遼寧省葫芦島市の魏明霞さんは迫害で死亡
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 【明慧日本2021年8月12日】遼寧省葫芦島市の鋼屯鎮の法輪功学習者(以下、学習者)・魏明霞さん(70歳前後)は7月19日に連行され、留置場に拘禁されて、8月2日迫害により死亡した。しかし迫害はまだ終わっておらず、情報によると、派出所はいわゆる証拠の補足をしなければならないという。魏さんの家族は多くの嫌がらせと脅迫を受けた。

 7月19日午前10時ごろ、葫芦島市の市公安局、市国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)、連山区支局、連山区国内安全保衛部門、鋼屯鎮派出所の車両3台は鋼屯鎮趙屯村に住む学習者・朱軍さん宅に行った。朱軍さん、解琨さん、魏明霞さんの身柄を拘束し、自宅にあった法輪功の関連書籍、資料、法輪功創始者の写真、プリンターなどの私物を押収した。朱さんは当日の夜、家に戻された。

 解琨さん、魏明霞さんは葫芦島留置場で拘禁された。情報筋によると、魏さんは車椅子に乗って留置場に送られたという。

 8月2日夜に解さんは解放されたが、魏さんは迫害により死亡した。魏さんは留置場から外に運ばれ、8月3日午前、魏さんの死亡情報が伝えられた。魏さんは連行される前は、とても健康で自宅で家事をこなしていた。現在、魏さんの遺体は斎場で冷凍保存され、家族は関係者と交渉中だという。

 1999年7.20の法輪功への迫害が始まって以来、魏さんは何度も身柄を拘束され、家財を押収され、迫害されたことがある。2000年6月26日、魏さんは学習者・鄭加玉さん宅へ行ったとき、鋼西村の委員会・李玉平によって派出所に通報された。所長の馬恩友、王英、王振傑、孟慶軍などはパトカーで鄭さん宅と魏さん宅に侵入し、法輪功の関連書籍、ビデオなどを押収した。同時に魏さん、鄭さんなど3人を鋼屯鎮の派出所へ連行した。孟慶軍は狼牙棒(ろうげぼう)を使い、魏さんの背中や尻などを強く殴った。

 魏さんは全身傷だらけになり、動けなくなった。同時に鄭加坤さん、鄭加玉さんは外で土下座をさせられたまま、取調べを受けた。蔵国光は大きな声で「資料の出所を言わないと、お前の皮を剥ぐぞ」と叫んだ。翌日、蔵国光は十数人の前で、魏さんのいわゆる有罪の証拠をねつ造し、魏さんは協力しないとの理由で再び殴られた。その後、手錠をかけられ拘置所へ送られ、30日間の行政拘禁という判決を下された。 

中共酷刑示意图:毒打

拷問イメージ図:殴打

 拘置所から出た魏さんは再び派出所へ連れていかれ、迫害され続けた。魏さんが当時、明慧ネットに投稿した文章には次のように書かれていた。「7月28日、鋼屯鎮で洗脳班が開かれた。その日は小雨で、私は車から降りて廊下に入り、他の学習者は皆、壁に向かって立たされていた。この時、趙久才が部屋から出てきて、私に「お前は拘置所で断食していたそうだが、今回はもうメシを食わせないぞ」と、私の髪を引っ張りながら体を壁にぶつけた。

 その後、私の後頭部を拳で殴り、すぐに背中を足で強く蹴った。そのため、私はめまいで目がクラクラし、意識不明になる寸前だった。このように、私たちは人間扱いされず、毎日好きなだけ殴られ、食事も水も与えられなかった。猛暑の37度から38度の炎天下でも、寝ることを許されず、毎日、太陽の真下に晒され走らされた。走り終わると片足で立たせ、もう一方の足が少し地面に着いただけで狼牙棒で殴られた。

 多くの学習者がいて判断が難しい時、学習者らを階段に立たせ、両手と両足を真っ直ぐに伸ばさせ体を逆Uの字にし、頭は上にあげさせられた。50代から70代の学習者らはこのような姿勢はできず、走り終わると立ち上がる気力もない。しかし、少しでも動いたらトゲのある枝で叩かれた。特に全力で走らされた後は、疲労困憊で3、4回意識が無くなった」

 2001年2月21日、魏さんは「馬三家労働教養所」へ送られ、労働教養3年の処分が科された。当労働教養所で合計21カ月の迫害を受けた。魏さんの当時の明慧ネットへの投稿では次のように書かれていた。「馬三家での日々は、学習者らは拷問された上、長期にわたる苦役労働を強要した。その辛さはまるで死刑執行のようである。多くの作業は、ほかの工場では誰もやりたがらない強い毒性を持つ商品と原料だった。それらから出る毒で、めまい、吐き気と嘔吐、アレルギーになった。私は今でも頭痛と皮膚のアレルギーが残っている。

 当時、私の足は黄色く水膨れし、冬でも綿入れの靴を履けなかった。よく熱を出し、足腰がしびれて歩けなかったが、それでも働かされた。転向しない学習者への迫害はもっと残酷である」、「法輪功をやめない限り、警官らは手段を尽くして迫害を加える。『上大挂』(手足を引っ張って固定する)、電撃、拷問、体罰、牢屋に拘禁などのあらゆる手段を使った。それにより精神異常になったり、死亡した学習者もいた。毎日悲劇が起きている」 

 明慧ネットの報道の統計によると、2016年1月から2018年12月まで、葫芦島市の学習者のうちの36人が不当な判決を宣告された。最高刑期が14年、罰金4万7千元(約75万円)、141人は身柄を拘束され、75人が嫌がらせを受けたという。2019年から2020年の2年間、葫芦島市の学習者の2人は迫害により死亡し、17人は不当な判決を宣告され、7人は拘禁され、41人は身柄を拘束され、1人は精神病院に拘禁され、多くの人が嫌がらせを受けた。中国共産党の情報封鎖により、多くの迫害事実はまだ明らかにされず、これらの情報は迫害の中の僅かな一部分である。 

 葫芦島市興城市の学習者・程衛星さんは2020年5月12日に身柄を拘束され、葫芦島市留置場で拘禁され、迫害で死亡した。しかし、厳重な情報の遮断によって、程さんが拘禁された期間に受けた迫害の正確な状況、時間も把握できず、死亡時刻も今年の正月か、5月かの2つに分かれている。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/8/10/429389.html)
 
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