文/米国イリノイ州の大法弟子
【明慧ネット2012年8月2日】尊敬する師父、こんにちは! 同修の皆さん、こんにちは!
私は1996年に法輪大法の修煉を始めました。仕事の特徴から、私は毎日法を勉強する時間が十分にあったため、法を多く学びました。そのためかトラブルに出遭ったとき、法がすぐ脳に浮かんできて、関を容易に乗り越えることができました。1999年7.20に迫害が始まるまで、突破できない難関がありませんでした。法をよく学んだことは、のちの10数年間、迫害に反対する中で法と師父を固く信じ、三つのことをよく行うための良い基礎を築きました。
2010年10月末、私は神韻公演のプロジェクトに参加しました。当初、私は神韻公演を「神韻は全人類を救うもので、神伝文化は神と繋がっている」と考えていました。12月末、私は劇場で初めて神韻公演を観ましたが、チケットが思ったより良く売れなかったため、席が結構空いていました。空いた席を見て、私はとても悲しかったです。2011年4月末、私はまた幾つかの地方で神韻のチケット販売に力を注ぎましたが、結果は前回と同じく、各地方でのチケットの売れ行きは悪かったです。悲しみで私の心は砕けていくように痛みました。私は「修は己にありて、功は師にあり」(『転法輪』)という法理を知っており、チケットが売れ残った原因は、きっと弟子の側にあるに違いないと考えました。衆生を救い済度することは法を正す時期の大法弟子の使命であり、師父はすでに他の空間ですべてを用意されてくださっており、私達はただその道を進むだけだと考えた私は、師父にこのように誓いました。「必ず師父と共にアメリカの主流社会の扉を開いてみせます」
2011年7月17日、ワシントンD.C.法会が終わると、私は同修に誘われてヒューストンに行きました。ヒューストンでは12月下旬に神韻公演を6回行う予定でした。7月のヒューストンは酷暑で、昼間の最高温度は45度にも達しました。私の主な仕事はポスターの貼り付けでした。ヒューストンに到着した翌日の午後1時半に、ポスターが届いたと聞いた私は、2時にすぐにチャイナタウンへ貼りに出かけました。貼り付け開始10分も経たないうち、私はすでに喉がからからに渇き始め、全身がまるでオーブンの中にいるように熱く感じました。しかし人を救い済度することがいかに緊迫しているかが分かっていた私は、暑さをいとわずポスターを貼り付けられそうな場所を急いで探し、2時間半で私はすでに80枚のポスターを貼りました。これは、私がヒューストンでの宣伝活動のスタートとなりました。
始めの頃、ある同修は私を大型の商店街に送ってから、別の仕事をしに帰って行きました。このようなやり方で、私は毎日約200枚の小さめのポスターと1ケースのチラシ、iPadを携帯して街を歩き回り、一軒一軒の店を尋ねて神韻公演を紹介しました。店を訪ねるたび、私はまず店の人に素晴らしい公演が近いうちにどこどこの劇場で公演する予定があると教えてから、ポスターを貼る許可を求めました。許可が出た場合、私はポスターを貼り付ける間を利用して、iPadで神韻の30秒のプロモーションビデオを見せました。もし、同意を得られなかった場合も、私は同じく笑顔でチラシを一枚贈り、必ず店主と責任者に渡すように店員さんに話しておきました。
このようにして、店の開店時間から夜の6、7時に同修が迎えに来るまで、私はずっと1人で店を回って、200枚のポスターをほぼ貼り終えました。夜に宿に帰ると、身体は燃えているかのように全身が熱く、私は身体を冷やすため、氷を何杯も食べていました。数日後のある夜、横になっていた私は、すぐに立ち上がることができなくなりました。しかたなく、私はまず布団に暫くひざまずいてからゆっくりと立ち上がることにしました。夜が明けると、私は再び自信満々でポスターを貼りに出かけました。
活動中、私は脳裏に現れる様々な人心に襲われましたが、ほとんど影響を受けず、素早く排除することができました。私は、これらの人心がすべて業力と観念の仕業だとはっきりと分かっていたからです。そのうえ、私は旧宇宙の衆生と通じ合っていることも知っています。つまり私が修煉していると、彼らも一緒に修煉しているため、これらの衆生の修煉状態が、私の一番表面にある人身に表れてきます。さらに、救い済度される衆生たちも同じように、彼らの考えが私のところに反映してきます。だから、私自身にとって正念を保つことはとても重要です! 法をよく学び、これらの妨害を取り除くことは、これらの衆生の考えを正すこととなり、彼らを救い済度することもできます。私は自分に、すでにある機制ができていることに気づきました。それは即ち、嫌なことに出遭った時、また身体の具合が悪い時、私はすぐに間もなく良いことが訪れると考えます。考えが正された後、ポスターの貼り付けは非常に順調に進みました。
ポスターを貼り付ける過程で、様々な面白い出来事と感動に出会いました。ある日、私はポスターを抱えてある店を訪れ、訪問の目的を告げた後、店の人は両手を振り回しながら、私の名前を聞いてくれました。私が「トムです」と答えると、彼女は嬉しそうに「神韻は本当に来ましたか? トムさん、こんなに暑い天気なのに多くの荷物を持って、大変お疲れ様です。早く水を一杯飲んでちょっと休憩してください。必ず最後まで頑張ってくださいね!」と話しました。「ありがとうございます。それでは、チケットを買って私を励ましてくれませんか?」と私が言うと、彼女は「主人と相談してから、明日必ず買います」と答えました。彼女はポスターの貼り付けを手伝い終えると、私の携帯の電話番号を控えました。翌日、現地の協調人から電話を掛かってきて、「ある女性から電話が掛かってきて、チケットをすでに買ったとトムさんに伝えて欲しい」と言うのです。翌々日に訪問した、お茶のお店の店主・マネージャ・取引先も皆チケットを購入しました。
ある十字路に一軒の大きな中国料理店があり、しかも大きなガラス窓があることを見つけた私は、そのガラス窓に神韻のポスターを貼り付けようと思いました。そう考えた私は早速店内に入り、店員さんに来意を告げると、店員さんは責任者の女性を紹介してくれました。私は責任者の前でポスターを広げて見せてあげ、神韻のことを簡単に紹介しました。彼女は迷わずに「自由に貼り付けてくれていいです。何枚でも構いません。この飲み物は好きなだけ飲んでもいいですよ」と言ってくれました。私は大グラスに氷入りのコーラを満杯に入れて、一気に半分以上飲みました。彼女に感謝の言葉を述べると、彼女は慌てて「私に感謝しなくていいです。私があなたに感謝すべきです。あなたはこのような素晴らしいことを教えてくれたからです」と答えました。一瞬、私は衆生が渇望している気持ちを感じ取りました。
ある日、迎えに来る同修がまだ来ていないため、私はエレベーターに乗って、おもむくままにビルのある階に行きましたが、各部屋には暗証番号錠が掛かっていました。しかし、私が軽くドアを押すと、ドアが開きました。部屋の中にはエレガントな服装をした女性が座っていました。「こんにちは。素晴らしい公演を紹介させていただきます」と私が挨拶すると、彼女はパンフレットを受け取って中身を見ながら、「本当に美しいですね。素晴らしいです」と話したあと、急に驚いた表情で「どのように入ってきました?」と聞いてたので、「ドアが開いてました。すみません。私は間違ったことでもしましたでしょうか?」と答えると、彼女は「いいえ、あなたがこれを教えてくれて、とても嬉しいです。ただ、このような入り方が後で面倒なことになるのを心配していただけです」と話しました。部屋を出ると、私は縁のある人を見つけることが出来ましたが、これからはやり方を変えたほうがいいと考えました。しかし、次の部屋のドアを押すと、同じように開きました。部屋の中にドアが2つありました。同じように押すと、また開きました。中に女性が一人いました。彼女は神韻のパンフレットを受け取って見ながら賞賛しました。彼女も同じように驚いて「どのように入ってきました?」と聞きました。これらのことを経験した私は、次からは必ず人が理解できるような方法でやるようにと決心しました。次の階はある弁護士の本部で、受付があり、さらに警備員も立っていました。私は早速、神韻の資料を受付の担当者に渡して、これは見逃してはいけない素晴らしい公演だ、よく教えました。受付担当者は必ず配ると約束してくれました。
(続く)
(2012年アメリカ・ワシントンD.C.法会の交流文)