万古は今生のために
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年3月4日】私は法輪大法と縁があります。ある日、誰かに導かれたように書店へ行って『轉法輪』を見つけました。本を読んで、人生に対して持っていた多くの疑問が解けました。ある日、誰かに公園へ導かれ、そこで煉功を見つけました。それから、私は法輪大法の修煉の道を歩み始めました。

 小さいときから、本を読むことが好きで、どうしても読む本がなければ、次の学期に勉強する数学や理科、化学の本を小説のように読んだので、成績が良く、1980年代の初めに清華大学に進学しました。大学での勉強だけでなく、そのほかの成績もすべて優秀でした。頂点に達したと、自分自身は何も感じなかったのですが、同級生から羨ましがられました。私は「人生ってこんなものだ」と思いました。高官や金持ちになろうと追求する人は、成功した後の感覚を得ただけで、この感覚は何ものでもないのです。

 その頃、ある文章がきっかけで、人生観や人生の意味について、『中国青年』という雑誌が全国的に大討論を巻き起こしました。私も興味津々で関心を寄せましたが、画期的なものは見つかりませんでした。当時の私は、頭の中に無神論や進化論ばかり注がれていたため、「生命は偶然に発生したもので、人生は1回しかない」と思っていました。「数年長く生きていても生きなくても変わらないので、何を追い求めても意味がない」と感じていた私は、とても辛かったのです。

 幸いなことに、清華大学の図書館には中国の伝統文化に関する書籍が多くあり、科学技術を学ぶ私にとって、現代科学とは異なる新しい分野を知ることができたのです。私はまず道教の経典から、次に仏教の経典を読み、清華大学での8年間で大量の古典を読みました。それらの内容を完全に理解することはできませんでしたが、中国の伝統文化は人体や修煉に対する研究であり、生命の本来の意味は返本帰真(世俗の慾望を捨て、人間本来の自然な姿と理念の境地に戻る)という意義であることを認識することができました。しかし、理論的にはわかっていても、具体的にどう始めるのかわかりませんでした。

 しかし、ちょうど1980年代に北京の中関村という地区を中心に再び気功ブームが起こり、多くの気功師が北京大学、清華大学、中国科学院に行き、道家の功夫を中心に、仏教の功夫も含めて気功の講義を行っていました。多くの学生が興味を持ち、気功の講義を聞きに行った後、寮で真似をしました。この気功ブームは、閉鎖的な中国人を近代科学の束縛から解放し、科学では解明できない人体の神秘が数多く存在することを認識させるうえで大きな意味を持ちました。これは、その後に法輪大法を広めるための道を切り開く役割ができたと思います。その後、『轉法輪』を読むとき、私はあの時、初めて読んだ本から知った言葉がたくさんあると思い出しました。

 ある日、学校側はおそらく、「政治的にも学問的にも精通し優れている」と見て、私を育てようと、夏休みにマルクス主義理論を勉強する講座に行かせました。講座終了後、マルクスが真理を言ったとは考えられず、むしろ多くの仮定に基づく思わせぶりな結論を出したと感じました。特に剰余価値論は、異なる社会階層間の矛盾と憎しみを作り出したと思った私は、心の底からマルクスを捨てることにしました。

 中国伝統的な文化と気功ブームのおかげで、生命には無神論と進化論を超える意味があることを知りました。「自分は何者か? どこから来たのか? 死んだらどこへ行くのか? 人生の目的と意義は何か?」という人類の究極の疑問に対して、私はこれからの人生で解決する機会があるとわかりました。

 私は卒業後も数日おきに書店に通い、主に科学や宗教に関する本を買い求め、人生の真理や意味を見つけようとしていたのです。1996年までに私は、「第一、徳には物理的な概念があること。第二、人間の文化には目的があること。第三、人類に何か大きなことが起こるに違いない」ことが認識できました。

 科学と宗教の両方を探求していた私は、「科学上で宇宙を認識する方法は、物事の一端しか見ずに、全体を当て推量することで、科学研究は終焉を迎え、人生の意味を探求する指導作用が無くなった」と、科学に対してますます失望しました。古今東西の宗教の本を読めば読むほど、「太鼓の中に閉じこもり」(事態が全く把握できない状態に置かれる)、つまり「問題を徹底的にはっきり説明していない」と感じたのです。例えば、いくつかの正統な宗教は人に良い人間になるように言っていますが、なぜ良い人間にならなければならないのかを教えていなかったのです。

 1997年、縁あって法輪大法に出会いました。それ以前のことを振り返ってみると、すべての道が按排されているとわかりました。何度も危険に遭って命を落としそうになりましたが、乗り越えられました。修煉する前から師父は私を見守ってくださったのです。大法を修煉してから、師父が私に新たな修煉の道を按排してくださったことをはっきりと感じました。以前の人生は家、車、貯金があって、主流のエリートになることが目的でした。

 一方、修煉後の人生に、私は「良いものを本当の自分の家に置き、人間の生活ができる程度で良いとし、同時に、人間として苦を嘗めれば、以前の借りを返すことができる」と思いました。ですから、大法を修煉してからの25年間は、快適な生活とは言い難いものでした。特に邪悪に迫害された時、本当にイエスが磔にされたような苦しみを味わい、すべての細胞が業力に殺傷され、一秒一秒がとても長く感じました。

 20年以上にわたって大法を修煉してきた私は、人生に対するすべての疑問が解けただけでなく、師父は宇宙天体の巨大な画面を見せてくださり、遥か昔の宇宙天体の歴史を知ることができました。法輪大法は宇宙の成、住、壊、滅の問題を解決し、新しい宇宙は不滅になります。これは法を正す過程で残る宇宙天体と無数の衆生が決して報いることができない功績です。

 私たちは、師父の要求に従って大法を実証し、旧宇宙から新宇宙へ向かう過程を目の当たりにし、歴史の証人になれます。 私たちは、過去に神でさえ知らなかったことを知り、真・善・忍という宇宙の特性を基準として修煉でき、真・善・忍に同化することができ、本当に幸いなことです。

 法を正す最終段階に達し、衆生済度は最も重要な局面を迎えています。師父は私たちを救い、未来のすべてを創造して下さいました。私たちは衆生を救い、未来の宇宙を繁栄させるために、誓いを果たさなければなりません。今年は法輪大法が広まって30周年になりますが、それを記念して、次の詩を捧げたいと思います。

 茫々たる蒼穹、億万劫

 時空を超え、三界を旅し 

 数千回も、輪廻転生し、 

 ただ今生の大覚になるために

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/2/14/438821.html)
 
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