中国法会|師父が私を危険から守ってくださった
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文/四川省の大法弟子 

 【明慧日本2023年3月14日】ここ数年来、私は自転車に乗り、街角や路地、田んぼの脇で、人々に直接真相を伝え、真相資料を届けました。そこで、感謝してくれた人、罵ってきた人、警察に通報した人、真相を知って感動して泣いた人、いろいろな人に出会いました。

 2006年9月のある日、私は友人から貴重な書籍である『轉法輪』を紹介されました。

『轉法輪』を最初に読み終えた時、私は熱いものが流れ全身を貫きました。その時、私は法理のことはあまり理解していませんでしたが、心の中で繰り返し「これは素晴らしい本だ! 素晴らしい! これこそが、私が求めていたものだ」と言いました。

 私は今年(訳注:2022年)59歳で、2006年から法輪大法を修煉しています。修煉する前は、B型肝炎のHBe抗原、ひどい胃腸障害、官官過形成などさまざまな病気に悩まされ、肝臓のあたりが痛むことが度々ありました。私はあちこち医者を探し、薬を買い求めましたが、好転は見られませんでした。医師は私と家族に、この肝臓の病気は根治できる治療法がないことを告げました。ひどい胃腸障害で私はベッドを転げ回り、普通の生活ができず、ガリガリに痩せてしまいました。

 一、貴重な書籍である『轉法輪』を得る

 数日後、『轉法輪』を紹介してくれたその女性と他の3人が私の店に再びやって来て、師父の写真を飾るのを手伝ってくれました。師父の写真を受け取った時、下腹部で何かが回転しているような感じがしました。絶えず法を学び煉功した後、師父が私に関わってくださり、法輪を授けてくださったのだと私は理解しました。

 それ以来、店でできる限り法を学びました。客が来店すると、根気よく商品を紹介し、その機会を借りて真相を伝え、人を救いました。師父のご加護の下、私は毎日を精一杯、幸せに過ごすことができました。私の心と体の大きな変化を見た家族は、大法について理解し「法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい」と言うことを知りました。

 二、正念で留置場から脱出する

 2008年4月末、店の中の物品の処分を終えて店を手放した矢先、5月12日に四川大地震が発生しました。師父の按排の下、同修たちの協力の下で、その年(訳注:2008年)の5月に地元の集団学法グループに参加することができ幸運に恵まれ、全体に溶け込むことができました。同修と比して学び比して修する中で、自分がこの世に生まれてきた目的と意味を理解し、人を救うために、直接人に真相を伝え、真相資料を届けました。

 2010年の元宵節の後、重病の親戚の見舞いに市外へ行き、真相を伝えようとしたところ、真相を知らない人たちに通報され、私は市外の警察署に連行されました。4、5人の警官が代わる代わる私に圧力をかけ、私は真相を話すこと以外、何一つ協力しませんでした。

 師父は「内に向けて探すことは最も有効な方法です」[1]と説かれました。

 この重要な瞬間に、私の知恵を開いてくださったのは、師父の法でした。自分の修煉に問題があることがわかった時、私は放下し、恐れることをやめ穏やかに向き合うことにしました。

 朝8時から夜10時まで、4人の警官が交代で、不当な拷問で自白を強要してきました。私がやはり真相しか話さないのを見ると、警官たちは私の手を後ろ手に縛り、足が地面には触れないようにして私を窓から吊るしました。私は「因果応報は天の理です。善良な人々の迫害に加担することは、あなたにとってよくないことであり、あなたとあなたの家族を破滅させることになります」と言いました。どうやっても私が非協力的だとわかると、警官たちは私を下ろし、私が住んでいる地区の管轄の役所に連絡して事情を聞きました。私は地元でも職場でも良い評判を得ていました。

 私は血圧が220もあったので、市外の留置場から受け入れを断られました。警官は留置場の医師にささやき、去って行きました。警官たちが去った後、留置場の医師が私に「お姉さん、あなたはとても善良そうに見えます、心配しないでください。大したことはありません、どんなに長くてもせいぜい7日くらいの滞在でしょう」と言いました。これは師父が私を守るため、留置場の医師の口を通して私を励ましてくださっているのだと私はわかりました。

 留置場で私は留置場の規則を暗記せず、毎日、覚えている限りの法を暗唱し、接触した人に真相を伝えました。人数が多くてベッドが少ないので、夜間は受刑者が交代で働かなければなりませんでした。女性の看守は監房のボスに、私に仕事のシフトを組まないように告げ、私の世話をするように言いました。

 受刑者たちは夜遅くまで働き、2時から4時までの2時間立ちっぱなしで、トイレのそばの布団で眠りました。みんなの睡眠の邪魔にならないように、また当直の人が睡眠時間を確保できるように、深夜勤務の人は毎晩私の毛布の中に入って一緒に寝るようにと、私は受刑者たちに言いました。受刑者たちは皆、とても喜びました。私はその機会に、毛布の中で受刑者たちの耳に真相を語りかけ「法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい」という心からの九文字を常に念じるように受刑者たちに伝えました。受刑者たちは理解すると、皆は「わかりました、ありがとうございます!」と言いました。小さな声で念じる受刑者もいました。真相を理解した受刑者たちは、みな三退に同意しました。受刑者たちに真相を伝える過程で、多くの人心や執着を取り除くこともできました。師父のご加持の下、私は7人に三退するように声をかけました。10日後、私は家に帰りました。

 親戚たちは、法輪大法がすばらしいもので、その奇跡的で超常的な力を私の体を目にして知っていましたが、中国共産党(以下、中共)の迫害とその関連政策によって、親戚たちの意思に反して私に修煉を放棄するように言いました。弟は膝をつき、泣きながら「お願いします! お母さんと呼びます! 修煉は諦めてください!」と言いました。弟の嫁も泣きながら「どうしても修煉するのなら、あなたの弟と離婚しますよ」と言いました。

 弟と弟の嫁を精神的に限界まで圧力をかけたのは、中共の嘘であることを私は知っていました。私は冷静に考え、弟と弟の嫁が少し落ち着いたところで、冷静に「恐れずに、中共の嘘に耳を貸さないでください。法輪大法は佛を修め道を修める法であり、宇宙大法であり、正法です。憲法は、国民の信仰の自由、言論の自由、人身の自由を有する権利を規定しています。大法の師父は、真・善・忍の基準に従って善良であるように私たちに教えてくださっており、国、社会、家庭のために百利あって一害もありません。あなたたちが離婚するかしないかは、私の修煉とは関係なく、あなたたち個人の問題です。このようにすばらしい功法なので、私はこれからも確固として修煉していかなければならず、誰も私の正しい信念を変えることはできません」と言いました。

 その数日後、私は故郷を離れ、別の街に移り住み、新しい仕事を見つけました。十数年間の修煉の道で、私も同修たちと同じように、直接人に真相を伝えてきたからこその経験があまりにも多かったのでした。

 三、正念と神通力を使って迫害を制止する

 2014年、真相資料を配布するために新築の分譲マンションに行ったところ、真相を知らない人に通報され、地元の警察に連行されました。私が持っていた資料が床に置かれ、写真撮影に協力するように私は強要されました。私は警官たちに「写真を撮ることはできません!」と言いました。その結果、警官たちは本当に写真を撮ることができなくなってしまいました。

 その時、1人の警官が狂ったかのように私の顔を狂気の沙汰で 「パン! パン! パン!」と平手打ちしました。罵声を浴びせながら、猛烈な勢いで「どこから来たのか? 名前は? どこで情報を入手したのか?」と私に聞きました。私は何も答えず、法輪大法がいかに世界に広まっているか、因果応報が天の理であること、修煉を始めてから自分の体と心がどのように変化したかという真相だけを伝え、その場にいた警官は皆、黙って聞いていました。

 その時、外から1人の警官が入ってきて、名前は何か、どこから来たのか、資料はどこから来たのか、と聞きました。私が真相だけを話し、それ以上何も答えないのを見ると、その警官は再び殴る蹴るの暴行を私に加えました。私は顔と体が黒ずんだり紫色がかったりしましたが、私は恨みも憎しみも少しも感じませんでした。

 師父の「全世界の全ての人々はかつて私の親族でした」[2]という法が私の耳に響きました。

 私は涙を流しました。私は心の中で師父に「慈悲深く偉大な師父、どうか安心してください、私はどんなに困難でも確固として歩みます。真相を伝え、人を救うことは大法弟子の使命であり、責任であることを私は知っているからです」と申し上げました。視線を移して改めて警官を見ると、私の憐憫の心が油然として湧いてきました。

 その時、師父の「法は確かに衆生に慈悲深いのですが、しかし威厳のあるものでもあります」[2]という法が再び脳裏に現れました。

 私は心の中で師父に「師父、どうか弟子を加持してください、すべての苦痛を暴力をふるう者に移してください、暴力をふるう者たちが苦しみ、私が苦しまないように」と申し上げました。最後の二つの言葉(訳注:暴力をふるう者たちが苦しみ、私が苦しまないように)は、相手に聞かせるつもりで、私は大きな声で言いました。その時、1人の警官が振り上げた拳を下ろし「何を言っている?」と聞きました。私は「すべての苦痛を暴力をふるう者に移し、あなたたちが苦しみ、私が苦しまないようにする」と言いました。私の口からその言葉が出たとたん、その警官の苦しそうな表情が目に浮かび、その警官はすぐにその場を立ち去りました。

 私は2人の警官に殴られ何重もの傷を負ったものの、痛みは感じませんでした。師父のご加持の下、師父がすぐそばにいらっしゃることがわかっていたからこそ、私は神通力を使って悪人に対抗することができましたし、大法の威厳と超常性を心から感じ、今後の修煉の基礎を固めることもできました。

 四、善念で危難を回避する

 2020年、中共ウイルス(武漢肺炎)の流行で北京が初めて閉鎖された翌日、同修のAさんと私は電動自転車で出かけ、直接人に真相を伝え、真相資料を配布しました。私たち2人の協力がうまくいき、真相を理解し、三退し、真相資料を求める善良な人がたくさんいました。

 その後、私たちはある小区に行き、私が正念を発している間に、同修Aさんは警備員に真相を伝えに行きました。同修がまだ戻ってこないのを見て、私は前に進み続けました。私が塀で囲った小さな居住区域に入ると、小さな車がありましたが、誰もいませんでした。「この車の持ち主を救おう」と私は思いました。私は鞄から真相定期刊行物を1部取り出し、小さな車の前に置きました。

 私が向きを変えて門を出ようとすると、犬が吠え、30代くらいの背の高い男性が家から飛び出してきて、激しい声で「何をしているんですか? 何をしているんですか?」と尋ねました。この予想外の事態に直面し、恐れる心が芽生えた私は、後ろを向いて走り去り、その男性がすぐに車で私を追いかけてきました。その時、私はどうしたらいいかわからず、裏道に逃げ込みました。裏道の出口に着くと、すでにその小さな車が出口をふさいでいました。その状況を見て、私は電動自転車で引き返すしかありませんでした。再び裏道の入り口まで走っていくと、その男性は裏道の入り口で私の行く手をふさぎました。車から降りたその男性は「まだ逃げるつもりですか?」と尋ねました。私は思い切って電動自転車から飛び降り、電動自転車をわきに置きました。

 私は「私は逃げません、あなたに真相を伝えるためにここにいます」と言いました。その男性は再び「何をしているんですか?」と質問しました。私は「私は人を救うために福音を伝えています」「現在北京が閉鎖され、役人たちが身を隠した今、他に誰があなたたちを救ってくれるのでしょうか?! 私たちは、殴られたり捕まったりする危険を冒して、どんなに寒くても暑くても、皆さんに真相を理解していただき『法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい』を覚えていただきたいから、20年以上にわたってみなさんに資料を届け、真相を伝えてきました、そうすれば大劫難を何事もなく乗り越え救われます!」と答えました。

 すると、その男性は少し考えて「それでは、そのかばんの中には何が入っているのですか?」と言いました。私は「人を救う資料です」と答えました。私はかばんの中から「人生が平穏無事なのが何よりの福である」を取り出し、その男性に渡しました。私は「ぜひ真剣に読んでみてください」と言いました。その男性は「なんとあなたはこういうことをしていたのですか! それなら、ちょっと警察署に行きましょうか」と言いました。私は「お兄さん、バカなことはしないでください。あなたにはあなたの仕事があります。私には私が救うべき人々が待っています! しかも、多くの警官は今、真相を理解し、大法弟子がみな良い人であることを知っているのに、そこに行って何をするのですか?」と言いました。それでもその男性が電話をすると言い出したので、私は「電話は通じません、誰も出ないはずです」と言いました。

 こうして、30分以上も私たちは互いに譲らず平行線のままでした。突然、私は口の中がからからになり、舌が回らなくなりました。旧勢力が私に真相を伝えさせず、この衆生を破壊しようとしていることが私にはわかっていました。そして、師父がすぐそばにいらっしゃることも私にはわかっていました。その男性を前にして、私は師父に「慈悲深く偉大な師父! 私の隣に立っているこの青年を救ってください。自分を破滅させ、家族に害を与える業を彼に作らせないでください!」と申し上げました。その時、その男性は私が言っていることを理解して「それなら、行ってください! あなたの幸運を祈ります」と言いました。私は「ありがとうございます」と言いました。

 帰宅後、師父の写真の前にひざまずき、偉大で慈悲深い師父を見上げると、私は感謝の涙が溢れ、またしても、弟子の魔難を師父が解決してくださったのでした。

 五、危険な状態を平穏な状態にかえる

 ここ数年来、私は自転車に乗って、街の路地や、田んぼの脇で、人に真相を伝え、真相資料を届けました。そこで感謝してくれた人、罵ってきた人、警察に通報した人、真相を知って感動して泣いた人、いろいろな人に出会いました。

 ある時、70代前半の男性に真相を伝えたことがあり、その時その男性は聞いてくれていたのですが、しばらくするとあわてて帰ろうとしました。もっと真相を知ってもらおうと、真相定期刊行物を取り出して、私は「お兄さん、あなたの平安と幸せのために、そしてあなたの家族のために本を差し上げますので、家に帰って読んでみてください」と言ってその男性に渡しました。その男性はその資料を見て、私が「反党」であると言い「通報するぞ」と言い私の電動自転車を突き飛ばそうとしました。私は電動自転車をしっかり握って手を放さず、その男性は私の電動自転車に鍵をかけ、それから自転車の鍵を深い溝に投げ捨てました。

 その時は冬場で歩行者も少なく、近くに民家や商店もない道でした。その先に警察署があることは知っていたので、私はすぐにその場所を離れようと思いました。しかし、自転車の鍵はなくなってしまい、電動自転車に乗ることはできませんでした。私は心の中で師父に「師父! 弟子は難に遭っています、助けてください、師父!」とお願いしました。そうお願いしたとたん、1台のバンが向かってくるのが見えたので、運転手に停車するよう急いで呼びかけました。事情を説明すると、運転手は何も言わず、私の電動自転車を車に積み込んで、自転車と一緒に私を家まで送ってくれました。

 私たちが警察署に近づいたところで、私の鍵を投げ捨てた男性とすれ違い、その男性は真相定期刊行物を手に警察署に向かって急いでいました。師父のご加護の下、危険な場所を抜け出し、無事帰宅することができました。師父は再び弟子のために魔難を解決してくださったのでした。

 今後の修煉の道において、弟子は師父のお言葉に耳を傾け、法を多く学び、全体で協力し同修と力を合わせて、より多くの人を救い精進していきます。

 個人の体験であり、次元には限りがありますので、もし、法に則っていないところがありましたら、同修の皆さんの慈悲深いご指摘をお願いいたします。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法九』「二〇〇九年ワシントンDC国際法会での説法」
 [2] 李洪志師父の経文:『二〇〇三年元宵節での説法』

 (明慧ネット第19回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/11/16/451558.html)
 
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