低いパソコンでは、暗号化処理だけで1日以上かかったこともあります。しかし、そのような手間がかかってインストールできたシステムは、不意に簡単に壊れてしまうことが多くあり、もう一度インストールしても、また壊れてしまい、また一からインストールしなければならなかったのです。それに加え、ソフトウェアのバージョンアップやセキュリティの設定をする必要がある場合、また各同修の自宅に行かなければなりませんでした。忙しさのあまり、食事も睡眠も取る時間はありませんでした。当時、子どもはまだ数歳で、私が家庭の面倒をしっかりしていなかったということで、夫がよく私と喧嘩をしていました。しかし、同修が必要としているときには、技術的なサポートを提供できるよう、最善を尽くしたいと思っていました。

 (続く

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/11/8/451563.html)
 
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