罵られてもやり返さず 法の中で向上する
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 文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年2月25日】私は1999年5月に大法の修煉を始めました。その時私は販売員をしていました。職場が解散してしまったので、理髪店を開店しました。

 ある日、1人の客が私の理髪店に来て、髪を切った後で会計の時、彼は4000元(約7万3000円)を私の店で無くした、私が拾ったと言い張りました。私は「私は法輪大法を修煉していて、真・善・忍を修めています。落ちているお金を拾うはずがないし、お客さんのお金を拾うはずがありますか? 私たちの師父は『轉法輪』の中で、何かをするときは相手のためを考え、他人を傷つけることをしないように教えて下さっていて、当然他人の利益を盗む事はありません。私は必ずいつも師父の要求に従うようにしていますので、安心してください。そのお金を本当に私が拾ったら、必ずあなたに返します。あなたは、どこかに置き忘れたのではないか良く思い出してみてください」と言いました。彼は「間違いなくあなたの店で無くした。もし認めないなら、すぐに警察を呼んで逮捕してもらうぞ」と言いました。私は「どうぞ、どこへでも言いに行ってください」と言いました。

 まもなく派出所の警察が来ました。私は事の経緯を説明し、それからまた彼らに真相を伝えると、その客は私が拾ったとはもう言わず、がっかりして帰って行きました。その後、彼は彼の友人の店に行って、友人に「先週お金を失った。床屋に行った時、理容師がこっそり拾った」と言いました。ある日、私が彼の友人の店に買い物に行くと、彼の友人は様々な不快な言葉で私を侮辱し、濡れ衣を着せて攻撃し、私の話を一言も聞かず、「人の金を拾って使おうとするな」等々と言われました。

 夜、学法場所に行って同修にこの事を話すと、同修は「これは良いことですよ。師父は『しかし、往々にしてトラブルが発生する時、それが人の心の奥深いところを刺すような激しいものでないと効果が上がらず、向上につながりません』[1]と説かれていますよ」と言われました。私はすぐに分かり、表面上では放棄しましたが、心の中では非常に悔しく思っていました。

 1年後、その客の友人が私に「財布をあなたに拾われたと言っていたあの人は詐欺師で、彼は全くお金を落としていなかった。現在はすでに公安に逮捕されている」と教えてくれ、「本当に申し訳ない事をした。こんなに長くあなたに濡れ衣を着せて、本当に申し訳なかった」と謝ってくれました。私は「もし法輪大法を学んでいなかったら、私はこのような濡れ衣を着せられたことを許すことが出来なかったでしょう。大法が私を良い人にしてくださったから、このように対処できたのです。あなた達も必ず法輪大法は浄土だと覚えておいてください。常に『法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい』と念じると福報が得られます」と言いました。

 私は定年退職してから息子の子供の面倒を見ています。息子の嫁は嫉妬心が強く、頻繫に私にこれは違うあれは違うと言って来て、あら捜しをし、子供が風邪をひいても私のせいにし、子供に食べさせ過ぎたとか、飢えさせたとか言います。子供が泣いても私が甘やかしたと言い、幼稚園に行きたがらない時も私が甘やかしたからだと言いました。とにかく、良くない事は全て私のせいにして攻撃し、私が全て引き起こしたことだと言い、「世界の果てまで蹴散らしてやる!」、「あなたは顔が立つ仕事をやりたがり、こびへつらっている」等々と言われました。これらの話を聞いて、本当に涙をこらえきれませんでした。しかし私は大法弟子で、彼女と言い争って良いはずがありますか? 私がもし徹底的に悔しい心を放下出来なかったら、師父の話を聞いていないことになり、大法に泥を塗ることになるので、どこにいても大法の基準で自分に厳しく要求し、良い人の中の良い人にならなければいけないと思いました。

 現在、息子の嫁は私への態度が180度変わり、また大法に同意しています。これは大法の力で、私の家庭環境の魔難が解けたのです。残された少ない時間の中で、私は必ず勇猛邁進して、三つのことを良く行い、師父の期待に応えて行きたいと思っています。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/2/21/439231.html)
 
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