アルゼンチン法会|20年の修煉を師父に感謝する
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文/アルゼンチンの大法弟子

 【明慧日本2023年1月6日】

 尊敬なる師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 私は、アルゼンチン北部のカタマルカ州の先住民の末裔で、69歳です。これから、私が法を得て修煉するようになってからの体験談を話します。

 一、法を得る前の奇遇

 私は2003年に修煉を始めました。大法に出会ったとき、私は別の法門をやっていました。その法門の会議で、一人の人が近づいてきて、自分の電話番号を渡して、「電話してほしい、話したいことがある!」と言ってきました。その瞬間、「私は変わらなければならない」と思い、心の奥底で何かが、「私は変わるべきだ」とひらめいたのです。

 その日の夜、夢を見ました。列車から降り、別の列車に乗りかえると、その列車には、子供、若者、大人、老人など何百人もの人が乗っていました。多くの若者が、スーツケースを持って駆け寄ってきて私を連れて前に進んでくれました。目が覚めたとき、私は他の法門の像や本などのすべての物を捨てることにしました。まだ、電話番号を渡した人とは話をしていないのですが、心の中では何かが起きそうな気がしていました。

 翌日、急いでその人に電話をして、会うことになりました。その人から法輪大法のことを聞いて、一緒に九日間の講習会のビデオを見たり、動作の練習をしたり、『轉法輪』を読んだりしました。しかし、その人はまだ他の法門を手放すことができず、修煉を続けず、法輪大法を人に伝えるだけでした。

 私は鮮やかな光景を見ました。今まで尊敬していた様々な法門の聖者たちが私を取り囲んでおり、それらの聖者たちは山よりも巨大で、私のところにやってきたのです。その瞬間、私は動揺せずそれらをすべて拒絶したため、それらはすべて縮み始め、山の裏の小さな点にまで縮んでいったのです。

 これらのことをすべて手放すことで、私は大法とは何かを理解することができました。なぜなら、長い間、正しい道を見つける過程で、正しい道から逸脱した多くのことを修煉していたからです。こうして大法の修煉を始め、ここに来てからは、正念で大法を修煉する状態を保っていけるようにしています。

 二、大法を修煉することで、私の病気が治った

 当時、印刷された本がなかったので、コピーを使っていました。また、MP3プレーヤーも持っていなかったので、煉功用の音楽がありませんでした。そこで、各式の動作をスタートするときの言葉を紙に書き留め、腕の動きを数えながら、正しいかどうかを確認しました。第五式の動作はまだ正確でないため、座禅するときは時計で時間を数えました。

 当時、私の健康状態は最悪で、さまざまな病気に悩まされていました。腸内潰瘍で、医師から一生飲み続ける薬を処方されていました。 脊椎がずれているため歩くのもやっとで、出血も多かったのです。しかし、大法を学び、煉功をするようになってから、すべてが変わりました。

 ある日、「しばらく脊椎矯正のリハビリをしていないし、薬の注射もしていない」と気づきました。それ以来、痛み止めの薬を出されることもなく、脊椎も二度とずれていません。今もさまざまな病業を消し続けていますが、そのほとんどは気づかないうちに消えました。

 三、『轉法輪』を読むことで、文字が読め本も読めるようになった

 私は字がほとんど読めなかったので(学校にあまり行かなかった)、本を読む時は遅くて、一字一字ゆっくり読んでいたので、『轉法輪』を読み終えるのに長い時間がかかりました。それでも、わからないときは、この本を開くと、師父が答えてくださったのです。時間が経つにつれ、私はMP3を手に入れました。師父の説法を聞くことで、私は向上し、大法への理解を深めることができました。『轉法輪』を読むことで、私は文字が読め本を読めるようになりました。

 四、情欲への試練

 私はブエノスアイレスに家を持っていましたが、10年以上前から父の世話のためにカタマルカに移住しました。その後、ブエノスアイレスの同修と連絡を取り合い、新しい同修のために資料を運び、その2カ所を行き来しました。父が亡くなった後、ブエノスアイレスに戻って生活することにしたのは、自分一人では精進できないと悟ったからです。

 その過程で、私は「情」や「物質」への多くの執着が分かるようになり、次第にすべてを手放しました。

 その全ての過程の中で、いろいろな試練を経験しましたが、一番は「情欲」に対する試練でした。夢の中でも、日常生活の中でも、この試練はずっと続いていたのです。私のところに来て、不倫関係を持ちたがる人もいました。しかし、私はいつも断りました。年齢を重ねたから、そういうことは自然に諦められると思い、大体そうなっていましたが、それでも何度も試練を受けることになりました。今では、このような試練はほとんどなくなり、あってもすぐ分かるようになりました。

 五、二回の危険にさらされたとき、大法の師父が守ってくださった

 数年前、ある職場で夕方6時から夜中の2時、3時まで仕事をしていました。仕事が終わってから、バスを2〜3時間待たなければなりませんでした。バス停には防寒用の物が少なく、冬はとても寒かったのです。それで、バイクを買うことにしました。

 当時はまだ運転の勉強中でした。ある日、職場からの帰り道、赤信号を無視したら、反対側からバスが猛スピードで走ってきました。どうしたらいいかわからず、止まろうとしたのですが、バイクは反応しませんでしたが私は怖くなく、「法輪大法は素晴らしい!」とだけを考えていました。

 バスとぶつかりそうになった時、バスは私の前から通り過ぎ、私は無傷でバスの後ろに回りました……。何が起こったのか理解するのに長い時間がかかりましたが、師父が私を救ってくださったとわかりました。師父に感謝いたします。

 約10年後、私はその光景を思い出し、バスとぶつかりそうになった時、私のバイクのスピードが急に落ち、まるで異次元に入り込んだかのように宙づりになり、バスが私の目の前から通り過ぎるための時間を与えました。その瞬間、師父がいかに守ってくださっていたかを理解しました。なぜなら、私はまだ死んではいけないからです。

 その事件から1年後のある日、大嵐の中、バイクで帰宅している途中ですが、道がデコボコしていましたが、走行中に寝てしまいました。バイクが倒れ、私は数メートル飛んで歩道に腕と膝を着き、腕の骨折を実感しました。いつもはゆっくり重く動くので、全く立ち上がれませんでしたが、今回はほとんど倒れず、まるでバネがあるように、すぐに飛び上がって立ち上がり、「私は李洪志の弟子です!  法輪大法は素晴らしい! 真善忍は素晴らしい!」と言ったのです。

 立ち上がると、腕と膝から血が流れ、腕がとても痛いのを感じました。バイクを取りに近づくと、バイクのエンジンは切れていたのですが、キーはまだ車に付いていました。私は、「どうしてエンジンが切れているのだろう」と思いました。エンジンが切れたら、キーを回さなければならないからです。スクーターを発進させ、問題なく走ったので、落ちていたものを拾ってバイクに乗り込みました。自分の傷を確認せず、レインコートも脱がず、まだ足や腕に血が流れているのを感じていました。

 帰宅後、気をつけながら服を全部脱いで確認したところ、肘の傷と膝の小さな傷だけで、他には何もありませんでした。レインコートは破れていませんし、私はまったく問題なかったのです!

 六、私を大法から遠ざける誘惑を拒否する

 大法から離れ、修煉を放棄させようとする誘惑が何度も起こりましたが、私はそれを無意味なことだと考え、決して屈しませんでした。

 私の家族は、北部の先住民の子孫です。私の故郷はとても小さく、誰もがどこの誰であるか知っており、先住民のコミュニティはとても強く、地域組織があり、この地域を指導し導く酋長がいます。しかし、今、その酋長の役割は、不当な権力と富を得ることだけにありました。

 ずっと前から、故郷の酋長が、酋長の職務を務めるようにと私に連絡してきています。なぜなら、私の血統でこの職務を務めるのは正当なことですから、この職を引き受ければ、政府から大きな利益、お金、土地がもらえると言われたのですが、私は断りました。

 大法を修めた後、この酋長は再び私に連絡をしてきて、その職を継ぐように言ってきましたが、私は断りました。その夜、空から巨大な光る像がやってきて、私を連れ去ろうとしましたが、私が拒否すると、巨大な光り輝く生命はすぐに逃げ出した夢を見ました。

 師父の、「他の門派の覚者に会っても、心が動ずることなく、ひたすらこの一門で修煉するのです。いかなる佛、いかなる道、いかなる神、いかなる魔に対しても、心が動じることがなければ、必ず成功するに違いありません」[1]という教えを理解しました。

 数日後、再びその酋長に会ったとき、私はコミュニティのシャーマンと一緒でしたが、彼は私に会いたがらず、嫉妬と抵抗で私に腹を立てていました。私は、夢の中で見たその生命がそのシャーマンの法門であり、私がシャーマンに従うことを拒否し、代わりに法輪大法の修煉を選んだので、シャーマンは私に腹を立てているのだと気づきました。

 それ以来、その酋長らが私に連絡してきたことはありません。

 私は、それらの物質的な利益を拒否したことを、1秒も後悔したことはありません。大法の修煉と師父の教えを通して得たものは、絶対にかけがえのないものなのです。

 七、大法を実証する

 私は、大法を実証するプロジェクトや真相を伝える活動に取り組んでおり、真相の雑誌を配ったり、『エポックタイムス』紙を配ったり、チャイナタウンや大使館、ブックフェアに行って真相を伝えています。しかし、怠けたり学法をサボったりする時、「続きは明日にしよう」、「明日読み終えよう」と思ったことも多々あります……。再び学法しようと思った時には、すでに道から遠ざかっているのです。

 協調人や同修の皆さんで、いつも私の修煉状況に気を配ってくれる人がいて、「元気ですか? 何してるのですか? この活動やプロジェクトに協力してもらえますか?」と声をかけてくれると、すぐに目が覚め、自分のことを放下し、大法を実証するようになりました。

 私は長い間、自分の業力や、学法が足りないことで、大法をあまり理解できませんでした。読むのがとても遅いので、以前は読みながら寝てしまうこともありました。しかし、私は辛抱して大法の中にいて、常に大法の理解に従っていこうとしました。

 神韻のプロモーションの時、家で車の修理をしていると、同修から手伝ってくれと言われ、その方が大事だと思い、やっていることを全部止め、手伝いに行きました。また、同修から電話があり、「神韻スタッフの髪を切ってほしい」と言われたこともあります、 私は、しばらく前に散髪道具をすべてなくしてしまったのですが、すぐに「はい」と答えました。私はプロではなく、非常に質の悪い理容バサミしか持っておらず、とにかく行きましたが、なかなかいい感じに仕上がりました。

 このような経験から、私は何度も何度も前に進むことを促されました。私は一度も大法をあきらめようとは思いませんでしたが、学法しないと、徐々に遠ざかるようになり、気が緩み、気づかないうちに修煉を止めてしまうのです。

 結び

 師父と同修の皆さんに、修煉のための良い環境を提供され、いつも私の修煉状態を気にかけていただき、69歳で正式な教育を受けていない年寄りを、法を実証するために使っていただき、とても感謝しています。

 師父は私が現世で法を得るための段取りを完璧に按排してくださいました。師父の無限の慈悲に対して、私は言葉で言い表せないほどの感謝の気持ちを抱いています。

 師父の救い済度に感謝いたします、私の誓いを果たせるよう、師父に感謝いたします。師父が私にしてくださったことは、かけがえのないものです。私は最後まで大法の修煉に励みたいと思います。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

 (2022年アルゼンチン法輪大法修煉体験交流会原稿)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/12/19/453299.html)
 
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