【5.13応募原稿】心性を向上させ、積み重なった恨みを解消(一)
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文/山東省の大法弟子 善縁

 【明慧日本2023年9月17日】私は55歳で、農村の女性です。私は、2002年に法輪大法を学び始めました。21年前、私は自分がもうだめだと感じ、生きるのは、もう十分だと思うようになり、何度も精神的に崩壊しました。ところが、21年間の修煉により、法輪大法は私の心を入れ替え真の人間に生まれ変わらせ、まるで再生したかのような感覚でした。私は(訳注:2023年6月現在)、身心ともに恩恵を受けて健康であり、感謝の気持ちで一杯です。

 同修の励ましのもと、今年(訳注:2023年)、私はついに筆を取り、慈悲深い偉大なる師父に、修煉を始めた後の修煉体験をご報告いたします。

 一、修煉を始める前は、生きることが死ぬことよりも辛いと感じる生気のない人間だった

 私と夫は街で知り合いました。当時、夫の戸籍は両親によって都市の周辺地域に移されました。夫の両親は私が夫よりも4歳年上で身長も低いことを嫌い、加えて夫の両親は夫を都市で成長させたいという願望から、私たちの結婚にはずっと反対していました。

 結婚後、姑はずっと私に対して文句をつけてきました。その当時、私は常に面子を重視しており、姑と対立することを気まずく感じていました。妊娠中、姑は私に臭い卵(訳注:生卵)を食べさせようとしましたが、私は臭い卵を食べたことがありませんでした。私はスイカが食べたいと思っていたところ、外で他の食べ物とスイカを交換している人がいるのを見かけました。私は姑に外に出て確認してもらいました。姑は戻ってきて「1キロのスイカに対して3キロの小麦と交換するのは高すぎるから食べない。じゃがいもを食べましょう。じゃがいもは安いです。1キロの小麦に対して3キロのじゃがいもです」と言いました。このように食べ物のことので、私は密かに何度も泣きました。

 私が2人の子供を出産した後も、姑はまだ腹を立てていました。姑は、息子が自分で決めて私と結婚したことに納得しておらず、私に面と向かって「私の息子と結婚してくれる候補者は沢山います」と言ったことがあります。私は本当にイライラしました! それ以降、私と姑はいつも些細なことで争い、一言でも不快なことがあれば言い合い、けんかするようになりました。その当時、私は一日中姑にどうやって立ち向かうか、どうやって姑と対抗するかを考え、姑に優位に立たれないようにと思っていました。

 私が気づいたことは、私と姑がけんかした後、いつも夫は私に同調せず、母親に従い、私に対して文句をつけるようになったことでした。私はそのやりきれない思いや後悔をどう表現すればいいのか、本当に言葉にできないほどでした。

 その数年間、私は姑と喧嘩をするという日々の中で苦しんでいました。夫が以前、私の腕を捻ったため、私は筋を傷め、数年間痛みが続きました。また、私を殴って目がくらむほどの状態になったこともありました。その時、私は舅や姑と喧嘩しているか、そうでなければ夫と喧嘩しているという日々でした。私は怒りで全身が病気になり、心臓の痛み、胃の痛み、血便、頭痛、神経痛、神経衰弱などがあり、毎日涙で顔を洗うような状態でした。私が病気になるほど、姑一家はますます私を人間として扱わず、私の精神は崩壊寸前で、体も限界に近づき、毎日生きるのが地獄のようでした。

 私のために苦しんでいる夫も、日々大変でした。ある時、私が再び病気になった時、夫は私を病院に連れて行こうとしましたが、その時は子供が小さくて子供は私から離れることができませんでした。 病院に行く前日、夫は友人の家で食事をしました。友人の妻の性格は明るくて気配りがあり、いつも笑顔でした。夫は友人に苦しみを打ち明け、私の病気が夫を悩ませ、また病院に行かなければならないことを友人に話しました。その時、友人は夫に対して「あなたに大変いいことを教えてやるよ。私たちの義理の姉さんは法輪功を学んでいます。あなたも、嫁さんに法輪功を学ばせてみてはどうですか。病気治療と健康保持にかなり効果的で、お金は一切かかりません。ただし、今の時期は、1999年以前のように公然と修煉できる時期ではなくなりました。今は修煉していることを他人には言えず、どこの誰が修煉しているのかも分かりません」と言いました。

 友人は妻に地下室から1枚の絵を取ってこさせ、私の夫に見ました。後に夫は、それが『轉法輪』の中にある師父の写真だと知りました。夫はその絵を一目見て「この方はとても正しく、まさに全身から正しい気風が感じられます」と言いました。その晩、家に帰ってきた夫は、私に「友人の奥さんが、修煉に関するいくつかのことを話してくれ、私に試してみるように勧めてくれた」と言いました。

 以前、私は法輪大法と法輪大法を修煉していた同級生に反対したことがあり、大法に対する態度はあまり良くなくて、信じてもいませんでした。夫は、私が病院で見てもらうのをためらい、できる限り私に法輪功を試してみるように勧め、うまくいかなければ病院に行こうと言いました。とにかくお金はかからないし、損失もありませんでした。もしもうまくいったら、私たちだってあやかることができるのではないでしょうか? 夫の言葉に私も心が動かされました。そして、私は「とにかく見込みはなくても最後の努力をしてみるべきで、今の病気が治るかも分からず、治療すればするほど悪くなるばかりではないのか?」と考えました。しかし私は、病気が治る可能性があるかどうかなどを気にかける余裕はありませんでした。

 翌朝、私は隣村の医者の家に行きました。この医者は法輪功を学んでおり、迫害を受けていましたが、とても有名でした。その時、私はその医者のところに行ったのですが、私が歩く様子はまるで70、80歳のおばあさんのようでした。その医者は、私が苦しんでいる様子を見て、大法の素晴らしさや、大法の病気治療と健康保持についての驚異的な効果について説明してくれました。こうして私は大法を学ぼうと決意しました。これは私の不幸中の大きな幸運であり、本当に幸運でした!

 二、法輪大法​​​を学んだ後、道徳が向上し、善い人になる

 法輪大法を学んだ後、私の変化は本当に大きかったのです。まさに天地をひっくり返すほどの変化で、皆が言う通り、大法が私を新たに生まれ変わらせました。

 当時、私は『轉法輪』を10日間で3回読みました。それは借りた本だったので、返さなければなりませんでした。『轉法輪』を3回読み終えた後、私の思想観、人生観、価値観に大きな衝撃を与えました。私が子供の頃から受けてきた教育と社会の影響は「どうやって得をするか、どうやって損をしないようにするか」というように、人はどうすれば賢くなり、機転を利かせることができるかを学び「人が己れに利するようにしなければ、天帝と地獄の閻魔が彼を破滅させる」という言葉が、本当に私の座右の銘となっていました。

 師父は『轉法輪』の中で、私たちは良い人にならなければならず、さらには常人を越えた善い人であるべきであり、真・善・忍の法理に従って行動するべきだと説かれていました。ついに私は、これは人々に修煉を教える大法大道であり、内に向けて探し、道徳を向上させ、心性を高めるものだ、ということを理解しました。

 私が法輪大法を学び始めたのが8月で、法を学び、煉功を始めてからピーナッツを収穫し、とうもろこしを採取する時期まで、まさに6カ月間の時間でした。その間に、法輪大法の超常的な力が私に現れました。以前、私は病気で、野良仕事をすることができませんでした。種をまいた麦が地面にヨモギのように生えてしまい(訳注:予想以上に茂って密集してしまい)、私はそれを抜くことさえできず、さらには腰をかがめて地中に埋まったピーナッツを引き抜くことなどとても不可能でした。その年、私の家は5ムー(約3300平方メートル)のピーナッツを植えました。夫と私は一緒に収穫し、不思議なことに、腰をかがめても痛みがありませんでした。以前は、頭を洗うために腰をかがめると、2、3回休まないと洗い終えることができませんでしたが、今はずっと腰をかがめても痛くありません。ピーナッツを引き抜いた後、家に持ち帰ってからは、夜遅くまで仕事をしてから片付けました。夫は子供を抱いて寝ることが多く、私も不平を言わず、疲れも感じませんでした。

 その後すぐに、5ムーのとうもろこしを収穫しました。私が先に収穫し、夫がその後に茎を刈りました。私が収穫を終えると、夫は作業についてこれなかったので、私が夫の分も刈りました。以前、私が最も苦しんだ作業はとうもろこしの茎を束ねる作業でした。ひたすら腰をかがめ、しゃがんで、立ち上がってという繰り返し作業をする必要がありました。今回、5ムーのとうもろこしの茎を束ねる作業は、私一人でやり遂げました。こんなことは夢にも思いませんでした! しかも、腰も痛まず、疲れも感じず、使い切れないほどの力を感じ、全身が非常に快適でした。6カ月間修煉を続けた後、師父のおかげで私は無病で全身が軽く感じる素晴らしい感覚を体験することができました。

 後に、業が消えていくにつれて、私の体のすべての病気が驚くほど良くなりました。私はとても喜び、気持ちは谷底から一気に九つの雲(訳注:非常に高い状態)にまで高まりました。私は師父の教えの通りに行い、師父が按排してくださった修煉の道に従う決意をしました。

 (続く)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/5/31/460161.html)
 
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