河南省の元医師・張栄煥さんが迫害され死亡
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 【明慧日本2020年12月16日】(河南省=明慧記者)河南省許昌市の元医師で法輪功学習者の張栄煥さんは、「真・善・忍」の信念を堅持し続けたことを理由に、中国共産党(以下、中共)の法曹部門の関係者により何度も迫害され、かって二度不当な判決を受け、計8年間拘禁されたことがある。

 中共による法輪功への迫害が21年間続く中で、張さんは肉体的にも精神的にも大きなダメージを受け、私有財産も大きな損害を蒙った。2020年7月31日深夜、張さんは無念の思いを晴らせないまま亡くなった。享年72歳。

若い頃の張栄煥さん

 法輪功を学び、心身とも恩恵を受ける

 退職した医師の張さんは心が優しく、90歳の姑にとても親孝行し、他人に対して助けの手を差し伸べても何も求めず、近所の人から良い人だと認められていた。

 張さんは法輪功を学ぶ前は難病を患い、現段階ではまだ治療薬がないため、死ぬより辛い日々に耐えていた。1997年、人生に絶望した張さんは法輪功に出会い、人生の真の意義が分かり、「真・善・忍」に従って実践するようになり、だんだんと元気を回復した。

 1回目の連行:懲役3年6カ月を宣告される

 2006年6月3日午前8時、張さんは自宅にいたところ、突然、自宅に侵入してきた許昌市610弁公室、市公安局国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関。以下、国保)、北大派出所の警官らにより連行され、大量の私有物と数万元の現金を押収された。張さんは許昌市留置場に拘束された。

 尋問を行った時、魏都区公安支局の警官・孫麗娜は、張さんを蹴ったり、レンガで張さんの胸を叩いたりした。その後、魏都区検察庁と裁判所は結託して、張さんに懲役3年6カ月の実刑判決を下し、張さんを新郷女子刑務所に拘禁した。

 刑務所で、張さんは侮辱され、拷問を受けたため何度も気絶した。2010年1月、張さんは刑期満了により解放された時、極度に痩せ、様子がすっかり変わっていた。

 2回目の連行:懲役4年6カ月を宣告される

 2013年4月1日午後、許昌市人民病院の近くで張さんは迫害の実態を人々に伝えた際に、ある男性に神韻公演のDVDを渡したところ、男性に通報された。同日午後7時、許昌市公安局国保と北大公安支局の十数人の警官が、張さんの自宅に押し入り、法輪功の資料などの私物を押収し、張さんを同市高橋営留置場に拘束した。

 同年12月11日、許昌市魏都区裁判所は家族に知らせない状況下で、張さんに懲役4年6カ月の実刑判決を言い渡した。その後、張さんは再び新郷女子刑務所に拘禁された。

 長年の迫害により、張さんは身体に甚大な損傷を受け、極めて衰弱し、刑務所で何度も気を失い、力がなく頭を持ち上げることもできず、背中が曲がり、多くの歯が抜け落ちた。九死に一生を得た張さんは刑期満了となって帰宅した時、体重がわずか30キロしかなかった。

 経済による迫害

 上海海洋海運会社に勤務していた張さんの夫は、2003年に海上勤務中に病死した。夫は張さんのために貯金を残した。2006年6月3日、張さんは警官らに連行された際に、家に保管してあった30万元以上の現金をすべて押収された。

 2017年10月、張さんは2回目の冤罪の刑期を終えて帰宅したが、4年6カ月分の年金がすべて差し引かれていた。

 出所後も繰り返し嫌がらせされる

 2019年6月中旬のある日、北大派出所の警官らは張さんの自宅にやってきて嫌がらせをした。その時、張さんはすでにベッドから起きられず、自力での生活ができなくなっていた。張さんの様子を目にした警官らは、しばらくして立ち去った。

 2020年6月28日午後、北大派出所、魏都区610弁公室、国保とコミュニティの関係者らは、また張さんの家に行き、写真を撮ったりした。警官らは勤務中の張さんの娘(法輪功を学んでいない)に電話をかけ、「母親に転向するように言ってくれ 」と言った。娘は「母は8年間拘禁されても、法輪功を放棄しなかったのに、私は説得できません」と答えた。

 2回目の拘禁中に、3人の家族が他界

 2014年の旧正月、張さんの80代の父親が娘を心配しながら、亡くなった。その後、張さんの母親も悲しみの中で亡くなった。90代の姑も臨終の時に、張さんの名前を呼んで涙が止まらなかったという。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2020/12/8/416160.html)
 
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