文/中国の大法弟子
【明慧日本2021年12月11日】師父は次のように説かれました。「大法弟子よ、色欲は修煉者にとって最も乗り越えがたい関であると私は随分前に既に言いました。常人のこの情にひどく動かされています。これほどのことでさえ、自ら抜け出すことができません。当初旧勢力はこのような人が大陸の監獄に行ってはじめて改めることができるように按排しましたが、そうではありませんか? あれほど厳しい環境の下で改めるしかないでしょう。あまりに楽だからそうなったのではありませんか? 口実をもってこの心を取り除いていない人は皆自らを欺き、他人を欺いています。私はあなたのために特別な按排をしていません」[1]
師父の説法の中で悟ったことは、色欲の心は修煉者の最も乗り越えがたい関で、それは常人の情が動いて出てくるので、修煉者は必ずそれを徹底的に放下しなければなりません。
修煉して二十数年の中、色欲の心はずっと私を困惑させ、特に最近の数年来、色欲の心はもう少しで私の修煉の道に大きな障碍を残すところでした。自分の修煉の道を振り返ると、多くの妨害はどれも色欲の心と密接な関連がありました。
法を得たばかりのときの心は純粋で、師父と法をただ信じ、大法を学んで執着心を取り除くこともとても早く、師父は色欲の心を取り除くことを按排して下さり、夢の中の関も乗り越えました。現実の生活の中では夫との夫婦生活もとても良く制御できました。自分の心の中にはあれらの良くない物は無くなり、夫もそれを思いつかず、時に夫は衝動が出現しても、楽しみを感じずうやむやになります。
修煉してからの数十年、私の色欲の心はいつも淡白でした。そのとき仕事がとても忙しかったため、仕事が終わってからの時間は三つのことに忙しく、常人の物にほとんど妨害されず、個人の安逸心もとても少なく、あのときは1年中、ほとんど11時以降に寝て、朝起きていつものように煉功していました。夜は夜中に起きて村に行って真相資料を配り、色欲の心は私の空間場には存在しないと思っていました。そのとき私が発見したのは、色欲の心が無いとき、大脳はいつも空っぽで、本当に清らかで美しい感覚です。そのため色魔の妨害を受けたことはありませんでした。
2011年、定年退職してから私の精進する意志が少し緩み、安逸心が出てきて、それから情も重くなり、色欲の心も強まり、色欲の念も多くなりました。色魔が夢を利用して幾らかの光景を作って私を妨害し始め、当時自分はそれを厳粛に見ておらず、自分はすでに色欲の心を取り除いたと思っていたので、私に影響することは無いと思っていましたので、それを重要視しておらず、その危険性を緩めました。定年退職してから5~6年後、色魔は頻繫に夢の中で出現し、時に夫の形象で出現し、時に形象が無く……そのとき徹底的に警戒し始め、もうこの色魔の存在を見逃してはならないと思いました。
2019年8月初め、法の暗記を堅持して、大きな力で発正念をして色魔を一掃し、同時に毎日三つのことを集中して行い、集中して心を修め、外来の信息、他の生命が入れないようにしました。法を暗記するにつれて心性が絶えず昇華し、師父は私を助けて、多くの良くない物質を取り除いて下さいました。私は色欲の念がゆっくりと消失していきました。とくに2020年、アメリカの総選挙の期間、私は毎日堅持して長時間発正念をしました。邪悪は死に物狂いで、5日半夜に発正念し、目覚まし時計が邪悪によって音が出なくなり、私に夜中の発正念をさせませんでした。邪悪は私に夜中の発正念をさせず、しかし、私は堅持して夜中の発正念を終えてからまた寝て、1カ月ほど続けました。邪悪は我慢できず、また夢の中で色魔が妨害してきました、私は大声で「師父助けて下さい!」と叫びました。色魔は一瞬で消失しました! 私はついにこの色欲の大きな関を乗り越えました。
色欲の大きな関を乗り越えるとき、私が発見したのは、色欲は安逸心で、私が修煉で精進しないときに出現しました。私が精進し、心性が高まれば、師父はそれらの良くない物質を取り除いて下さいました。もしそのときまた怠けていたら、また各種の情が出て、また色欲の念が生じてきます。ですから必ずいつも精進の修煉状態を保たなければならず、それでどんな妨害も受けないと保証できるのです。
修煉は厳粛で、私たちは大法を修煉しており、執着心を取り除くとき、ある同修は全ての執着心が一度で綺麗になり、ある同修は2回取り除き、3回取り除き、更に多くなるのでしょうか? 私たちの一人一人の精進の程度の違いによるものだと思います。私たちは限られた時間の中で、師父の按排された修煉の全過程の終わりまで、色欲の心に足を引っ張られないよう、全て自分が安逸を拒絶出来るかどうかにかかっています。精進を保ちましょう。
私は安逸心が色欲心を引き起こす温床になると体得しました。色欲の心を取り除きたければ、必ず安逸の温床を取り除き、私たちの空間の中に温床を出現させないことです。それでやっと自分の修煉環境が清らかに保証でき、いつも精進の状態を保ち、やっとこのようにして初めて、自分の空間場に邪魔をする心を繁殖させないようにすることができます。
個人の少しの修煉体験ですので、法に則っていないところがありましたら、同修からの慈悲なる指摘をお願いします。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『各地での説法五』「二〇〇四年米国西部法会での説法」