四川省綿陽市の法輪功学習者・母志太さん 不当に懲役3年
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 【明慧日本2022年4月23日】四川省綿陽市の法輪功学習者・母志太さんは2021年6月22日夜、綿陽市涪城(ふうじょう)区の警官らに連行され、家宅捜索を受けた。同年11月に涪城区裁判所で開廷され、不当に懲役3年の実刑判決を下された。

 志太さんは53歳男性、綿陽市北川県の出身。1997年に心身を鍛える功法である法輪功を習い始め、それから真・善・忍にしたがってより良い人を目指し、悪い習慣を戒め、健康の道に辿りついた。1999年7.20中国共産党の迫害によって、志太さんは何度も連行され、拘禁された。志太の父は、より良い人を目指している息子が拘禁されたことを理解できなかったため、病気の中で憤慨してこの世を去った。

 2021年6月22日夜、志太さんは連行され、息子とも家宅捜索を受け、多くの個人財産を押収された。志太さんは綿陽市留置場に6カ月近く拘禁された。涪城区裁判所は2021年11月26日に志太さんに対して開廷した。家族が依頼した北京の弁護士は無罪を弁護した。しかし、志太さんの家族の傍聴、ひいては息子の傍聴さえ裁判所に禁止された。

 下記は志太さんが中国共産党に迫害された事実の一部である。

 2000年12月28日、志太さんは平和的な陳情と真実を説明するために北京に行ったところ、連行され、北京にある湖南事務所に拘束された。そこで、志太さんは便所で頭を押さえつけられ、溺死させられるほどの拷問を受けた。さらに手錠をかけられて壁に叩きつけられ、手錠が折れた。また、全身激しく殴られ蹴られ、時計と現金400元を奪われた。2001年1月、志太さんは綿陽市北川留置場に移送され、そこで毎日殴られ、平手打ちされていた。2カ月後、2年の労働教養を強いられた。労働教養所で、毎日長時間にわたって立たされ、走らされ、小さい椅子に座らされるなどの拷問を受けた。そして、奴隷のように労働を強要された。睡眠を剥奪されて、2002年6月から1カ月以上にわたって毎日2時間の睡眠しか取らせてもらえなかった。2005年8月、志太さんは再度1年の労働教養を強いられた。2006年8月、解放されて帰宅した志太さんは常に当局からの嫌がらせを受け、放浪生活を余儀なくされた。 

酷刑演示:多根电棍电击

拷問のイメージ図:数本のスタンガンで一斉に拷される

 2012年4月、志太さんは涪城区の警官により再度連行され、翌年3月に懲役3年の実刑判決を言い渡された。嘉州刑務所で、刑務官の指示により、受刑者は学習者に「『三書』を書かない人は一つの結果しかない。すなわち、3日間で痩せこけ、1週間で崩れ、半月で寝たきり、1カ月で地獄に落ちる」と脅した。つまり、法輪功を放棄しない限り様々な拷問に直面する。拷問の手口は罵る、殴打、縛る、催涙ガスをかける、唐辛子汁をかける、スタンガンで電気ショックを加える、睡眠を剥奪する、長時間立たせる、強い日光の下に晒す、他人との接触を制限する、手紙書くことを禁止する、長時間軍人の姿勢で座らせるなどである。

 (注:法輪功学習者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/4/19/441460.html)
 
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