2022神韻の宣伝に参加した修煉体験(一)
■ 印刷版
 

 文/ カナダの大法弟子  

 【明慧日本2022年10月25日】

 一、真剣に学法することが根本

 毎日、落ち着いて法を学ぶ時間を確保するために、私たちの学法グループは朝4時に起きて5時50分まで『轉法輪』を読み、5時55分から6時10分まで発正念をした後、6時20分から7時30分まで法を暗唱しています。法を読むにしても、暗唱するにしても私たちは学法の進捗や学ぶ量にこだわらず、形式にとらわれずに、焦る気持ちを押さえ、一文字一文字が心に刻まれ、目の前に現れるようにゆっくり読んでいきます。ほかの同修が読む時は、自分も一緒に読み、同修が読み間違えた時は、自分も同じ間違いを犯していないか確認し、正しい単語や文章を繰り返して読みます。

 法を暗記するときは、全員が交代で法の一文を何度も何度も心に刻んでから暗唱し、心を空っぽにして何も考えないようにします。 朝早くから学法しているため、急な電話やメールへの対応で学法が妨げられることもなく、神韻に関する具体的な事柄も考えなくて良いのです。私たちはただ師父の要求に従って、一心に法を学び、修煉に専念し、法に照らし合わして自分の足りないところを探します。法を学ぶ過程は法に同化する修煉の過程なのです。

 私が『轉法輪』の第八講の次の段落を暗記していた時のことです。「われわれは初めから百脈を全部開かせます。今日まで、われわれの八割、九割の人は身体が軽快な状態に達しており、病気がなくなりました。同時にこれまでお話ししてきたように、この講習会ではあなたをこのような状態に押しあげて、あなたの身体を完全に浄化させ、その上この講習会の間に功が出るようあなたの身体の中に多くのものを植えつけています。ですから、わたしはあなたを引っ張りあげたうえに、前へ押しているのに等しいことをしたと言えます。わたしは講習会で皆さんに法をずっと説き続けており、皆さんの心性も絶えず変化しています。われわれの多くはこの講堂を出たら、自分が別の人に生まれ変わったように感じられるに違いありません。あなたの世界観も間違いなく変わり、これからどんな人間になるべきかが分かり、いままでのように愚かに暮らすわけにはいかないと分かるに違いありません。絶対そうです。したがってわれわれの心性がすでに上がってきたと言えるのです」[1]

 この段落を繰り返し暗唱していると、言葉から強い佛光とエネルギーが発せられ、師父の法身が私のために、またこの場にいるほかの同修たちのために百脈を全開させてくださっているのを感じました。同修たちの間のエネルギー場はお互いに通じていて、すべての空間の身体が完全に浄化され、病気もなく、軽やかで健康な状態になりました。各次元の身体は慈愛に満ちた法の光に包まれ、師父がたくさんの良いものを私たちに与えてくださいました。以前、神韻を宣伝する際に、私はいつも自分の考えに執着して自分が重要だと思うことだけを選んでやっていました。あれこれを選んでやることはもうやってはいけない、人為的に自分の修煉と人を救う道を妨げてはいけないと自分に言い聞かせました。私が「絶対そうです」と書いているところを暗唱する時、師父の肯定的な口調に大法修煉に対する強い信念が湧いてきて、自分の心性も高まってきていると感じました。私は真心で自分を変えたい、自分に与えられた仕事は何でもやって、同修たちとよく協力して2022年の神韻宣伝に取り組みたいと思いました。

 二、挑戦とチャンスは共存する

 コロナの流行で神韻の宣伝が難しくなっているように見えますが、個人的には、このような困難や不安定な要素は、私たち修煉者の心構えや法に対する理解を深める必要があると理解しています。法が求める心性と認識を高めることで、これらの問題は神韻の宣伝に影響を与えることはありませんし、与えるべきではありません。

 同修からの依頼で神韻の顧客へのフォローの電話をかけたことがあります。顧客はアジア系の女性で、以前から神韻を見たいと思いながら、なかなか見ることができなかったと言いました。家族8人でミシソーガで行われる公演を見に行きたいと言い、130ドルのチケットを買いたいというので、私は彼女のためにシステムでチケットがあるかチェックしました。彼女の希望は家族で一緒に座りたいとのことで、大人も子供もいるので、土曜日の午後2時からの公演しかありませんでしたが、システムを確認したところ、その時間帯にはもう8枚並んでいる130ドルのチケットはありませんでした。夜11時くらいまで、彼女とメールでやりとりしました。彼女のニーズに応えるため、同修は劇場から8枚連続の150ドルチケットを譲渡することができると言いました。私は、購入するチケットを130ドルから150ドルに変更することは可能かと彼女に聞きました。私たちが一生懸命に彼女のためにチケットを探しているのを感じて、彼女は150ドルのチケットに変更することを快諾してくれました。そして、何度も何度もお礼を言っていました。

 しかし、お礼を言って、クレジットカードで支払いをしようとしたところ、突然彼女は、「電話とメールでしかやり取りしたことがなく、直接会ったこともないのに、どうして信用して電話でクレジットカードの情報を教えられますか?」と言うのです。 数秒のうちに感謝から疑う態度へと変わったのに対し、私は気を取り直して、電話で笑顔でこう言いました。「お客様の立場に立って見れば、疑問を持たれることは十分理解できますが、ご心配はいりません。お客様はクレジットカードでお支払いするので、もし請求書と実際の買い物が一致しないことが後で分かったら、銀行に支払いを拒否してもらい、支払うべき金額だけをお支払いすれば大丈夫ですよ」と言いました。彼女は私の話に納得し、すぐにクレジットカードの情報を提供してくれました。私は彼女のチケットをコンピューターで処理しながら、彼女にこう言いました。「私は10年以上神韻の宣伝の手伝いをしていますが、すべて誠実さと神韻の観客のことを考える原則に基づいています。私たちから団体チケットを購入した人の中には、私たちのサービスに満足し、信頼できると感じて、毎年新しい団体を組んで神韻を見に来る人もいます」。それを聞いたアジア系の女性は、この8枚のチケットを買ったら、もっと多くの友人や同僚にも神韻を見に来るように伝えます、と言いました。

 疫病の流行によって、神韻の宣伝に挑戦することになりましたが、同時にチャンスも与えてくれました。別の同修からある私立学校の電話番号を教えてもらい、フォローの電話をしました。電話してみると、疫病の流行で補助金をもらっていて、校長先生はそのお金で神韻を見に行くつもりだと言いました。 校長先生と何度も話し合い、水曜日の午後2時からのチケットを36枚購入してもらうようにしました。神韻を見に来たのは主に学生で、学校側は保護者に同意書にサインしてもらう必要がありますが、この学校には中国からの保護者もいて、彼らは学生たちが公演を見に行くことに反対し、これが騒動に発展しました。校長先生の言葉を借りれば、学校の電話が鳴りっぱなしで、校長先生が相当なプレッシャーにさらされていることが伺えました。

 私は神韻の美しさや価値をいくら時間や言葉を費やして紹介しても、校長先生本人に直接見てもらうことに勝るものはないと思い、校長先生に事前に公演を見てほしいとお勧めしました。鑑賞後、校長先生は「神韻は美しい」と絶賛し、保護者に向けて、「校長として個人的に神韻を見ましたが、神韻を見ることが生徒にとって最高の芸術体験であると責任を持って言えます」という趣旨のメールを書きました。このメールが出された後、さまざまな心配や反対の声が一気に解消され、 校長先生は、「保護者の同意書はすべて無事に受け取りました」と言いました。学生たちがチケットを購入したということは、人を救う全体の過程において重要な一部分に過ぎず、私たちは発正念を続けるべきであると気づきました。他の劇場が当時まだ入場時にマスクを必要としていたことなど、劇場側の疫病の流行に関するルールについても伝える必要がありました。 彼らがチケットを買ってくれたからと言って安心するのではなく、途切れることなく公演を最後まで見届けるまで、正念を持ち続けなければなりません。

 私は校長先生に、神韻は完全な芸術的「饗宴」であり、せっかくチケットを購入したのだから、一演目も見逃してはならないと説明しました。そのため、校長は劇場までの交通手段の手配と人員配置を非常に重要視していました。公演当日、生徒と教師は早めに劇場に到着し、公演が終わるころには、すっかり笑顔になっていました。校長先生は、学校に戻ってから、生徒たちに神韻の評価を求めたと言います。 もちろん、誰も神韻に点数をつける資格がないことは分かっていますが、校長先生は、生徒たちから感想を聞きたいと思い、1点から10点満点までの評価を求めました。その結果、大多数が10点満点をつけ、中には11点をつける人もおり、「満点」だけでは好きな気持ちを表現しきれないと感じ、「無限大」の点数をつけた人もいました。 校長先生は、「神韻の公演の成功、おめでとうございます!」と言い、「神韻の美しい公演は、生徒たちの心に深い印象を残しました。終演後、何人かの生徒が『家に帰ったら、親を連れてまた神韻を見に行きます!』と言ったそうです」と言いました。

 (続く

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/7/22/446596.html)
 
関連文章