大慶市の法輪功学習者・姜徳栄さん 迫害され死亡
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 【明慧日本2022年7月6日】黒竜江省大慶市の法輪功学習者・姜徳栄さんは、心身ともに鍛える気功「法輪功」を学んでいたとして、かつて懲役7年の不当判決を下された。刑務所でひどい拷問をされた結果、肺結核、胸水、呼吸困難などの症状が現れた。7年後やっと、出所して帰宅した姜さんはさらに、経済的な迫害を加えられた。そのため、健康状態が悪化した姜さんは、2022年3月中旬に死亡した。享年51歳。

 姜さんは譲湖路区に在住だった。大慶電気事業局の専門学校を卒業後、大慶油田設置会社の保温支社の電気工事士になった。1996年、姜さんは法輪功を学び始め、法輪功の教え「真・善・忍」に従って自分を律し、仕事を真面目にこなし、高い評価を得た。

 しかし、1999年7.20、中国共産党の江沢民グループは法輪功迫害を開始した。それから、信仰を堅持していた姜さんは、残酷な迫害を受けた。

 陳情したため連行・拘禁される

 2000年6月19日、姜さんは法輪功を陳情するため、ハルビン市へ行った。しかし、そこで私服警官に連行された。その後、姜さんは勤め先の人によって大慶市に連れ戻された。そのため、姜さんは勤め先に車代として2000元を支払わされた。他に、会社の書記からも1000元を強請り取られた。

 2000年10月、姜さんは法輪功の陳情に北京へ行ったが、会社の保衛科の職員によって大慶市に連れ戻された。15日間拘束され後、さらに7日間洗脳班に拘束された。その間、姜さんは断食して強制洗脳の迫害に抗議した。勤め先や警官から5550元を強請り取られた。

 それから、姜さんは「法輪功を放棄する誓約書」にサインを拒否したため、勤め先から毎月400元を減給された。その7カ月後、勤続年数の買い取り(定年までの残り年数の費用を一括で支払い、双方の労資関係を解除すること)を強いられた。勤め先の保衛科は姜さんに再度陳情へ行かない保証金として、5000元を支払わせた。

 懲役7年の実刑判決を受ける

 2002年4月20日午前、大慶の国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)、譲区政保科、乗風庄派出所の警官らは姜さんが大慶地区のケーブルテレビ放送を電波ジャックし、法輪功の無実のビデオ放送に関与した疑いで、姜さんを自宅から連行し、家宅捜索をした。警官らは近所の人たちに「姜徳栄は親を殺害しようとしている」とデマを言いふらし、消防車を呼んできて、梯子を使って、3階の窓のガラスを壊して姜さんの家に入ったという。

酷刑演示:铁椅子

拷問の再現:鉄の椅子に固定

 姜さんは鉄の椅子に6日間固定される拷問を受けた後、大慶留置場に送られた。

 2002年11月、大慶市紅崗区裁判所は姜さんに懲役7年の実刑を下し、姜さんを大慶刑務所に送り込んだ。

 刑務所で拷問される

 刑務所で姜さんは「転向」せず、囚人服を着ず、受刑者の番号を言わないため、何度も殴打され、何回も独房に拘禁された。何度も断食して迫害に抗議したが、姜さんは虐待、人格侮辱などの残酷な迫害を与えられた。

中共酷刑示意图:殴打

拷問のイメージ図:殴打

 2005年、刑務所側は功績のため、新聞で姜さんが「転向」したと発表した。それを知った姜さんは「新聞で『転向』したリストに自分の名前が載っているのを見て、驚き、怒りました。私は法輪功を学ぶ心が動揺したことはありません。この卑劣な行為を軽蔑します」と話した。

 2006年1月26日、姜さんは刑務所所長に殴打されて、独房に送られた。

 2006年1月27日~2月までの1カ月近く、姜さんは断食して所長の悪行に抗議したが、強制的に塩水を灌食された。

酷刑示意图:摧残性灌食

拷問のイメージ図:灌食を強制される

 2006年9月下旬、姜さんは再度、断食で迫害を抗議したが、灌食された。

 2007年9月7日、姜さんは警官の指示を受けた受刑者らに外へ引きずられて、スタンガンで30分以上電気ショックを与えられた後、独房に拘禁された。

 公安局や刑務所の一連の迫害で、元気だった姜さんは肺結核、胸水、呼吸困難の症状が現れ、数回も譲区龍南病院に送られ、胸水を抜くことにした。姜さんは極度に痩せ、話すことも歩行することも困難になり、呼吸困難で横にもなれず、非常に苦しんだ。継続的に拘禁する条件を満たさなくなり、家族は姜さんの解放を求めたが、拒否された。

 2009年、息が絶え絶えになり、多臓器不全の姜さんはやっと刑期を終えて帰宅できた。

 経済的な迫害を受ける

 家に帰った後、法輪功を学び続けた姜さんは健康状態が改善できた。

 2012年8月7日午前、法輪功学習者・張増海さん(迫害によって死亡した)は姜さんを家に呼び、息子の家に衛星受信アンテナをつけてほしいと頼んだ。その1時間後、警官たちは張さんの家に押し入り、張さんと姜さんを連行した。姜さんは譲湖区留置場に送られた。その後、警官は家族から1万元を強請り取って、姜さんを帰宅させた。

 2012年9月、姜さんは毎月1200元の生活費の支給を停止された。

 その後も警官やコミュニティのメンバーが姜さんに対して嫌がらせを続けた。そのため、姜さんは正常な生活が送れず、健康状態が悪化し、肺膿瘍を患い、咳をすると嘔吐し、呼吸困難などの症状が現れ、やがて酸素も効かなくなり、やせ細った。そして、2022年3月中旬、姜さんは南方の実家で亡くなったという。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/6/9/444683.html)
 
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