遼寧省営口市の陳文多さんは迫害死
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 【明慧日本2021年7月17日】遼寧省営口市中学校の数学教師・陳文多さんは20数年来、中国共産党当局から、連行、家宅捜索、拘禁、罰金、解雇、労働教養処分、不当判決などの迫害を受けてきた。大連刑務所の迫害により、陳さんは心臓が突然停止状態になり、拍動が非常に不規則になった。そして、陳さんは2020年11月から心不全の症状が現れて呼吸困難に陥り、2021年1月23日に死亡した。享年52歳。

 陳さんと妻・劉丹さんは共に教師で、遼寧省営口市第24中学校に勤務していた。1997年7月、夫妻は法輪功に出会って学び始め「真・善・忍」に従って自分に要求し、名利を淡泊にし、仕事を真面目にやり遂げた。

 しかし、1999年7.20、江沢民グループは法輪功への鎮圧を発動した。そして、営口市ハツ魚圏区の政府部門は公安部門と連合して、区内に在住の法輪功学習者(以下、学習者)たちを全面的に迫害した。同区に住む陳さん夫妻も迫害から免れることができなかった。

 嫌がらせ、連行、拘禁される

 1999年7月21日夜、陳さん夫妻は遼寧省政府部門へ行き、法輪功の無実を陳情した。そのため、海星派出所の警官らは陳さんの家に来て、ドアを激しく叩き、高齢の両親と子供に恐怖を与えた。翌朝、警官は再度、陳さんの家に押し入り、法輪功の書籍、煉功用テープ、法輪功創始者の写真と説法ビデオを押収した。

 そして、7月22日、陳さん夫妻は地元公安局の警官により刑事警察大隊に連行されたが、午後3時に解放された。その後の一週間、夫妻は毎日、派出所まで来るようにと要求され、そこで洗脳された。

 同年10月19日夜、仕事から帰宅したばかりの陳さん夫妻は、派出所の警官に呼び出された。夫妻はその場で連行され、夜中の1時ごろ、拘置所に送られた。その後、家族は2人の解放を強く要求した。それで、15日間拘束された妻・劉さんは解放された。

 労働教養処分を受ける

 2000年7月、海濱派出所の警官2人は陳さんの勤務先に行き、陳さんに嫌がらせをした。7月8日、警官はまた、陳さんの家に行き、嫌がらせをした。その時、ある海東の学習者が陳さんの家を訪ねていたので、警官は海東派出所に電話をかけ、この学習者を捕まえに来るようにと頼んだ。その後、警官は帰ったが、2時間後にまた、陳さんの家に戻ってきて、陳さん夫妻を連行した。翌日、何の手続きもないまま、陳さん夫妻を拘束した。

 拘禁中、親族は陳さんと面会したが、話を少ししただけで、陳さんは部屋に連れ戻された。その後、陳さんは労働教養処分1年を科された。妻は40日間拘禁された後、罰金1万元(約17万円)を科されて、解放された。

 連行、解雇の迫害を受け 放浪生活を強いられる

 2002年1月、ハツ魚圏区政法委員会は洗脳班を設立した。そして、区の教育委員会主任は陳さん夫妻を洗脳班に入れようとした。その迫害から逃れるため、陳さん夫婦は1カ月ほど家から離れた。

 2002年4月、海濵派出所の警官数人は、陳さんの家に行った。陳さんが家にいなかったため、妻はドアを開けなかった。実のところ、警官らは家宅捜索と連行を行いに行ったそうだ。4月24日、警官2人は陳さんの勤務先へ行き、陳さんに「所長が陳さんを呼んでいる。20分ほどで帰すから、授業に影響はしない」と言った。陳さんは派出所に行ったが、所長はいなかった。警官は陳さんに尋問し、記録しようとしたが、陳さんに断られた。そして、陳さんはその場で連行され、「私はどの法律に違反したのですか?」と警官に問い詰めると「法輪功の対処は、法律に従わない」と言われた。

 今回、陳さんは1カ月間拘禁された。警官は家族から5000元(約8万5000円)を強要した。陳さんが拘禁されている間、警官は、陳さん夫妻の勤務先に夫妻を他の仕事に移すように裏工作をした。

 2002年7月、警官は陳さん夫妻の勤務先に電話をし、夫妻を洗脳班に入れるようと指示した。そのため、陳さん夫妻は、仕事場と家を離れ、放浪生活を余儀なくされた。

  懲役3年の実刑判決を受ける

 2013年11月13日、ハツ魚圏区の国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)の警官2人は、陳さんの家のドアをこじ開けて侵入し、家宅捜索を行った。それから、陳さんの家の近くで待ち伏せして、陳さんと弟を連行した。拘禁中、陳さんの血圧が260mm Hgまで上昇したが、ハツ魚圏留置場は陳さんを解放しなかった。その後、陳さんは懲役3年の実刑判決を言い渡され、2014年8月に大連市刑務所に送り込まれた。

 刑務所で、陳さんは心身ともにダメージを受け、健康状態が悪くなった。血圧が240〜260mm Hgになっていたが、刑務所側は治療のための仮釈放を許さず、降圧薬を食事に混ぜられた。その後、六大隊の第二監獄区に移された陳さんは、降圧薬を強制的に飲まされた結果、心臓病の病状が現れた。

 出所する3カ月前のある日の夜、ある受刑者がお茶をくれたので、それを飲んだ陳さんは、当日の夜、不眠になり、心臓が突然停止状態になり、不整脈を起こした。陳さんの心臓病の症状は出所まで続いた。その後、不眠症は改善できず、陳さんは毎日、夜明けの短い時間しか睡眠できなかった。

 2020年11月、陳さんは心不全、呼吸困難の症状が現れ、寝れず、体が浮腫し、苦しんだ末、2021年1月23日に死亡したという。

 
(中国語: https://www.minghui.org/mh/articles/2021/7/10/427985.html)
 
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