黒龍江省の孔祥柱さん 電波ジャック後に受けた拷問
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 【明慧日本2024年10月2日】(黒竜江省=明慧記者)黒竜江省双鴨山市の法輪功学習者(以下、学習者)・孔祥柱さんは2002年5月1日、ケーブルテレビで法輪功の内容を放送した後、双鴨山市刑事警察隊の警官らに連行・拷問され、少なくとも懲役8年の実刑判決を言い渡され、牡丹江刑務所で瀕死の状態になるまで迫害された。2007年4月18日、家族に背負わられて刑務所から帰宅したが、2カ月後に亡くなった。39歳の若さであった。

 放送内容は、「法輪大法は国と国民にとって有益である」、「天安門広場で焼身自殺? それともやらせ?」であった。放送時間は2002年4月下旬、夕方のニュースのゴールデンタイムの時、放送時間は約20分であった。

孔祥柱さん

 孔さんの父親が生前、話したことによると、孔さんは電波ジャックに成功した後、電波ジャックの設備をまだ持っていない地域があるため、電波ジャックした場所に行きそれを除去して他の地域で人を救うため、またドキュメント映像を放送したいと考え、元の場所に戻った時、現場に待ち伏せしていた警官らに連行された。双鴨山市尖山公安支局で残忍な拷問を受けても、孔さんは他の学習者に関する情報を一切言わなかった。警官は孔さんの腹部に鉄の道具を挿入して穴を開け、腸を流出させた。

 当時、電波ジャックの場所は双鴨山市尖山区東平行通りと五馬通りの交差点(当時双鴨山市テレビ局の所在地)であり、双鴨山市テレビ局のケーブルテレビがカバーするエリアで受信することができた。市中心部から40キロ以上離れた地域でも法輪功に関するドキュメンタリー映像が受信されたと確認した。

酷刑演示:多根电棍电击

拷問の再現:数本の電気棒による電気ショック

 2002年5月1日夜、孔さんは双鴨山市刑事警察隊の警官らに連行された。翌日、家族は孔さんが病院で緊急措置を受けているという知らせを受け、病院に到着すると、孔さんはすでに手術室に入られていた。孔さんの全身は傷だらけで、電気棒で背中全体を焼かれ、首は骨と肉が裂けるほど殴られた。拷問の実施者は610弁公室の公安局長・凌清範、および凌大威、李洪波、杜占一、劉偉国らだった。ある警官は、孔さんが錆びた千枚通しで自分の腹を刺したと主張した。

 病院では、孔さんはしばらくの間、意識がはっきりせず、言葉も喋れなかった。それでも警官は孔さんの両手に手錠をかけ、手術と術後のケアを容易にするため、パンツ一枚しか着させなかった。手術から6日後、まだ抜糸が済んでいない頃、警官はさらに足かせを付けてベッドの端に固定したため、孔さんは寝返りもできなくなった。抜糸の翌日、孔さんは留置場に搬送され、他人と話すことさえ禁止された。

酷刑演示:脚镣

拷問の再現:足かせを付けられる

 2002年9月3日午前、孔さんは双鴨山市尖山区裁判所で「法輪大法は素晴らしい」と叫びながら法廷に入った。裁判官は「資料配り、ケーブルテレビを放送しましたか?」と聞いた時、孔さんは「そうです。一人でしました。私が放送したのは事実であり、虚言に騙された人々に事実を知らせるためでした」と答えた。

 孔さんは少なくとも懲役8年の実刑判決を言い渡された。2006年6月に牡丹江刑務所10区で迫害を受け、結核性髄膜炎を発症し、一時は昏睡状態に陥り、命の危険に晒された。7月に刑務所外で治療を受けた後も、下半身が動かず、身の回りのこともできず、意識がはっきりしない危篤状態が続いた。家族は何度も釈放を求めたが、刑務所はそれを無視し、結果が見えないまま数カ月が過ぎた。2007年4月17日、牡丹江刑務所は家族から5000元をゆすり取った後、孔さんを解放した。しかし、厳しい迫害を受け、体が極度に衰弱し、痩せ細って昏睡状態に陥った孔さんは、同年6月23日に亡くなった。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/9/28/483381.html)
 
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