明慧法会|大法は私の生命の根幹である
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文/北京の大法弟子

 【明慧日本2020年7月12日】私は1990年代の生まれです。2013年に大法の修煉を始め、今日まで歩んできましたが、時々刻々とずっと精進していたとは言えません。しかし、慈悲で偉大な師父は、この最後の法を正す時期に私を見捨てられず、迷いの中で私を呼び起こし、家まで導かれました。

 一、迷いの中で思い悩んで、輾転反則していた私が法を得る

 父と祖母は1993年に修煉し始めましたが、当時の私は2歳でした。小さい頃は『轉法輪』を読んだことがなく、「真・善・忍」の3文字だけを知っていました。ちょっと大きくなると、たまに父親と一緒に煉功点に行きましたが、法輪功についてはまだよくわかりませんでした。1999年7.20から法輪功は弾圧されました。

 当時、小学校2年生の私は、周りの雰囲気が変わったことに気づきました。同級生たちは、父親が法輪功修煉者であることを知っていて私を差別し、親戚や友人、近所の人達も私を指差し始めました。周りの環境と雰囲気に、急に重たい石が胸に押し込まれたようで、頭が上がらなくなりました。2001年、テレビで焼身自殺の映像を見たとき、怖くてたまらず政府の虚言を信じました。

 その後、警官が家に来て家宅捜索を行ない、父を洗脳班に連れて行き、拘禁しました。私は毎日父親を失う恐怖の中に陥り、夜になっても眠れない日が多く続き、いつもドアを見つめながら父親の帰りを待っていました。それ以来、私の幼い心は厚い影に覆われ、不安とコンプレックスを感じていました。その時から、大法に対して深く誤解を持ちはじめました。

 洗脳班から帰ってきた父は修煉を諦めました。当時、私はさらに政府を信じるようになり、これで家族は平穏な生活を過ごすことが出来てよかった、と喜んでいました。それ以来、法輪功についての全てのことを心の奥深く収めて、二度と話したくありませんでした。

 父は10年間修煉をやめていました。この10年間、私は党文化の教育の下で育てられ、その結果、無神論が脳の奥深くに根ざしました。しかし、法輪功との関わりのない生活が良くなるはずだと思っていましたが、実際にはそうではありませんでした。高校の時に、うつ病になり毎日泣き暮らしていて、心ももろくなっていました。その時の私は、人間世界に来た宿願をとっくに忘れてしまい、名、利、情の中で追い求めて苦汁の日々を過ごしていました。

 2013年のある日、父は突然に目覚めて、一から法輪大法の修煉を始めました。このことを知った途端に、私の心が感電したように震動し、幼い時期の恐怖や抑圧された感情が一気に湧き出てきて、まるで深い傷をえぐられたように耐え難い激痛に襲われました。その時に大法に対して非常に逆らう心が芽生え、父親にもう一度修煉を放棄させるために全力を尽くすつもりでした。私は父と絶えず口論するようになり、父親が法輪功の本を読んでいるのを見る度に、わざと邪魔をしました。その他にも、物理学や化学、哲学などの角度から父とよく議論をし、実証科学を用いて納得させようとしましたが、父が大法の法理を話す度に、私は言葉に窮して無力感を感じ、もどかしさと怒りがこみ上げてきました。

 この時期はちょうど大学の実習期間と重なり、職場の社員と上司が賃金を巡って毎日のように紛争し、自分まで巻き添えにされて大変疲れる日々を送っていました。このような複雑な社会では、どのような人が良い人だと言えるのだろうか、と考え始めました。その時、父が話してくれた法輪功の良い人になる道理を思い出し、家に帰って「法輪功を勉強したくないけれど、良い人になる方法だけを知りたい」と思い、父親に聞きました。「本当に知りたいのなら、自分で本を読まなければならない」と父は答えました。

 父が私を法輪功の方へ引きずり込もうとしていると思い、私はかなり頑なな態度でそれを拒否しました。しかし、「そう言えば読んでもいいかも知れない、法輪功の本の中に一体何が書かれているのか見てみたい、なぜ、パパの意志がこんなにも堅いのか、一度読んでからパパに法輪功をやめさせるように説得しよう」と考えて、私は同意しました。

 父親はこの状況を見て、わざとさげすんだ言い方をして、「この本を簡単に読めると思っているのか、本当に最後まで読めたのならオレも心服する」と言いました。それを聞いてすぐに話に乗り、「今まで何冊も読んできたのに、この1冊の本さえ読めないなんてあり得ない。絶対に最後まで読んでみせる」と強く思いました。

 しかし、『轉法輪』を手に取って実際に読んでみると、本当に簡単なことではないことに気づきました。目の前にある文字を見ても意味がわからず、2行しか読んでいないのに寝てしまうことがよくありました。急に仕事も忙しくなり、夜遅くまで家に帰って本を読む気になれませんでした。とてつもない抵抗力を感じました。 でも、大言壮語を言ってしまったから、途中で諦めたら本当に恥ずかしいと思って、エイっと思い切って読むしかありませんでした。そこで、電子版の『轉法輪』をスマホにダウンロードして、地下鉄を利用する際に、毎日無理やり読んでいました。数カ月かけて、ようやく『轉法輪』の本を読み終えました。

 本を読み終えた夜、『轉法輪』の最後のページを閉じたとき、その時の心境を言葉で言い表せないもので、感無量でした。私は「なぜ? 何でこんなに素晴らしい大法を今になって、ようやく知ったのだろうか。子供の頃からずっとそばにあったのに、どうして今日まで、近づこうとしなかったのだろうか」と心の中で叫びました。20年以上の我が人生を無駄にしてしまったことを深く後悔しました。

 そこでふと子供の頃に、父と一緒に煉功場で坐禅する情景を思い出し、20年近く経った今でも足が組めるかなと思い、双盤してみると組めました。しかし、足の痛みがあまりにも激しかったので、「すべての苦しみはどんどん来なさい、これからはどんなに痛くても、もう二度と大法を手放しません」と目を閉じて我慢しました。

 二、自我を突破し、真相を伝え

 修煉してからは、なかなか大法の真相を伝えることが出来ませんでした。自分が法輪功のことを喋れば、人に良くない印象を与えると常に思っていたからです。この考えは非常に強かったです。まず、よく知っている人から伝えることにしました。

 母親も大法に対して深い誤解があり、党文化の影響をひどく受けていました。どの角度から話しても、母はいつも嫌な顔をして反論しました。ある日、法輪功のことを話しても聞いてくれないので、私は親身になって「お母さん、知っているの? お母さんを救っているのよ」と言うと、母親はきつい態度で「地獄に落ちても救われたくないわ」と言い返しました。ショックを受けた私は「それ、本気で言っているの?」と母親に聞いたところ、母は「もちろんよ」と答えました。私はこの時絶望し、大法の真相を伝えることは本当に難しいと実感し、自分の実母でさえ救えないのに、他の人達はなおさらだと思いました。私は非常に落ち込んで気持が重く感じましたが、突然「この世には救われない人もいる」という内容の言葉を、師父が言われたことがあるのを思い出しました。救われない人の中に母親が含まれているのかもしれず、救われない一人のために他の多くの人を救わないわけにはいかない、と考え直し、母に対する「情」を捨てなければならないと思いました。

 そこで私は内に向けて探し、母親の状態が私の「執着心」に向けられているのではないかと悟りました。自分は修煉者であることを他の人に公開する勇気がなく、母親に真相を伝えるときはこの問題が存在しないので、この中に自分の本当の執着が隠れていました。それは「恐れる心」です。この恐れる心を深く掘り出してみると、実際には「名」に対する執着であり、他人が自分のことをどう思っているかを気にし過ぎて、自分の自尊心を傷つけたくないのです。それだけではなく、自分は胸を張って、大法がこの世界中で一番良いものだと人に伝えたことがなく、これは根本から、100%師と法を信じていないということです。母の態度は自分の恐怖心と観念をさらに強化させ、それらを突き破れない限り、まったく真相を伝えることが出来ないことを私は悟りました。

 しかし、どうやって大法の真相を伝えるのかが分からなくて、とても焦りました。そこで不器用な方法を使いました。つまり、多くのラジオの交流文章を聞き、真相を伝えることに関する良い部分を記録し、段落ごとに暗記して自分の言葉に置き換えて整理し、少しずつ経験を積んでいきました。

 母で失敗してから、今度は3人の親友から始めようと決めました。ある日、休日に食事をする約束をしたので、この機会に大法の真相を伝えようと思いました。 下調べをたくさんして特別に文章を書き、一字一句暗記して何度もおさらいをしました。今回は絶対にこの心理的な壁を突破し、彼女達に大法修煉の事実を伝えなければならないと自分に言い聞かせました。集まりの当日、私は行く途中でずっと発正念をし、彼女達を妨害する全ての邪悪な生命と要素を取り除き、また、自分の人を救うことを阻む良くない観念も一緒に滅するように念じました。

 食事中にずっと話のチャンスを探していたのですが、躊躇してなかなかその一歩を踏み出すことができず、言おうとして何度も言葉を飲み込んでしまいました。内心では不安と恐怖に満ちてとても焦ていました。そろそろ食事が終わるのに、まだ全然伝えていません。心の中で落ち着かなくなり、すぐにお手洗いに行って気持ちを落ち着かせ、整理しました。鏡の前の自分を見て、「今日、彼女たちを救うために来たのよ。自分を放下して、なんとしても大法の真相を知らせないといけない」と決心しました。

 テーブルに戻り、2分ほど気持ちを整えた後、「実は今日、皆にお伝えしたいことがあります」と口を開きました。すると友人の一人が急にテーブルを叩いて、冗談半分に「何でこんなに遅いの」と言いました。私は唖然とし、これは師父が意気地のない私を見て、彼女の口を借りて私を悟らせて下さっているのだと分かりました。そして続けて「伝えたいことは、私は今、法輪功を修煉しているの」と言った時に、頭が真っ白になり、皆から攻撃されるのを待っていました。しかし予想しなかったのは、彼女達は興味を持って、すぐに法輪功とは何かを尋ねました。私は話の流れに従って、法輪功が酷く迫害されている真相を伝えました。彼女達は皆それを受け入れてくれて「三退」に同意しました。最後に、他の人が理解しなくても、自分達は必ず応援してくれると言ってくれました。

 今回の結果にすっかり感動し、心配していたことは何も起こりませんでした。まさに師父が言われた通りでした。「乗り越えられそうもないと見えても、行ない難いと言われても、本当にできるかどうか試しにやってみてください。もし本当にやり遂げられれば、きっと『柳暗花明又一村』」[1] と言われた、そのままでした。大法の真相を伝えることは難しいことではなく、難しいのはその一歩踏み出す勇気を持つことだということが、ようやく分かりました。

 さらに驚くべきことは私が真相を伝えた翌日に、母親は「法輪功を修煉したい」と父親に話しかけました。耳を疑うほどの幸せが突然やって来ました。母親の以前の状態は私のために出現させたもので、今の自分がそれを乗り越えられたので、あのような拒絶した状態の存在が必要ではなくなったのだと、私はすぐに理解しました。人を救いたいのなら、まず自分をしっかりと修めることを学びました。

 三、心と骨をえぐられた痛みを経験し、情の関門を乗り越える

 修煉した後、最初に経験した大きな関門は、「情」でした。私にとって極めて難しく、「名」と「利」は捨てられましたが、「情」はなかなか放下できませんでした。師父はこのように説かれています。「常人の中で捨てられないような心を、全部あなたに捨てさせなければなりません。どんな執着心であれ、それを持っているかぎり、さまざまな環境の中でそれを少しずつ削り落とさなければなりません。さまざまな失敗を経験させ、失敗の中で悟らせることこそ修煉なのです」[1]

 大法の修煉とほぼ同時に、常人の彼氏に出会いました。最初はとても優しくしてくれたので、彼に対する強い依頼心が生じました。しかし、まったく前兆がなく、突然ある出来事が勃発しました。私が同修の家に行っている間に彼の着信に気づいていなかったため、彼は大変な怒りようで、初めて「別れよう」と言い出しました。私は心の中でとても怖くて、彼と別れたら全てを失ってしまうと思い、彼に謝り続けました。しかし、彼は「今後、大法の仕事には一切関与しないように、そして同修とも接触してはいけない」という条件を出しました。まさか大法を用いて脅迫するとは思ってもみなかったし、今までもこのようなことはありませんでした。

 この時、これは自分に対する試練で、真に修煉するかどうか、全てを捨てられるかどうかのテストだとすぐ分かりました。私は真剣な顔で「そんな事は絶対にありえない」と言いました。すると彼はさらに怒って、必ず私と別れると言い出し、一方、私は全く受け入れられず、突然に涙があふれ止まらなくなりました。彼は「法輪功とオレと、どちらを選ぶのか?」と私に聞きました。最も答えたくない一番恐ろしい問題が質問され、選択したくありませんでした。しかし、彼は全く余裕を与えてくれず、「最後のチャンスをあげるから、修煉しないことを約束すれば仲直りしよう。喋らなくても頭でうなずくだけでいい。三つ数えるから...」と言いました。どうしたらいいのかわからず、追い詰められた状態でした。これは旧勢力の罠で、私を引っ張り下ろそうとしていることを知っていました。その時、泣きながら目を閉じて頭の中で、「師父、どうしたらいいのか教えてください」とお願いしました。すると、「あなたは答えを知っています」という文字が頭の中に浮かんできました。私はすぐに落ち着きをとり戻し、もう他の選択肢はなく、「大法は私の生命の根幹であり、誰も私に修煉を放棄させることなど出来ません」と思いました。そこで、泣きながら首を振りましたが、その時は、心が深く抉(えぐ)られた感覚を味わいました。すると彼はテーブルを叩いて、振り返らずにそのまま立ち去って行きました。

 これで彼を永遠に失ったと思い、路上で大泣きしました。泣いているうちに徐々に落ち着きを取り戻しました。突然、彼が側に現れて「さっきはごめんね、責めてしまって悪かった」と慰めてくれました。その瞬間、彼は何事もなかったかのように、また、仲直りしました。ちょっと戸惑った私は、これが現実のことであるとは信じられないほどでした。この関門を乗り越えたと分かり、師父がおっしゃったように「真の向上は放棄することであって、得ることではありません」[2] ということでした。

 半年後、彼の両親は私が彼に渡した『共産党についての九つの論評』を発見し、私が法輪功を修煉していることを知り、別れるように彼にプレッシャーをかけました。ちょうど母方の祖父が亡くなって1週間も経たない時期で、私と家族は大変な悲しみの中におり、「別れる」の言葉はまるで青天の霹靂で、雪上にさらに霜を加えられたようでした。家族の皆が泣いている状況を目にして、彼と別れることを言えませんでした。夕方に電話が鳴り、彼は「修煉を諦めて、普通の常人の生活を送ることを僕の両親と約束しよう」と哀願しました。前回の試練を経験していたので、今回は「たとえ死んでも修煉を諦めない」と決断しました。すると彼はすぐに私と別れて、新しい彼女を見つけました。

 家族と彼氏を失った二重のショックに突然襲われ、まるで天が落ちてきたかのように、号泣してしまいましたが、誰のために泣いているのかわからず、頭に「百の苦一斉に降る 其の如何に活くかを看る」[3] という言葉が浮かんできました。

 別れる時はさっぱりと決断しましたが、業力の消去と情に対する執着を取り除く過程はかなり長かったのです。別れた数日後、彼のことを思い出す度に胸が締め付けられたように痛みを感じ、その痛みは本当に実在する苦痛でした。過去に作った業力によって、今日の魔難に見舞われていることがわかっているので、耐えるしかありません。しかし、強烈な悔しさや恨み、嫉妬といった感情が頭から離れず、常に彼のことを考えていました。ある晩に悲しくて眠ることができず、泣きながら師父の写真の前でひざまずいて、「師父、ごめんなさい、意気地なしの弟子はこの関をどうしても乗り越えられません...」と言いました。しばらくして突然携帯電話にメッセージが入ってきました。親友が送ってきた漫画でした。絵の中に、ある人が跪いて神様に護って下さるようにとお願いした後、立ち上がって前へ歩き出し、歩いているうちに、突然空から小さな小石が落ちてきて、彼の頭を直撃しました。彼は泣きながら「神様は何で護って下さらないのですか」と文句を言いました。しかし、彼が振り返って見ると、神様は腕を大きく広げて、彼の頭をめがけて落ちてきた数え切れないほどの大きな石を遮っておられました。

 これは師父が悟らせて下さっているのだ、と分かりました。師父は時々刻々に私を見ておられて、私が生生世世に積んだ業力をすべて引き受けてくださり、自分が負担しているのはほんの僅かなものであるにもかかわらず、まだ乗り越えられないと言い、師父の巨大な犠牲に対して本当に申し訳ないと思いました。

 ある日、『精進要旨』の「真修」を勉強した時、師父が書かれた「真に修める弟子よ、わたしがあなたに教えたものは佛を修め、道を修めるための法なのです。皆さんは常人の中の利益が損なわれたことによって、わたしに苦を訴えており、自らの常人の中での執着心を放下できないことに苦悩しているのではありません。これが修煉なのでしょうか?」、「必ず覚えておいてください! 修煉そのものが苦しいわけではありません。肝心なのは常人の執着を放下できないからです。あなたたちの名、利、情を放下しようとするときこそ、苦しいと感じるのです」を読んで、一つ一つの文字が心に響き、恥ずかしく思い、これからは元気を出してしっかりと修煉しようと決意しました。

 師父はこのように説かれています。「ご存知のように、多くのこと、多くの執着心はなぜ努力して取り除こうとしても、なかなか取り除くことができないのでしょうか? なぜそれほど難しいのでしょうか? 皆さんに以前から話していますが、粒子がミクロから一層一層組み合わさって表面物質まで構成しました。極めてミクロなところから見れば、考えの中の執着はどういう物質を形成しているのでしょうか? それは山です。巨大な山で、花崗岩のような硬い石です。一旦形成してしまえば、人間はまったくそれを動かすことができません」[4] 、「多くのことは皆さんにはできないのですが、師父にはできます。しかし、師父がどのようにしてあげるのでしょうか? 師父があなたと接触すれば、取り除かれてしまうということではありません。あなたが正念を堅め、執着を排斥することができるとき、私は少しずつ少しずつ取り除いてあげています。あなたにできる分を私は取り除き、その分を消してあげます」[4]

 常人の失恋の苦しみの中に落ち込んだ時、それは本当の自分ではなく、情と業力で構成された偽物の自分であり、常にそれらを排斥して否定し、滅しなければならず、そうして師父は多くの業力を消去してくださるのだ、と私は悟りました。

 しかし、言うのは易しいのですが、実際にクリアするのは難しいのです。長い間、毎日心が苦しくて、ご飯を食べる時にも涙が流れてくることがありました。毎日の学法も頭に入らず、三つのこともあまり出来ず、彼のことばかりを考えていました。これは修煉者のあるべき状態ではなく、このままにすれば、自分がダメになってしまいます。

 ある日、父親は『轉法輪(巻二)』「佛性」を読むようにと勧めてくれました。その第一段落目には「ある種の観念が形成されると、人の一生を支配し、その人の考え、ないしその人の喜怒哀楽を左右します。これは後天的に形成されたものです。時間が経つにつれ、この観念は人の思想に溶け込み、本当の自分の脳に溶け込み、人間の性格を形成してしまいます」と書かれていました。  

 私は、自分を苦しませている主な原因は「観念」であることが、突然に分かりました。今までの自分は一緒にいるだけで幸せで、そうでなければ苦痛で、孤独だと思い込んでいました。自分は彼に対する未練があるのではなく、恋をしているという感覚でした。私はこの「観念」に引きずり回され、それによって嬉しくなったり、悲しくなったりしていたのです。この「情」から抜け出したければ、それらを捨てなければなりません。

 そこで私は、師父の下記の法を何度も暗記しました。「修煉は、錬磨の中でこそしなければなりません。常人の持っている七情六欲を放棄することができるかどうか、それらに対して淡々としていられるかどうかが問題です。どうしてもそれらのものに執着するのであれば、修煉を成就することはできません。すべてのことには因縁関係があります。人間はどうして人間でありうるのでしょうか? それは人間には情があり、人間は情のために生きているからです。肉親同士の情、男女の情、親の情、感情、友情など、何をするにしても情が重んじられ、情を切り離しては何ごともできません。やる気があるかどうか、気分が良いかどうか、愛しているのかそれとも憎んでいるのか、とにかく人類社会のすべてのことが情から出ています。この情を断ち切らなければ、修煉することはできません」[1]  

 大法は私の体内の悪い物質を少しずつ溶解していき、法を暗記する度に気持ちが良くなり、苦しいときにはいつも法を暗記して、考え方を充実させました。毎日仕事に励み、学法して三つのことを行ない、前へ進んでいきました。そのうちに段々と気持ちが変わりはじめました。今、この迷いの中で未練を持つほどのモノはあるのだろうか、人生の中で絶望というものは存在しないはずで、いくら困難があっても乗り越えられるはずだ。これは生き方の問題だ。なぜ、目先の損失ばかりが気になるのだろうか。もし、すべての事に対して淡泊であれば、どんなモノが自分を左右することが出来るのだろうか、と思うようになりました。  

 このように2年ほど続けていき、ようやく放下できました。「情」というものは、私にとって生と死の試練でしたが、正に、一番放下できないことを放下しなければなりませんでした。師父が弟子に与えられたものは最も良いものです。心が突き刺されるような試練を経験した後に、内心のわだかまりから脱し、昇華されていった修煉の境地は、この上なく純潔で、素晴らしいものでした。

 四、結び

 修煉する前の人生最初の20年間は、常人の名、利、情の中に溺れて暗い生活を送り、困惑していました。修煉してからは楽観的で明るくなり、生命の底から表面まで、全てが幸せな気分になりました。師父は私を名、利、情の中から掬い上げ、心を浄化して下さいました。生命の生きる本当の意義がわかり、希望が見えました。「大法は私の命の根幹です」。師父はこの宇宙大法を私に伝えてくださいました。この中にどれほどの苦労と苦しみがあったか知れません。師父には、私のことで本当にご心配をおかけしました。

 今では、家族全員が大法の恩恵を浴びて、幸せな日々を送っています。師父に対する感謝の気持ちは千万の言葉でも言い表せませんが、師父のご恩にお応えするようにただただ精進して、三つのことをしっかりと行ない頑張っていくしかありません!

 合掌

 注:
 [1] 李洪志師父の著書:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の著書:『各地での説法二』「二〇〇二年米国フィラデルフィア法会での説法」
 [3] 李洪志師父の詩:『洪吟』「その心志を苦しめる」
 [4] 李洪志師父の著書:『各地での説法四』「二〇〇四年シカゴ法会での説法」

 (明慧ネット第15回 中国大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/11/5/376437.html)
 
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