中国法会|全体で協力して同修の救助に2回成功する
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文/山東省の大法弟子 

 【明慧日本2023年1月7日】1999年7月、中国共産党(以下、中共)による法輪大法への迫害の後、市の主要な協調人のほとんどが迫害されました。しかし、同修たちは引き下がることは一切せず、協調の仕事を引き受ける同修は続々と現れてきました。

 尊敬する師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 私は20年以上修煉している女性の大法弟子で、年齢は51歳です。師父の慈悲深いご加護の下、私はつまずきながらも今日(訳注:2022年11月)までやってきました。第19回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会に際して、私は地元の同修たちがどのように全体を円融し、互いに協力しながら同修の救済に成功したか、いくつかの例を書いて、師父にご報告申し上げるとともに同修の皆さんと交流したいと思います。

 自我を放下し、全体を形成して協力し協調する

 1999年7月、中国共産党(以下、中共)による法輪大法への迫害の後、市の主要な協調人のほとんどが迫害されました。しかし、同修たちは引き下がることを一切せず、協調の仕事を引き受ける同修が続々と現れてきました。特に、前任者が担当していた無私の貢献と協調を受け継ぎ、基本的に市の同修が全体を形成していました。

 各同修の全体的な意識は非常に強く、農村から町まで、各地域でどこでも資料拠点を津々浦々にまで広め、各同修はそれぞれの方法で衆生を救い済度しました。それぞれの地域には協調人がおり、みんなを集めて法を学ぶようにし、基本的には各同修が自分のグループをまとめて法を学び、互いに比して学び比して修し、法を正す進展にさらにしっかりと追いつけるようにしていました。

 挫折した同修には、周りの同修が何度も何度も出向いて交流し、最終的には多くの同修が修煉に復帰できるようにし、また病業中の同修には、協調を担当している同修と連携してできる限り手助けをするように心がけました。中には、病業の妨害を受けている同修の家に交代で行って世話をし、数年間、毎日毎日、病業の妨害を受けている同修と法を学び、身の回りの世話を手伝った同修もいました。私はこのすべてを見るたびに感動しました。なんと素晴らしい同修なのでしょうか!

 私たちの街では、何人かの同修が学法グループを作り、それぞれの地域と連絡を取り合い協調していました。重要な要件がある時は、地域の同修が積極的に協力しました。例えば、法会の原稿募集が始まり、協調を担当する同修が文章のうまい人に連絡を取り、各地に出向いて原稿募集についての交流を行い、交流原稿を書くことの大切さをみんなに理解してもらいました。書けない同修は、原稿募集を担当する同修に手伝ってもらいながら原稿をまとめ、このようにして同修のモチベーションを高めていきました。もともと書きたくなかった同修も、他の人が書いているのを見ると、置いてけぼりを食らうまいと先を争って参加し、毎年の法会が実りあるものになり、明慧ネットのホームページにも多くの原稿が掲載されるようになりました。また、この原稿収集の過程では、大法に対する確固とした信念や、衆生を救い済度するために自我を放下するというありきたりでありながらも、生き生きとした話など、参加した同修の精進を激励するものばかりで、同修にとっても大変恩恵を受けるものとなりました。

 同修が連行された場合、私たちの協調グループは直ちに救出チームを編成しました。どんなに遠くても、どんなに夜遅くても、救出に参加した同修は連行された同修の家族とともに真っ先に警察署に駆けつけ、同修の解放を要求しました。その後、根気よく同修の家族と連絡を取り合い、早急に弁護士を呼び寄せたことが、この地域の中共に対する強力な抑止力となりました。お金を持っている同修たちはお金を出して貢献し、力を持っている同修たちは力を出して貢献しました。

 みんなが同修のことを自分のこととして受け止めていました。同修の無私の助けは、迫害された同修の家族にしばしば感動を与え、中には親指を立てて「あなたたち法輪功は素晴らしく、とても堅固(団結)で、私もあなたたちのチームに参加したいです」と言い続ける家族もいました。最初は反対し抵抗していた家族のほとんどが、後に積極的に救出に協力するようになり、また、真相を理解して大法の修煉に参加するようになった人もいました。

 同修が不当に裁判にかけられた時も、各地域の協調人と交流し、近距離から発正念をしていることを同修に気づかせました。各地域の協調人が同修の参加を組織し、行けない人は自宅で数人一組で正念を発しました。何度か10台以上の車で、同修を連れて、正念を発しながら、他の空間から大量の邪悪要素を取り除いたこともあり、弁護士も「私たちもまた、大きなエネルギーと自信を感じ、裁判の時は少しも怖くありませんでした。私たちは無罪を強く主張し、陪審員も裁判官も頭を下げました」と言いました。

 内に向けて執着を探し、全体を圓容させ堅固なものにする

 他の空間の邪悪は、常に私たち協調グループの修煉環境を破壊しようとしたり、悪人を操って私たちを尾行して通報したり、同修の家族を病業などの正しくない状態で迫害するなど、さまざまな悪辣な方法で、同修たちの意志を破壊して私たち全体をバラバラにしようとしました。しかし、協調グループの同修は、互いに励まし合い、助け合い、迫害を否定しました。みんな真剣に自分の執着を内に向けて探し、依頼心、顕示心、仕事に対する執着、恐れる心などを放下し、責任ある仕事に積極的に取り組みました。師父のご加持の下、次々と魔難を突破することができました。

 現在(訳注:2022年11月)は全体的に安定していて、お互いに信頼し合っているので、隔たりも少なくなりました。何か必要なことがあれば、それが法に則っていると判断された場合、自我を放下し無私無欲で協力し、言い争うことはありませんでした。同修たちは、三つのことを協力して行い、人を救うために積極的に真相を伝えました。

 正念正行し、地域を超えて人を救う

 4年前(訳注:2018年)のある日、私たちの住む街の農村の夫婦で、A市で商売をしていたYさん夫婦が、真相を伝えたことで通報され警察に連行されたことを私たちは知りました。私たち協調グループはすぐに家族に連絡を取り、一晩かけて500キロ以上離れたA市まで一緒に移動しました。

 当時は、いわゆる中共の敏感月で、道路のいたるところに検問があり、車や身分証明書のチェックが行われていました。私たちは正念を発し法を暗唱し、いくつもの検問をクリアすることができました。しかし、最後の検問所で、私たちが乗ったバンが10人近くの同修を乗せたまま立ち往生してしまいました。この危機的状況の中、検問所の警官の尋問に勇敢に、そして賢明に対応した同修がいました。師父のご加護により、この魔難を解決することができました。中共に妨害されないようにと、ホテルには行かず、車中で一晩過ごしました。

 翌日、現地の協調を担当する同修と連絡を取り合い、同修を救出するための基点について交流し「救出する過程も、さまざまな部署に真相を伝えて人を救う過程でもあり、関連部署に真相を理解させ、悪事をやめさせる過程でもある」という合意に至りました。

 まず、私たちは連行された同修を探しにA市の公安局へ行きましたが「いない」と言われ、居場所も教えてもらえませんでした。私は警官に「彼は村中の人が認めるよい人です。今、その夫婦が突然姿を消し、家族は不安でいっぱいです。特に年老いた母親は、息子を探すために何百キロも移動してきました。あなたの上司に善を示し、彼が今どこにいるのか探すのを手伝ってもらえないでしょうか? 私たちがここに来るのは大変なんです。お願いできませんか?」と話をしました。警官は私を見て、電話を取り、電話をかけました。そして、○○警察署に行って人に会うように言われたので、慌ててお礼を言い「大法弟子を助けることは功徳無量のことであり、必ず福報を得ます」とその警官に伝えました。

 私たちは車でその警察署に行き、Yさんの家族(同じく大法弟子)とYさん夫婦の仕事仲間と一緒に警察署に入り、残りの同修は外で正念を発しました。私たちは門衛に事情を説明し、署長に会わせてもらいたいと要求すると、ロビーで待っているように言われました。その後すぐに、署長が来て、別室に案内されました。この時、外から私服警官の若者が4、5人群がってきて、カメラを持ち、私たち一人一人を全過程でビデオ撮影し、他の数人はまるで敵であるかのように指差したりジェスチャーをしたりしていました。その様子を見たとたん、私は心臓が少し不安定になり、恐れる心が沸き上がってきました。ソファーに座り、声を出さないようにし、できる限りカメラに映らないようにし、恐れの物質を除去するために、心の中で静かに正念を発しました。

 この時、Yさんの母親が息子に会いたいと言い、お年寄り(訳注:Yさんの母親)は署長に「こんな善良な人を拘禁していいのですか! 孫娘が学校で父親の身分証明書が必要になり泣いていました。お願いですから、息子を家に帰してあげてください! 私たち家族は、彼の世話が必要なのです!」と言いました。言いながら、お年寄りと一緒にいた家族も同じように泣き崩れました。署長は感動し、Yさんの母親がビデオで会うことを許可し、Yさんの子供が緊急にIDカードを必要としている問題を解決することに署長は同意しました。署長の善良な一面が作用しているのがわかりました。

 帰り際、私は署長と並んで歩き、署長に「大法弟子を大切にすれば、あなたは福報を得るでしょう。法輪功は『真・善・忍』の原則に基づき、人々に善良を教え、行動するよう教えている高徳の大法です。私の家族は善い人であるがゆえに何度も迫害を受け、今回も家に帰った後すぐにあなたたちに連行されました」と言いました。署長は「前回判決を受けたのは懲役何年ですか?」と考えている様子で尋ねました。私は「7年です」と言いました。署長が少しショックを受けているのを見て、私は急いで「この善良な人と私たち家族のために、子供がしっかりした家庭を持てるように、あなたの職権で助けてください、そうすればあなたは福報を得ます」と言いました。私は署長に手を振って別れました。

 その後、同修たちとYさんの家族は、再びA市を往復し、警察署に通い、何度も何度もYさんの解放を要求しました。数日後、留置場はYさんを解放し、Yさん夫婦は無事に帰宅しました。その時、重刑の判決を言い渡されるのではないかと思われるほどの中共による迫害は、大法弟子全体の協力と師父のご加護により、解体されました。

 A市からの帰り道、同修のバンが突然「クラッシュ」し、車体が不安定になるという小さな出来事がありました。どうか無事に帰宅できるようにと、師父にご加持を求め、同修たちは急いで正念を発しました。運転手の同修は、まったく気を緩めず、高度に正念を保ち続けました。最後に、すべての検問をかいくぐって、無事に帰宅することができました。翌日、運転手の同修が車を修理工場に持っていくと、もうエンジンがかかりませんでした。修理工は驚きながら「クラッチが壊れているのに、どうやって運転してきたのか理解できない」と言いました。運転手の同修もすぐに、家路に着くまでずっと慈愛深い師父に守られていたからこそ、無事に家に到着できたと理解しました。運転手の同修は帰宅後、うやうやしく師父に香を捧げ、慈愛深い師父のご加護に感謝申し上げました。

 A市の協調を担当している同修は、私たちの救助の全過程を目の当たりにし「皆さんの、全体の協力は本当に素晴らしい!」と心から感嘆しました。全体の協力の重要性を私はより強く感じました。この状態は、神韻芸術団の公演での『箸の舞』で「1本の箸は簡単に折れるが、束になった箸はなかなか折れない」と私たちを掲示してくださったように、全体に対する認識の問題でした。私たち大法弟子が全体を圓容させ堅固な全体を形成することが、師父の願いでした。

 救出する機会をつかみ、連行された同修は翌日帰宅した

 今年(訳注:2022年)7月のある晩、地元の同修であるZさんが警察署に連行されました。知らせを聞いてから、私とWさんはまずZさんの家に駆けつけ、Zさんの大法書籍や資料を持ち出しました。そして、Zさんの夫とも連絡を取り合い、Zさんに罪はないこと、恐れることはないということをZさんの夫に理解してもらいました。

 そして、すぐに市内のさまざまな学法グループの同修に、発正念を強めるよう伝え、中にはすぐにネット上で迫害を暴露する同修もいました。私たちは再び集まって救助の方法を話し合い「私たちは、同修を救出することを機に、同修が外に出られるかどうかが目的ではなく、家族や関係する警官に真相を伝え、縁のある人を救うことが目的だ」という認識で一致しました。同修が出てこられるかどうかは、同修自身の修煉状態と師父のご判断であることを私たちは分かっていました。

 意見がまとまったところで、私たちは再びZさんの夫に会いに行き、警察署に解放を要求しに行くことを話すことにしました。同修は、Zさんの夫が堂々と解放を要求しに行けるようにと、関連する法律の条文を持参してZさんの夫に見せました。私たちが行ったのは夜の10時近くでしたが、Zさんの夫は驚いて「警察署の4人が家宅捜索に来て帰ったところに、みなさんが来ました」と言いました。師父の慈愛深いご加護に、私たちは心から感謝申し上げました。また、近くの同修には、翌日警察署の近くに行き、救出のために正念を発するようにと伝えました。私たちが家に着いたのは、もう夜の12時近くになっていました。

 翌日、解放を要求するために私たちは一緒に警察署に行き、QさんがZさんの夫に付き添って警察署に入りました。Qさんはとても正念が強く、親族として警官に真相を伝え、自分の家族は法を犯していないこと、中国では法輪功が合法であることを警官たちに伝えました。警察署の人間は、互いに責任を転嫁しながら「警察署ではもう承知しており、今日の午後には(留置場へ)送り出す予定です。私たちが言っただけでは何にもならないので、すぐに帰って結果を待ってください」と言いました。Zさんの夫が落ち込んでいた時、将来後悔しないように、希望の光があるうちは頑張りましょうと私たちはZさんの夫を励ましました。

 また、Zさんの兄や姉にも名乗り出て解放を要求するように働きかけました。Zさんの兄や姉は忙しくて仕事から帰ってこられないとか、Zさんが修煉をあきらめない限り出てこられないなどと言って、直接会ってどんなに話しても無駄でした。私たちはZさんの兄や姉に何度も何度も声をかけ、根気よく真相を伝えました。結局、Zさんの姉は私たちの誠意に感動して「あなたたち部外者がこんなに関心を持ち心配しているのだから、家族の私が助けてあげなければならず、友人を探して聞いてみます」と言いました。今回、Zさんの姉が見せた善意に私は喜びました。

 午後、雨が降ってきたので、Zさんの夫に電話をして「解放を要求しに警察署に行きましたか」と聞くと、Zさんの夫は「行きませんでしたが、行っても無駄です。家で結果を待つように言われました」と言いました。Zさんの夫がそのように言うのを聞いて、私は焦りと憤りを感じ「解放を要求しに行くことに私たちは同意したはずですよね? 警察も、今日の午後、Zさんを送り出すと言っていたのではありませんか?」と不機嫌になって言いました。Zさんの夫はおずおずと「行って役に立ちますか?」と言いました。私は、自分が間違っていることに気づき、自分の心を整え、穏やかな口調でZさんの夫に「役に立ちます、とても役に立ちます。あなたが何も言わなくても、そこに立っているだけで、すべての正のエネルギーがあなたを助けてくれるからです」と言いました。私の話を聞いて、Zさんの夫は自信をつけたようでした。

 電話をした後、私は「私が昼寝をし、警察署に同行しなかったので、同修の家族がゆるんでしまった」と自分の責任を感じました。夕方5時近くになり、同修の家で弁護士を依頼して次のステップに進もうかと相談しているところにWさんがやってきました。玄関に入ったWさんは、とても興奮し、声を詰まらせながら「警察署の知人から電話があり、Zさんが帰ってきたそうです」と言いました。

 それを聞いた瞬間、私たちは両手で合掌して師父に感謝申し上げました。慈愛深い師父は、救出に参加した私たちすべての人がすぐに内に向けて探し、全体として協力するのをご覧になり、一つの奇跡を私たちに見せてくださいました。

 結び

 法輪大法の佛光を浴び、同修の全体に溶け込むことは、大変光栄なことだと私は思います。手を取り合って、共に精進し、三つのことをしっかり行い、円満成就して師父に従って家に戻ります!

 ありがとうございました、師父!

 ありがとうございました、同修の皆さん!

 (明慧ネット第19回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/11/20/451500.html)
 
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