怒りから期待に
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文/中国某大法弟子の子供

 【明慧日本2022年2月19日】10年前、法輪功を紹介する資料が地面に捨てられているのを目にする度に、私は怒りを覚えていました。なぜなら、それが法輪功学習者が自らお金を出して印刷したものであって、しかもそのお金には私の分もあると思っていたからです。

 母は法輪功を修煉しています。10年間も離れていた母のそばに戻った時、私は少し違和感を覚えました。私の成長期という大事な時期に母がいなくて、お互いの心に穴が開いているのが原因の一つで、もう一つは、お金がないわけでもないのに、母は質素な生活を送り、果物やお菓子でさえ私の分しか買って来ず、自分自身はほとんど食べないのです。しかし、中国共産党に騙されている人たちを救うためなら、母はまったくお金を惜しみません。子供の頃、母が父からもらった1万元の小遣いを、再建された資料拠点に躊躇なく渡したことがあったのを覚えています。

 その後、警官に洗脳班に連れて行かれることを避けるために、母は家を出たことがあります。母が再び連行されたとき、父は一方的に離婚手続きを済ませて、私を祖父母に預けました。その後の数年間、私は孤児のように暮らしていて、友達はほとんどいませんでした。なぜなら、クラスメートに家族のことを聞かれるのが怖くて、皆を避けていたからです。

 大学進学を機に、祖父母は私を母の元に帰しました。しかし、私は大学の寮に住むことがほとんどで、母と一緒に過ごす時間はあまりありませんでした。血縁関係のおかげかもしれませんが、徐々に私は母の前で甘えて、笑うようになり、お金のこともあまり重く考えなくなりました。何より、自分は子供の頃に知っていた母の子に戻ったような気持ちにもなりました。

 今の私は、真相資料が捨てられたことに腹を立てることも、「母のお金が真相資料作りに使われていなければ、私はもっとおいしいものが食べられたのに」という恥ずかしい考えを持つこともありません。なぜなら、資料が捨てられたことは、その人が救われる機会を失ったことを知ったからです。

 劉伯温の「貧者1万人のうち千人が残り、富者1万人のうち2、3人が残る」という予言を初めて読んだとき、私はとても信じられず、「そんな愚か者がいるのか? 災難が起きたら逃げないのか? 中国人は頭がいいのに!」と考えたのを覚えています。しかし、今、疫病が流行る中で中国共産党に救いを求める人たちを見て、私は劉伯温がなぜあのように予言を書いたかよく分かりました。法輪功学習者による助けがなければ、疫病が過ぎた後、本当にそのような結末になるでしょう。

 法輪功迫害の実態を人々に伝えることによって、人々に救われる希望を与えました。「貧者1万人のうち千人が残り」という予言がすでに書き換えられていて、より多くの善良な人々が生き残ることになるでしょう。今の私はただ、法輪功迫害の実態を聞くことを拒否していた人々がもう一度救われるチャンスを掴み、すべての災難から逃れて、より良い未来を迎えることになるように祈るだけです。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/1/3/435921.html)
 
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