【慶祝513】 真相を理解した周囲の人々---法輪大法伝出30周年に寄せて(二)
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文/江西省の大法弟子

 【明慧日本2022年6月19日】(前文に続く)

 四、居民委員会の主任の後悔

 1999年7月20日、中国共産党(以下、中共)は法輪大法への迫害を開始しました。私の職場の当時の居民委員会の主任の1人は、積極的に中共に追随し、政治資金を稼ごうとしていました。その時私はまだ所帯を持たない娘で、居民委員会の主任は私をいじめやすいと考えました。その主任は居民委員会で私に一昼夜手錠をかけ、私を不当に拘禁し「過ちを悔い改める書」を書くように私に迫りました。その主任は警官とともに私の両親を脅迫し、タバコやワインなど高価なものを私の両親に買わせ、さらには両親に犬の肉を買ってきて食べるように強要しました。翌日、今度は私を不当に警察署に連行し「保証書」を書くように強要しました。

 私をある留置場から別の留置場に不当に移送される途中、その居民委員会の主任は私に「私はあなたを留置場に送った後、胃腸炎で入院しました。まだ退院できていないので、病気を抱えながら仕事をしています」と言いました。その因果応報が始まったばかりであることをその居民委員会の主任はまだ知りませんでした。

 洗脳班に私ともう一人の同修を不当に拘禁して帰ってきた後、結婚して家を買うお金がない娘のために、その主任は家を買い、娘と娘婿と一緒に暮らしていました。しかし、娘婿との関係がギクシャクし、引っ越したいと思っても家を買う余裕がありませんでした。さらに体調は日に日に悪くなり、ほどなくして死にました。

 以前親戚に「この主任があなたを居民委員会で一昼夜拘禁して手錠をかけたことは法律違反です。私は彼に対する訴訟を起こし、必ず法律の制裁を下します!」と言われたことがありました。その時すでにその主任が重病であることや、私や他の学習者を迫害したことを後悔していることを私は聞いていました。すでに罰が当たっていたので、裁判を起こそうが起こすまいが関係なく、やはりやめておこうと思いました。

 五、善念のある作業場主任

 職場の利益がよくないため、私が妊娠してから間もなくして作業場の再編成が行われました。今(訳注:2022年5月)の主任は、月に一度、工場に来て経費の精算や給与計算をするほかは何もすることがなく、私にとても親切にしてくれました。私はお湯を沸かしたり、消耗品を揃えたり、事務所の掃除をしたりして、毎日、同僚の手伝いをし、できることを行っていました。

 今(訳注:2022年5月)の作業場の主任は、私が出産して退院した直後に、夫が県公安局の警察に連行されたことを聞き、すぐに同僚と一緒に私の家まで来てくれました。作業場の主任は「育児休暇を1カ月取ったら、給料はいくらになりますか?」と私に聞きました。基本給の数パーセントで、100元ほどもらっていると言うと、作業場の主任はショックを受けて「そのような金額でどうやって生活していけというのか? 旦那さんがまた連れ去られ、仕事もなく、家賃を払い、子供を育てなければならないというのに」と言いました。

 作業場の主任はすぐに同僚に、作業場で毎月300元を私のために補充する、と言いました。そして同時に私に謝りながら「作業場は今も少し困難なので、まずはこれぐらいしか補充できません」と言いました。緊急の問題を解決してくれた主任に、私はとても感謝しました。この善行は主任に良い報いをもたらしました。その後、この作業場は経営不振で前主任が引き継いだのですが、その主任は工場から降格されることなく、技術部門で引き続き仕事を続けました。

 作業場の前主任は、私が家庭を持っていない時の上司でしたが、その後、私は別の部署に移されました。『共産党についての九つの論評』が発表された後、三退の大潮流が『共産党についての九つの論評』によって始まりました。『共産党についての九つの論評』や『江沢民その人』などの本を作業場の前主任に見せると、作業場の前主任は特に喜んで読み、友人たちにも教えていました。

 今後、新しい情報があればすべて見せるようにと私は作業場の前主任に何度も催促されました。私は前主任に脱党するよう勧め、前主任は快諾しました。その結果、前主任は工場本部の生産部長への昇格に恵まれるという福報を得ました。前主任の妻は1999年以降に癌になりましたが、20年以上たった今(訳注:2022年5月)も体はやはり元気でした。

 産休が終わった後、別の作業場に異動になったのですが、そこの主任は工場で一番若い中級幹部で、仕事も人脈もまだあまり良い結果を出していない適齢期を越えた未婚の青年でした。作業場を請け負ってからまだ日が浅いこともあり、そこの主任は私に「作業場はまだ始まったばかりで、困難も多いと思います。 あなたも経理だけではもうダメで、生産ラインにも入って、作業場の原材料や消耗品の仕入れを担当してください。保管、物流、現場管理、設備の整備、その他すべての仕事を兼務してください」と言いました。これだけの作業をして、たった数百元の賃金でも、私は承諾しました。

 作業場で使う原材料を購入する際、「もっと領収書を切らせてください」と請求してくる人によく出会いました。その時私はいつも「私は法輪大法の修煉者であり、自分のものではないお金を偽ることはできず、これ以上は求めません」と伝えました。中には私が礼儀正しいことを言っていても、領収書を直接多く切っていると思っている人もいたかもしれませんが、私は帰ってくるたびに、財務報告後に余ったお金を財務部門に渡したことを作業場の主任に伝えていたので、財務部門、材料監査課、工場長、作業場の同僚はみな、私が欲張らず得をしないことを知っていました。主任は私のことを頭が悪いと言い「稼ぎが少ないのだから、余ったお金は家族のためにとっておいたらどうなのですか? さらに財務に戻すのですか?」と言いました。私は「私は大法の修煉者であり、このような不浄の財はいりません」と言いました。

 ある日、保安課長が私と作業場の主任を呼び「私を洗脳センター(訳注:洗脳班)に送るようにとの上層部からの指示がありました」と言いました。作業場の主任はしばらく考えてから「私は同意しません。彼女は私の作業場の中堅です。彼女がいなくなったら、私の作業場はどうなるのですか?」と言いました。課長は「上から指示があったのです」と言い、主任は「私はかかわり合いません。あなたが私に聞いたなら、私は強く反対します!」と言いました。

 主任の反対は私を迫害から救い、主任に相次いで幸運をもたらしました。この若い主任は結婚して息子を授かっただけでなく、私たちの作業場は利益を上げ、他の作業場はすべて赤字で年を越しました。工場の幹部会議では、他の全員がみな痛烈に批判されましたが、この主任だけは工場長から高く評価され、多くの表彰を受けました。

 六、善意の隣人と大家

 より多くの人に法輪大法の真相を理解してもらうため、私は家を借りている村で何度も真相資料を配布しました。多くの善良な隣人が真相を理解し、正義と善良を選択しました。

 ある日、仕事から帰る途中、何者かに車で尾行されているのに気づきました。 中庭に自転車を止めたところで、1階に住む年配の女性に呼びとめられ、その女性は「今日、誰かがあなたに会いに来て、後でまた来るそうです。彼らが来て1週間が経ちました。彼らに見つかる前に、家の中にあるものをすべて片付けてください。彼らは、あなたのご主人は危険な人だから気をつけつけるように、と私たちに言いました!」と言いました。この善良な女性が危険を冒してまで私に知らせてくれたことに私はとても感謝しました。

 私が上に上がってドアを開けたとたん、大家が慌てて降りてきてとても差し迫った様子で「今日誰かがあなたに会いに来て、後であなたの家を家宅捜索に来るかもしれません。家にあるものを急いで全部出してください。私が預かっておいて、家宅捜索が終わったら後で返します」と言いました。私は「家には自分で読むための大法書籍が数冊あるだけです」と言いました。大家は「それなら早く私に渡してください。誰にも知らせないことを約束し、後で無事にお返しします」と言いました。

 その日の夜、国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関。以下、国保)の警官が不当に家宅捜索にやってきて、私と夫を警察署に連行して一晩中不当な取り調べをしましたが、何も見つかりませんでした。国保の警官たちは翌朝早く私たちを家に帰すしかありませんでした。

 国保の警官たちは私たちを諦めようとせず、しばしば村民委員会や大家に圧力をかけて、私たちを強制的に引っ越しさせようとしました。後日引っ越した時、1階のおばあさんに最近よく太った孫が生まれたので、私は子どものためのものをたくさんあげました。

 大家の妻は中年で子供ができ、その世話をするためにヘルパーを雇っていました。ある日、ヘルパーが赤ん坊を連れて遊びに出かけようと乳母車を押していたところ、赤ん坊をきちんと支えていなかったために、赤ん坊と乳母車は一緒に階段から落ちてしまいました。音を聞いてドアを開け、私は衝撃を受けました。幸いなことに、赤ん坊には何も起こらず、どこにもぶつかっておらず、ただ怖がって泣いていただけで、本当に大法の師父のご加護のおかげでした!

 新しい大家は、退職する前の職場のかつての上司でした。私たちが『共産党についての九つの論評』を見せたところ、新しい大家は大変気に入り「時間をかけて読みたいので貸してほしい」と言いました。夫は、新しい大家に譲ります、と言うと、新しい大家は大いに喜び、友人にも見せたい、とも言いました。

 大家の妻は特に善良で、私と夫は毎日仕事に早く出て遅く帰ってくるので、仕事を終えたらすぐにおいしい温かい食事が食べられるようにと、無料でご飯とおかずを提供してくれました。大家の夫婦2人には感謝してもしきれず、大家とは家族のようなものでした。

 ある日の仕事帰り、大家の妻が「今日、若い男が来て、あなたたちを追い出し、ここに住まわせないように言われました」と言いました。大家の妻はその若い男に「ここは彼女の職場の寮です、ここでなければどこに住むのですか? あなたが彼女たちに住む家を提供するのですか?」と言いました。私は「また県国保の警官でしょう。以前にも大家さんに私たちの引っ越しを迫ったことがありましたが、今回もまた来ました」と言いました。老婦人(訳注:大家の妻)は「私は彼らを怖いと思いません、彼は私を怒鳴りましたが、私が自分の家に誰を住まわせようと、彼らには関係ないことです!」と言いました。

 法輪大法が全世界に広く伝わってから30周年を迎え、ますます多くの人々が法輪大法がすばらしいことを知るようになりました。特に中国の善良な人々は、中共が法輪功を弾圧・迫害し続ける中で、率先して学習者を助けることで、すでに自分と自分の家族に大きな福をもたらしました。さらに多くの人々が立ち上がり、学習者への迫害に反対し、法輪大法を支持するようになると私は信じています!

 (完)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/5/31/442272.html)
 
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