河北省邯鄲市の仝瑞卿さん一家十数人が迫害される
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 【明慧日本2021年6月5日】(河北省=明慧記者)河北省邯鄲市の仝瑞卿さん(76)一家は4世代で20人以上が法輪功を学んでおり、うち16人が無実の迫害を受けた。中国共産党(以下、中共)の関係者らは、仝さんの未成年の孫を人質として連行した。そして、仝さんの福利厚生を取り消し、給料を差し引いた上、18万元(約309万円)の巨額の現金を押収した。

 仝瑞卿さんは元河北省邯鄲労働局(邯鄲社会保障センター)の幹部で、1997年に法輪功を学んだ後、10種類以上の病気が治った。仝さんの息子は腎炎で全身が腫れて、入院中に叔母が持って来てくれた『轉法輪』を一気に読み終わった後、全身の浮腫が奇跡的に消え、すぐに退院したという。

 以下は、仝さん、妹・仝存書さんおよび家族たちが、1999年7.20、中共の江沢民集団による法輪功迫害が発動された後、受けた迫害の事実である。

 一、仝瑞卿さんが受けた迫害

 仝さんは1999年「4.25」と「7.20」の時に、北京へ陳情に行ったため、勤務先によってホテルで半月ほど拘束されていた。

 2001年7月30日午前5時、叢台公安局の国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関。以下、国保)の警官ら十数人が、仝瑞卿さんと妹の仝存書さんの自宅に押し入り、家宅捜索を行い、印刷機とすべての法輪功書籍を押収した。当時、仝瑞卿さんは3000元(約5万2000円)をゆすり取られ、保証人を立てて尋問を待つという条件付きで解放された。

 2003年3月2日、叢台公安局の国保と610弁公室の関係者らが、仝瑞卿さんを連行して、労働教養2年を科し、邯鄲労働教養所に拘禁した。

 2008年、定年退職した仝瑞卿さんは、故郷の大名県に戻ったが(90歳の母親がいるため)、大名県公安局からの嫌がらせを受けた。

 2008年3月8日午後、大名県公安局、国保、派出所は、パトカー5台と20人以上の警官を出動させ、仝瑞卿さんの自宅に侵入させた。警官らはパソコン、プリンター、5万元(約75万円)以上の現金、6万元(約100万円)以上の預金通帳、皮製品の衣類を含めて、合計13万元(約223万円)以上の価値に相当する家財を押収し、家の中を荒らし回った。

 その時、仝瑞卿さんは家にいなかったので、息子の嫁・白順峰さん、孫の仝暁凱ちゃん、仝暁寧ちゃん、仝鉄竜くんは人質として連行された。 そして、まだ14歳の仝鉄竜くんは手錠をかけられ公安局で一昼夜拘束され、脅迫された。

 2011年7月10日、仝瑞卿さんは河南省南楽県で果物を買っていたところ、地元の警官に連行された。そして、2012年、南楽県裁判所に懲役7年の実刑判決を言い渡され、5月4日に河南省鄭州新密刑務所に拘禁された。

 二、妹・仝存書さんが受けた迫害

 2001年7月30日、邯鄲市叢台区公安局と光明派出所の警官らが、仝存書さん、仝存書さんの息子、仝瑞卿さん、仝瑞卿さんの息子、親戚の甥っ子の5人を連行し、邯鄲市留置場に拘束した。仝存書さんの息子は5000元(約8万6000円)をゆすり取られて、解放されたが、仝存書さんは拘禁されたまだった。

 2001年9月27日、仝存書さんの娘は大名県の警官らにより連行され、大名県留置場に拘禁された。

 2003年、仝存書さんは懲役5年の実刑判決を下され、石家荘女子刑務所に移送された。

 2008年8月5日午前10時、大名県公安局の国保と孫甘店郷派出所の警官らは仝存書さんの夫・黄建嶺さんを車に押し込み、家財を押収した。2日後、黄さんは1年6カ月の労働教養を強いられた。

 三、仝瑞卿さんは今も経済的な迫害を受け続けている

 仝瑞卿さんは現在、帰宅しているが、仝瑞卿さんに対する迫害をずっと停止していない。2020年10月までに、仝瑞卿さんは中共の関係者から18万元(約309万円)をゆすり取られていた。また、懲役7年の間の給料を差し引かれなければならなかったという。

 仝瑞卿さんの姉は、残酷な迫害と厳しい環境の中で、法輪功の修煉を断念せざるを得なくなったため、持病が再発し、2005年5月に亡くなった。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/5/28/426216.html)
 
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