懲役7年の判決うけ、迫害された肖継英さんが死亡
■ 印刷版
 

 【明慧日本2021年6月16日】(重慶市=明慧記者) 重慶市永川区の法輪功学習者・肖継英さんは2002年8月、息子、娘と共に連行された。その後、肖さんと娘は懲役7年、息子は懲役4年の実刑判決を言い渡された。肖さんは成都女子刑務所で迫害を受け、半身不随になって自力での生活ができなくなり、2017年5月1日に亡くなった。享年68歳。

 肖さんはもともと、近所の人たちから羨ましがられる素晴らしい家庭を持っていた。息子・湯健さんは、1999年に西南石油大学の大学院を卒業し、娘・湯酥蘭さんは、1998年に四川外国語学院に合格した。

 息子と娘が迫害され、学校から除名される

 湯健さんは成績が優秀なため、西南石油大学の教師となった。1999年7.20、中国共産党の江沢民集団が法輪功への残酷な迫害を発動した後、湯健さんは1999年10月に、法輪功の無実を訴えるために北京に行ったとして、1カ月間不当に拘束された。湯健さんは大学を解雇された。

 娘の湯酥蘭さんも、1999年10月に法輪功のために北京へ陳情に行ったことで、四川外国語学院から除名され、永川公安局に連行され拘禁された。

 母子3人が実刑判決を宣告される

 2002年8月28日、肖さんは息子、娘と共に、成都撫琴派出所の警官らにより連行された。当時、学習者の段世瓊さん、謝才楽さん、謝先枝さんも一緒に連行された。

 2003年6月19日、上記の学習者たちは金牛区裁判所で裁判にかけられた。肖さん、娘の湯酥蘭さん、段世瓊さんは、懲役7年の実刑判決を宣告された。

 肖さんと娘は、四川省成都女子刑務所に拘禁された。段世瓊さんは同年9月16日、迫害により青羊区人民病院で亡くなった。

 湯健さんは懲役4年の実刑判決を言い渡され、四川省楽山沐川県の五馬坪刑務所に収容された。4年の間、湯健さんは様々な拷問を受け、今でも手首に傷跡が残っている。

 肖さんは迫害され、高血圧症と脳幹萎縮症の症状が現れ、歩くことも話すこともできなくなり、2007年に仮釈放された。

 絶え間ない嫌がらせと脅迫の中で死亡

 肖さんは帰宅したにもかかわらず、コミュニティと派出所の関係者による嫌がらせをずっと受け続けていた。プレッシャーの中で、肖さんの健康状態はますます悪化し、2017年5月1日に亡くなった。享年68歳。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/6/12/426879.html)
 
関連文章