中国法会| 建設現場で堂々と法を実証する
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文/中国の大法弟子口述 同修整理

 【明慧日本2022年11月24日】

 私は中国東北の農村部に住み、1998年から修煉をし始めました。今回、第19回中国本土の大法弟子による修煉体験交流会の開催にあたって、自分が建設現場でアルバイトをした経験を書き出して、師父にご報告し、同修たちと交流したいと思います。

 1999年の7.20から中国共産党(中共)による法輪功への迫害が始まりました。法輪功は人々に良い人になることを教え、多くの人々が健康を回復しました。このような良い功法がどうして許されないのか、私はどうしても納得がいかず、何とも言えない気持ちでした。私は正しいことだと確信すれば、最後までやり遂げる性格で、自分と接する周りの人々に法輪功の無実を伝え始めました。

 自分の周りの人々にほとんど伝え終わり、環境を変えてより多くの人々に中国共産党(以下、中共)の法輪功への迫害の実態を伝えたいと思いました。それから、3年間の旧正月から秋の収穫まで、建設現場での仕事の経験をしました。

 一、建設現場で学法煉功を続ける

 修煉者としては毎日学法しなければなりません。私は大法の書籍を全て建設現場に持っていきました。毎日の仕事が終わり、晩ご飯の後、私は必ず静かなところで煉功します。終わって寮に戻ったころ、部屋は静かになり、私の学法の時間になります。

 寮には鉄製の二段ベッドがあり、私は下の段で寝ていました。ルームメートの休憩に影響が出ないよう、私はカーテンを引き、電気コードに電灯を取り付けて、自分の学法環境を作りました。毎日晩ごはんの後、煉功し終わったら夜の12時まで学法し、発正念をして寝る日々でした。

 仕事に影響が出ないように、私は毎日早朝2時ごろに起きて、外で動功をやってから室内で静功をやりました。毎日2時間あまりしか寝ていませんが、毎日元気いっぱいで、まったく眠気がありませんでした。

 学法の効率を高めるため、師父の経文を書き出して私が仰向けになる時に見える上のベッドの板に貼り付けました。他人がおしゃべりする時、私は経文を見て、法を暗記し、一つを覚えたら、別の物に替えました。

 建設現場の蚊はとても大きく、私が外で煉功する時、蚊がお腹を大きく膨らませて血を吸い、蚊に刺されて大きく腫れていますが、室内に戻って静功がまだ終わらないうちに腫れは消え、痒みも無くなりました。

 二、大法を実証し、真相を伝える

 師父は「大志を懐きながら細かいことに配慮し」[1]と説かれました。

 修煉者として、生活における些細なことも、時々刻々大法の基準で自分を律しなければなりません。毎日の仕事が終わり、直ぐに食堂に駆けつけていく人がほとんどですが、私は先にシャワーを浴びて、清潔な服に着替えて洗濯してから食堂に行きます。遅い時はご飯がなくなる時もありますが、気にせず自分でそうめんを作って食べました。

 多くの人は仕事が終わったら、もうヘトヘトでシャワーも洗濯もせず、何日も着替えない人がいます。私は毎日の身だしなみをきちんとしています。たまに「お見合いにでも行くのか」と冗談を言われたことがありますが、私は普通の農家だと言ったら、信じてもらえないほどでした。

 最初、誰も私のことを気にしてなかったのですが、仕事を始めたら、常人との違いが出てきました。2人でしかできないことも、私は1人でも楽にやりこなせます。例えば、現場でセメントと石を運ぶ大きな一輪車は400キロくらいの重さがあります。2人で推しても大変なのに、私は1人でも楽にできます。砂をふるう作業は2人でやっても予定通り終わらないのですが、私は1人でも余裕で間に合います。その上、ちょっと休憩もできます。私の仕事は手早く上手で、いつも予定より早く終わらせることができました。

 同僚たちは作業中の私の足取りが軽く軽快な様子を見て、感心していました。実は、作業中、私はずっと師父の説法を暗記していました。『正念』と『感慨』は毎日数えきれないほど暗記しました。暗記すればするほど、身体が軽やかになり、周りがエネルギーで溢れます。もっと不思議なのは毎日背中の後ろにとてつもなく強いエネルギーの法輪が回っているのを感じ、まるで風が私を押して飛んでいるような素晴らしい感覚でした。

 時間が経つにつれて、ボスはみんなの前で私にこう話しました。「あなたは仕事を終わりたい時に終えてもいいです。他の人はダメです」、「仕事に来たい日にシフトを気にせずに来てください」と私が稼げるように出勤日数も制限しませんでした。

 私はボスに「毎日の昼12時に発正念をしたいので、少しだけ抜けたいのですが」とお願いしたら、快諾されました。12時に近づくと、私は同僚たちに合図して、静かなところを探して発正念をしに行きました。

 師父がそばにおられると感じています。坐禅と発正念の時、自分の身体が無限大に大きくなり、ほかの空間の邪悪を解体するとき、師父が説かれた「風雨雷電を撃破し、九霄に上る」[2]と同じでした。

 私は口数が少ないのですが、真相を伝えるため、接点のある人には積極的に話しかけるようにしていました。人との距離が縮んでから、チャンスがあれば真相を伝えました。一緒に食事をする時には肉を分けてあげたり、大変そうに重い一輪車を押している人を見かけたら、一緒に押したりします。小さいことも見かけて気付いたら、やる様にします。その当時、毎日幸せで、誰に対しても優しく、善と包容力を持ってできる限り必要があれば手伝いました。

 私の行動が大法を実証でき、人を救いに来ているとわかっています。周りも私の行いを見て、誠実と善意を感じて、法輪功の無実をよくわかってくれ、すぐに三退しました。現場はとても広く、33階建てのビルもあります。また働く人達の入れ替わりが多く、一通り真相を伝え終わったら、新しい働き手が入ってきます。接点さえあれば、真相を伝えるチャンスを見逃しませんでした。

 私は建設中のエレベーターの青いフォームボードに「法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい」と書きました。このエレベーターにはボス、マネージャー、リーダーなどがよく乗っていて、誰でも見えました。みんな笑ったり、話したり、時には私に質問をしたりしました。私を見かけると、「大法が来た」とか「法輪大法は素晴らしい」と大きな声で言う人もいました。

 三、師父は私に知恵を与えて下さった

 私は小学校しか出ていませんが、師父は私に真相を伝える知恵を与えてくださいました。学歴も弁舌の才もない私が真相を伝える時、ひらめきが多く、思考がはっきりしていて、人々はよくそれを受け入れてくれます。

 師父は人間としての知恵も与えてくださり、現場の機械を少しみれば、使い方、構造、原理などがわかりました。

 ある日、ボスはやむを得ず、一日休むと言いました。ボスにとって大きな損失で、みんなも給与がもらえないのです。詳細を聞いたら、エレベーターの故障で専門に修理を頼もうとしましたが、繋がらず焦っているようでした。私はボスに「私にやらせてもらえないでしょうか」と聞きました。ボスはとても驚いて「修理できるのか」と聞きました。私は「わかりませんが、とりあえず見てみたいと思います」と答えました。すると、すぐに問題が見つかり、機械が正常に動くようになりました。ボスはとても喜んで「さすが法輪功だね」と誉めました。

 またある日、グラウトを運ぶトラックが急に動かなくなり、修理できる人が不在で、また半日休まなければならない羽目になりました。私はチームリーダーに「少しやらせてみてください」と言って見てみると、いくつかのネジの緩みが原因だとわかり、すぐに機械が正常に起動しました。このようなことはたくさんあって、みんなが私を信頼し、法輪功の超常とすばらしさを感じました。

 四、大法の奇跡

 ある日、現場に強い風が吹いて、私とたくさんの人たちが建設用エレベーターに乗って下に行く途中、上にある大きなワイヤーが風で外れました。その線は電圧がとても高く、鉄の足場に触れたら大変危険なことになります。私はすぐにみんなに「法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい」と念じさせました。みんなは急いで大きな声で念じました。すると、奇跡が現れました。あの太い線が突然、手に掴まれたように元の位置に戻りました。その場にいたすべての人は法輪功の奇跡を経験しました。

 現場の地下室に多くの鉄のパイプがあり、板にも長い釘があります。地下室はとても暗く、はっきり見えないので、足が釘に刺されることは日常茶飯事で、足を貫通することも多々あります。このような怪我をした場合、通常1週間休んでも治りません。しかし、私は釘を抜いたら、特に気にせず、通常とおりに仕事をしました。私はどんな時も大法に従って自分を律していますので、全く影響を受けませんでした。

 アルバイトをした数年、私は1日も仕事を休んだことは一度もありませんでした。師父は私のそばにおられ、同僚も大法の素晴らしさを感じ、みんなよく「法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい」と念じていました。

 師父、ありがとうございます。

 同修の皆さん、ありがとうございます。

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『精進要旨』「聖者」
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟四』「正念」

 (明慧ネット第19回中国本土の大法弟子による修煉体験交流会)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/11/17/451509.html)
 
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