激しい頭痛の苦痛を正念で乗り越えた
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文/河北の大法弟子

 【明慧日本2021年8月25日】武漢市が2020年1月23日、コロナウイルスのパンデミックで封鎖された後、私の住む街でも住宅地の封鎖が始まりました。住宅地への出入りが厳しく制限され、街には誰もいなくなりました。

 私は小さな資料点を運営していましたが、当時の状況下では外出が制限されていました。法輪功迫害に関する資料を溜め込んではいけないと思っても、人間的な観念が生まれ、このまま資料を作り続けるべきかどうか迷いました。

 しかし、法を正す重要な時期に、師が大法修煉者に与えた使命を止めてはならないと考えました。パンデミックが深刻になればなるほど、師父が衆生を救うために協力するペースを落とすべきではありません。

 否定的な人間の考えを持ってはいけないと思いましたが、自分の執着を深く掘り下げて見ていませんでした。私はただ、他の修煉者が必要とする真実を明らかにする資料を作っただけです。

 翌朝起きると、頭にナイフが刺さっているかのような激しい頭痛がしました。冷や汗が出て、凍えるような寒さを感じました。私は医者ですが、このようなひどい頭痛は良くないと分かっていました。

 法輪大法の修煉を始める前は、よく頭痛がして、頭が痛くなると後頭部が裂けるような感じがしました。1998年に大法を修煉し始めて間もなく、師父が私のカルマを取り除いてくださったので、頭痛はなくなりました。

 今回の頭痛は、今まで経験したことのないような耐えがたい痛みでした。冷や汗が額を伝い、横になって休みたいと思いました。しかし、そんなことをしたら、旧勢力の按排に従うことになり、自分が終わってしまうかもしれないのです。そこで、私は足を組んで座禅をし、正念を発して、旧勢力が私の正念を邪魔することを断固として否定しました。

 私は自分の内面を見つめ、自分自身に問いかけました。「もし私が法をよく学び、より多くの大法の原理に同化し、岩のようにしっかりしていたら、どうして大法の資料を少なくしようと考えることができるだろうか」と。

 それと同時に、私は師と大法への信頼を強めました。私は旧勢力の迫害を認めず、苦痛を乗り越えることができるはずだと思っていました。家族はぐっすり寝ていたので、邪魔はしませんでした。

 痛みは耐え難く、冷や汗が顔を伝ってきました。しかし、私は正念を送り続け、過去の人生で負ったかもしれない借金を慈悲の心で清算しているのだと考えました。

 慈悲心で借金を清算することを望まず、私の邪魔をしようとする人たちを、私は正義の心で排除しました。師父にお願いして、私を強くしてもらいました。

 私は「法輪大法は素晴らしい真・善・忍は素晴らしい」と唱え、師父の法の一字一句が頭の中に浮かぶようにしました。

「忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる」 [1]

 私は大法修煉者であり、師父と大法を固く信じています。旧勢力によるいかなる手配も受け入れません。私には使命があり、師父が決められた道に従います。

 師父が私の体を浄化してくださったので、私は2回黒い便を出し、1回嘔吐しました。

 たまたま坐禅をする時間になったのです。非常に苦しい状態で坐禅を始めましたが、30分後には痛みが和らぎ始め、苦難を乗り越えました。

 坐禅を終えた後は、警備員が来る前に住宅地に行って同修に資料を届けなければならなかったので、朝食をとる時間はありませんでした。そこから仕事に行きました。仕事中に疲れを感じることもなく、むしろエネルギッシュな気分になりました。

 師父、苦難を乗り越えさせてくださってありがとうございました。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/6/27/422990.html)
 
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