日本明慧
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「生命は最も貴い」
文/蓮叶碧
師父の新経文『大法弟子は必ず法を勉強しなければならない』が発表されてから現在まで、私は10回以上読みました。師父が私を前へ大きく一歩押してくださったのだと、私はとても感動しました。私はもともと半ば悟る状態で修煉していますが、さらに多くのことが分かるようになりました。師父は経文の中で、神韻公演について多くの法を説かれましたので、私は神韻芸術祭に対しても、新たな認識を得ることができました。新経文を読み終わった後、私は神韻芸術祭のDVDを改めて2回見ました。DVDを見ながら涙が流れました。師父が説かれた法の内包と神韻の歌と踊りの中に含まれた膨大なエネルギーは、再び私の心を強く揺り動かしました。
第1回目に、私がDVDでモンゴル族の踊りを見ていた時、舞台に立った役者たちのしなやかな踊りと、天幕に映し出された大草原の広大さ、壮麗さを見ているうちに、私はモンゴル民族の由来が一瞬にして分かりました。時空を通り抜け、一幅の生き生きとした画面が現れてきました。モンゴル族は古い歴史をもつ民族です。彼らは古く且つはるかに遠い大穹の体系の代表であり、ありとあらゆる辛苦をなめ尽くし、幾重にも重なり合った宇宙時空を通り抜け、やっと地球にやって来たのです。彼らは地球上でも無数の世の転変を経て、モンゴル族の文化を創造したのです・・・。彼らは、彼らの体系にいる生命の特徴や、嘗め尽くした苦難や、希望などを私に訴えました。その時、私は涙をこらえ切れず、むせび泣きしました。なんと貴い民族! なんと大切にすべき生命! なんと苦しい生命の旅だったのでしょうか! この瞬間、私は師父が述べられた「原始の生命」の内包が分かりました。再び周囲を見まわすと、すべての物質がみな古い生命でした。一木一草、一つの石、一粒のほこりさえも、みな大切にすべき価値があるのです。
私も大法弟子たちも膨大で、また古い天体の生命の代表であることも私には見えました。残念ながらその中の一部の人は根本的な執着が捨てられないため、又、真に着実に修煉していないため、その人が代表する体系は間もなく解体しようとしており、しかもすでに解体してしまった体系さえありました。彼が代表したその類の生命は、宇宙の中に存在しなくなるでしょう(現在の次元でみたところ)。それは本当に人を悲しませ、惜しませ、まるで断腸の思いをさせることでしょう! しかし、正法の過程は待っていられないため、仕方がありません。もう「成敗は今回の劫難にかかっています」(『師が法を正すことを手伝うとは何か』)という時が来ているのです。
第2回目に、神韻芸術祭を見た時、私は依然として、心を強く揺り動かされました。再びモンゴル族の舞踊を見た時、このような光景が現れました。彼らが代表している体系の生命が救われました。彼らはこの上なく喜び、歌ったり、踊ったりして生命が救われた喜びを表し、この恩義に感謝すると語っていました。彼らは生命と心を用いて、宇宙全体にいるすべての生命に大法の広大な恩が行き渡っている様子と、この新宇宙のこの上なく素晴らしいことを・・・。彼らは大法を称賛しながら、彼らが属する新宇宙の未来へと去って行きました。救われた生命はなんと幸運で、なんと美しく、なんと人を喜ばせることでしょう! 私は涙がとめどなく流れました。心の奥深くから湧き上がってくるこの喜びを誰が抑えられるでしょうか! これは如何なる常人のものを見ても、見ることのできない内包と光景なのです。
続けて見ていくと、もっと多くのものが見えてきました。私は、私が代表している天体の多くの神と衆生たちを見ました。彼らはこの上なく美しく、手を振りながら私に呼びかけ、歌ったり踊ったりして、私の帰りを待ち望んでいました。しばらく見ているうちに、私は突然、自分がいなくなったことに気づきました。この上なく膨大な宇宙の中で、この上なく美しい生命たちが思う存分自らを表し、大法の威徳を謳歌しています。その時、私は誰なのか、どこにいるのか、どの次元にいるのか、将来、私はどんな様子なのかなど、普段、心の中に隠されていた多くの疑問がいっぺんに消えてしまって、存在すらしなくなっていました。このように多くて豊富な、美しい、活気溢れる生命を見ていると、私はもう自分を忘れてしまっていました。その時、このひと言がフーッと心に浮かんできました。「生命が最も貴い!」この言葉は、きっと師父が私のこのような純粋な心理状態の下で、私に教えてくださった真実のひと言だったのです!
私は急に多くのことが分かりました。私は随分きれいに浄化されました。心性が新たに昇華しました。旧勢力はどうしてこんなに冷酷で邪悪なのか、中共(中国共産党)の操った邪悪な者たちが、どうして蛇やサソリのように残酷で非情なのかということも分かりました。古い宇宙の中で、誰もが成住壊滅の理を守っているのではなく、誰もが真に生命を大切にしてはいません。特に旧勢力は古い理と過去にあった全てを何としても手放そうとせず、低レベルの生命を塵芥のように扱い、ほしいままに消滅させます。これは中共が大法弟子に対して迫害する中で、常人を欺く中で、まったく衆生と宇宙の安否を無視していることに十分反映されています。しかしながら、私たちの師父だけが最も生命を大切にし、あらゆる苦難を乗り越え、数え切れない困難を解決して、全ての衆生を救い済度してくださっています。この上なく尊ぶべき宇宙の根本的な大法を全ての生命に伝え、真・善・忍に同化させます。それによって生命の居場所を最も高い位置に置きました。どんな方法でも、どんな言葉でも、私たちは師父の偉大なご恩に対する感謝の意を表現することはできません。
私は引き続き神韻を見ていました。救われた生命たちは、自ら生命とある限りの全てを用いて大法を実証しています。この生命たちも次第に自分自身のことを忘れ、法を実証する中で、無私無我の境地に達しました。さらに見ていきますと、私は、自分の体の細胞がすべて活性化されたと気づきました。どの細胞も色とりどりに輝いて、神韻芸術祭の天幕のようにきらびやかで美しく、全ての細胞の中で神韻が上演されており、活力が溢れて、もう無能な肉の塊ではなくなっていました。
真相を聞かない常人や精進しない同修に対するちょっとした非難も、私の最後の、生命の良し悪しを区別する観念も、いつの間にか消えてしまっていました。私の修煉は新たな段階に至ったのだと認識しました。私は自分の全てを三つのことに集中して、全力で衆生を救い済度します。師父も私たちにおっしゃったように「生命はすなわち財産であり」(『大法弟子は必ず法を勉強しなければならない』)、5千年も続いた大がかりな芝居の幕が閉じようとしていることを、今まで見えた全てが教えてくれました。あらゆる機縁を捉え、衆生を救い済度しなくてはなりません。師父のお導きと神韻同修の苦労が私に悟らせてくださいました―「生命が最も尊い」のです。
慈悲で偉大な師父に合掌しお礼を申し上げます! 神韻の芸術家たちに敬意を表します!
以上はただ私が現段階で認識し、悟ったことで、間違ったところがあれば、同修に正しくご指摘していただきたいと思います。
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