私たち一家は大法の洪恩を浴びる奇跡の証人(一)
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文/黒竜江省の大法弟子  

 【明慧日本2021年12月17日】私は76歳の大法弟子で、修煉してからすでに25年になります。長女と三女は1999年の前に相次いで大法修煉に入りました。息子、次女と末娘は修煉していませんが、私たちの大法修煉をとても支持してくれています。夫は98年にこの世を去りましたが、当時、私が学法するのを賛同してくれていました。私たち一家は皆が大法の素晴らしさをこの身で体現しました。

 私の夫

 まず私の夫について話します。夫は修煉していませんでしたが、彼の天目は小さい頃から開いていました。彼は師父の法身が学習者の身体を調整してくださるのを見ました。私の家での学法のとき、多くの神が聞いていて、オンドルの上に座っていたり、地面に立っていたり、外にはとても多くの神が一緒に聞いていたと言います。ある日、私たちが切磋琢磨しているとき、知らず知らずのうちに常人の話になると、夫はすぐに止めて「大法以外の話をしないでください。神は聞きたくなく、皆帰ってしまった」と言いました。

 98年、夫はよく「もうすぐこの世を去る」と言い、「必ず去る」と言っていました。同時に私によく「将来大きな大淘汰があるが、あなたたちは皆大法を学んでいて、大法を学べば大淘汰の中にいない」と言っていました。また私と夫は一本の糸の上のイナゴ(運命を共にしている)と言いました。その年、夫は煤煙中毒で倒れ、そのまま起き上がることはありませんでした。私は師父の慈悲なる守りの下に生き延びることが出来ました。

 私の息子

 私は法を得る前、医者から不治の病で死を待つ人間だと診断されました。子供が小さい頃、医者から長くても2年の命と言われ、そのときはいつも痛み止めで維持していました。息子はとても焦り、それから彼は法輪大法がとても良い、病を治せると聞き、ちょうど私たちの地区の大法弟子が、皆に師父の功を伝える録音を放映していました。息子は大法弟子を連れてきて、私を連れて師父の説法録音を見に行かせました。9日後、私は身体の病が半分無くなったような気がしました。

 迫害発生後、息子はずっと私を支持してくれ、私を守り、大法を実証することを支持してくれました。最初の数年は、資料点の消耗品をいつも息子が受け取って、郡部と田舎の各資料点に送り、どんなに高い所でも、どんなに消耗材が多くても、息子は全て同修の家まで届けてくれました。車の燃料を受け取らないだけでなく、運送費まで負担しました。息子は「大法はとても素晴らしい」と、これらを喜んでしてくれました。

 息子は修煉していませんが、ずっと機会を逃さず世人に法輪大法の素晴らしさを伝えています。迫害がとても厳重だった初期の頃、息子は頻繫に資料配りに行きました。

 息子は大法の中で多く受益しました。ある年の冬、息子は三輪車を乾かしていると、火がついてしまいました! 息子は家へ向かって走りながら「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と叫びました。息子は家から一杯の水を汲んできたとき、三輪車が全て燃えていて、息子は多くを考えずに水をかけました。火はすぐに消えました。ふと見ると、三輪車はどこも燃えていなくて、オイルパイプさえ燃えていませんでした。

 ある日、車を運転していると突然故障して動かなくなり、息子はどういうことかを見ようと降りたとき、車は自動で動き、前方には多くの車があり、人もおり、まるでこの車に人が乗っているように、いくつも曲がって、一人一人、一台一台の車を避け、最後に道路の縁石を飛び越え、木にぶつかって止まりました。

 この場面を目撃した人は皆驚き、ある人は息子の所へ駆け寄って「あなたはきっと神様からの守りがある。早く帰ってお香を焚いて」と言いました。その後息子は私に「お母さんが大法を学んでいるから、うちの家族は当然神様からの守りがあるんだよ」と言いました。

 私の長女

 長女は小さな頃から身体が弱く病気がちで、25歳になっても身長は140センチほどでした。1997年に長女も法を得ました。いつのことか分かりませんが、長女の身長が高くなったのに気づき、150センチほどになっていました。前は猫みたいにご飯を食べ、体重は40キロに満たなかったのが、今では体重が75キロ近くになります。前は長女のことを妹たちはひそかに「不長」と呼んでいましたが、今では「球球」と呼んでいます。前は家の力仕事は出来ませんでしたが、今ではビールケースを上の階まで運べます。

 数年前、長女は自転車で買い物に行ったとき、若い運転手の車が前から向かって来ました。運転手は緊張していたのか、アクセルとブレーキを間違えて長女に衝突し、長女は高く跳ばされ、地面に叩きつけられました。長女は少しも怖くなく、ただしばらく動けませんでした。長女は心の中ですぐ「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」を念じ、師父に助けを求めました。運転手は怖くなって、動けなくなり、そばの人が彼に「早く病院に連れて行きなさい!」と言うと、運転手はやっと我に返り、長女に言いました。「病院に行きましょう」。長女は彼に、自分は大法を学んでいることを教え、大丈夫だと言いました。長女は自分の自転車がめちゃくちゃになり、漕げなくなったのを見て、運転手に家まで送ってもらいました。

 長女の夫はそれをユーモラスに「車に穴が開いてないじゃないか!」と言いました。長女はいつも家で師父の説法録音を聞いているので、彼女の夫も自然に聞いて分かるようになりました。

 長女の思惟は単純で、純朴で、彼女の学法環境は良いとは言えませんが、いつも僅かな時間を利用しては学法し、多年来人を救うことを怠ったことはありません。

 私の次女

 次女は、迫害の前に大法を学んだことがありましたが、迫害後に恐れてしなくなりました。次女は大法は素晴らしいと知っており、また同級生や友達に大法の真相を説明しました。次女は闘争心が強く、誰かが大法を良くないと言えば、その人と喧嘩し始めます。次女の身にも多くの神秘的なことがありました。

 ある日次女がうちに来て、喉にトゲがあり、自分では出せないから病院で取ってもらうと言いました。私は「『法輪大法は素晴らしい』と念じてみて!」と言うと、次女は「私は何で忘れたんだろう!」と言い、続けて座って静かに落ち着いて心の中で念じました。まもなく次女は「お母さん、トゲが無くなったよ。なんて不思議なの!」と言いました。

 去年のある日、次女が部屋へ入ってくるなりどうもおかしいことに気づき、とても元気がないように見えました。私は次女に「どうして仕事に行かないの?」ときくと、次女は「自分はおそらく脳血栓に罹った、半身が不自由で、舌もヒリヒリ痛む」と言いました。私は「法輪大法は素晴らしいと念じた?」ときくと、次女は「どうして忘れたんだろう!」と言って、すぐに念じ始めました。次女が絶えず念じていると、顔色も絶えず変化し、私が「少しは良くなった?」ときくと、次女は足を動かし、腕や舌を動かして、嬉しそうに「お母さん、良くなったよ!」と言いました。次の日は正常に仕事に行きました。

 職場で次女はずっと「法輪大法は素晴らしい」を念じ、両手を合掌して、師父に「師父、私は脳血栓になりませんように」と言うと、一つの声が「いい加減なことを言って、何が脳血栓ですか」と聞こえました。

 またある日、次女が階段を踏み外して、足首をくじいて大きく腫れ上がりました。このとき次女はすぐに「法輪大法は素晴らしい」と念じ続け、腫れ上がった足首はすぐに消えて、ゆっくりと自分で起き上がって、自分の家に帰り、次の日はいつも通り仕事に行きました。

 (続く)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/12/11/434433.html)
 
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